四六時中も好きと言って





永四郎にキスしたい。



朝起きてリビングに行くと、窓の外で狭い庭の掃除をする永四郎が見えた。
その後ろ姿の首筋に流れる髪の毛が色っぽい。

「知念クン。おはよう」
「…ん」

窓際に立って永四郎を眺めていたら、振り返った永四郎が唇の端をちょっと上げて笑った。

「えーしろ」
「なに、」

庭に降りて永四郎を後ろから抱き締めて、その首筋にキスをした。
永四郎はくすぐったそうに首を竦める。髪の毛がわんの唇に触れた。

「どうしたの」
「永四郎にキスしたくなった」
「知念クンはいつも唐突ですね」

呆れたように言いながらも永四郎は体を反転させてわんに向き直る。
そのままちょっと背伸びして、わんの唇に永四郎の唇が触れた。
厚くてやわらかい永四郎の唇の感触を楽しみながら、眼鏡の奥で閉じられた目を縁取る睫毛を眺める。
キスの時に目を閉じないわんを永四郎はいつも嫌がるんやしが。



…わんが目を閉じないのにはそれなりの理由がある。



目の端でリビングのドアノブが動くのを捉えて、永四郎から唇を離した。

「…知念クン?」

唐突に唇を離したわんに永四郎が不審げな目を向ける。

「母ちゃん、飯まだ?」

永四郎から一歩下がった瞬間に、ドアが開いて慧くんが顔を出した。
足元には眠そうな凛と裕次郎もいる。

「…慧くん、おはよう」
「うん。飯は?」
「今用意しますよ」

永四郎は突然の息子達の登場にちょっと眉を上げて、台所に消えた。

「…ぬーしたんばぁ?」
「ぬーがよ?」
「…二人とも変やっし」

意外と勘のいい慧くんに苦笑が漏れる。
何でもない、という意味を込めて慧くんの頭を撫でると嫌そうに払われた。反抗期だろうか。

「とうちゃん、だっこー」
「凛ー、顔洗ってこんと母ちゃんに怒られるどー」
「ねむいぃ…」

裕次郎は立ったまま半ば寝ている。
大方また夜遅くまで二人で遊んでいたんだろう。

永四郎の雷が落ちる前に、わんは凛を抱っこして裕次郎の手を引いて洗面所に向かった。






永四郎は、やることなすこと色っぽい、とわんは思う。

例えばちょっとした視線の動かし方とか、凛や裕次郎の騒ぐ声に眉をひそめる表情とか。
わんが永四郎に心底惚れきっとることを差し引いても永四郎の色気は万国共通だろう。

朝飯を終えて食器を片付けていたら、永四郎がいつの間にか後ろに立っていた。

「俺がやりますよ」
「座ってていいさぁ。休みやっし後片付けくらいやるばぁよ」
「凛クンが構って欲しそうですよ」

リビングで俺を呼ぶ凛の声が聞こえる。
休みの日くらい永四郎の手伝いがしたいんだけど。
でも凛や裕次郎と遊びたいのも事実だ。

「食器洗うくらいすぐ終わるし遊んできなさいよ。知念クンが構ってやらないと煩いし」

そう言うから、わんは食器洗い用のスポンジを永四郎に渡す。

「…やることあったら声かけるんばぁよ」

耳に軽くキスしてそう言うと永四郎は笑った。

「今日の知念クンはスキンシップが多いですね」
「せっかく一日一緒にいれるんだからたまにはな」

永四郎の片手がわんの腰に絡む。

でもその時リビングから凛の声とこちらに向かう足音が聞こえたから、わんはその手をゆっくり引き離した。

子供は可愛い。宝物だ。
でもそれ以上に永四郎が好きなわんは時々寂しい。

…もっと触れ合っていられればいいのに。






「…あれ、慧くんは?」
「慧くんね、若んち!」
「若の母ちゃんがゲルググ?みたいなケーキつくったって電話あったからすぐ行った」

…ゲルググ?
裕次郎の説明じゃよく分からなくて首を傾げる。
とにかく出掛けたらしい。

「二人は行かんかったんばぁ?ケーキすきなのに」
「わんは父ちゃんといっしょがいいの」
「わんは凛に付き合わされたの」

座ったわんの膝に凛が乗り上げて、首にしっかり抱き付いてくる。
ふわふわの金髪に頬を寄せられて、凛の言葉と仕草にきゅんとした。
やっぱり子供は可愛い。宝物だ。

「じゃあ何して遊ぶ?」
「赤也に借りたゲームー!」
「これむずかしいんばぁよ!」

裕次郎が持っていたゲームをテレビにセットして、わったーはしばらくゲームに夢中になった。






「また父ちゃんの勝ちやっし!」
「父ちゃん、てかげんしなさすぎ」

当たり前だ。子供相手とはいえ負けるのは嫌だ。

もう何回連続で二人を負かしたか分からない。 
ふと振り返るといつの間に洗い物を終えたのか、永四郎がソファに座って呆れた顔を向けていた。

「知念クン、大人気ないですね」
「…永四郎に言われたくないさぁ」

永四郎だってゲームをする時は容赦ない。
我が家は「子供だから」という理由で甘やかされることはまずないと言っていい。
慧くんが異様にゲームが得意なのも、たぶんわったーの育て方のせいだ。



凛と裕次郎は二人で特訓することにしたらしい。
テレビの前を陣取った二人の後ろ姿を見ながら、永四郎の隣に座る。

永四郎の手が自然な仕草でわんの太ももに添えられる。
意外にスキンシップが好きな永四郎の、無意識の行為だ。
少し笑うと、永四郎が不満げに軽く睨んできた。

「っあー!りん、ずるい!」
「裕次郎がトロいから悪い!」

ぎゃあぎゃあと騒がしい二人はゲーム画面に夢中だ。



「……………」



テレビ画面に目を向けたまま、唇を永四郎に寄せる。
こめかみにキスをすると、ぴくりと眉が動いた。
視線だけで咎められるのも気にしないで、今度は肩を抱き寄せる。
「こんなところで、」と声には出さずに永四郎は言うけれど、その手はまだわんの太ももの上。抵抗する気はないらしい。

「…目くらい閉じなさいよ」

唇に触れる寸前、永四郎が小さく呟いた。



でもわんは目を瞑らない。



視線はテレビに向かう息子達の背中。
そして時々、眼鏡の奥で閉じられた愛しい相手の長い睫毛。



堪らず一瞬だけ目を閉じた時、凛と裕次郎がこっちを見てたけど、永四郎が気付いてなかったから良しとする。



 


[ 18/42 ]