父ちゃんと、裕次郎と母ちゃんと、時々慧くん





「…おお…でかい…」
「…おお…父ちゃんみたいやっし」



見上げた赤と白の鉄塔のてっぺんは、太陽が眩しくて見えない。
わんは裕次郎の手をぎゅっと握る。
圧倒的な大きさに、何だか怖くなったのだ。

「東京タワーなんて初めてやっし」
「…たかが高い所から地上を見下ろすためだけに金を出すなんて…」
「その金で地下の安い店で飯食った方がいいさぁ」

初めての東京タワーを前に、我が家の面々の感想は様々だ。
母ちゃんのリクエストを聞いてたらどこにも行けんし、慧くんのリクエストを聞いてたら飯しか食えない。

そんなわけで今日は裕次郎のリクエストで六本木くんだりまで来たのだ。

わんの隣で裕次郎が目を輝かせている。
裕次郎は高いところがすきなのだ。
早く中に入りたいのかうずうずしてるのが分かる。

「ゆうじろ、走ったらならんばぁよ」
「わかっとる。凛、手ぇ離すなよ」

父ちゃんが裕次郎の様子に気付いたのか進み始めたので、わったーは父ちゃんについて東京タワーの中に足を踏み入れた。 
 
「意外と狭いんですね」
「そうかやー。綺麗でいいさぁ」

土産物屋とエレベーターくらいしかない一階で、父ちゃんと母ちゃんは周りを見回す。

スカイツリーも出来ることだし大して人はいないだろうと思っていたのに、思ったより混んでいる。
人より大きい父ちゃんは目印になっていい感じだ。

裕次郎の手を離さないまま、はぐれないように父ちゃんの服の裾を掴む。

「ん、凛。抱っこ?」
「んーん、大丈夫」

今日のわんははしゃいだ裕次郎を見張るという大役がある。
本当は父ちゃんにだっこして楽して一日過ごしたいけど、我慢。

「ほら慧くん、お土産は後にしなさい」
「東京バナナって何?」
「後で見ればいいでしょ」

早速食い物の気配に釣られる慧くんの頭を母ちゃんが掴んでエレベーターに向かった。
わったーも慌てて母ちゃんの後を追う。

エレベーターは人でいっぱいだった。
わんと裕次郎は人に押し潰されそうだ。
父ちゃんがわんを、慧くんが裕次郎を抱っこしてくれた。
こういう時に抱っこしてくれないのが母ちゃんだ。

「えー、凛。見ろー。めっちゃ高いさぁ」

ぐんぐん遠ざかる地上を見下ろす父ちゃんの顔は何だか楽しそうだ。
父ちゃんは高いところが好きだ。だから身長も伸びたんだろう。

「…耳がきーんてする」

耳を押さえていたら母ちゃんがペットボトルを差し出してくれた。

「…ぐばっ!ごぼっ!」
「凛クン、汚いじゃないですか」
「げふっ!ぅえ、っ、か、ちゃん…これっ…爽健美茶じゃねーらん…!」
「家で作ったゴーヤ茶ですけど」

何でもないように言う母ちゃんが鬼に見えた。

「凛、大丈夫かやー」
「…ふぇぇ…とうちゃん…」
「せめー場所で泣くな!」

わんは絶対悪くないのに慧くんにまで怒られた。散々だ。
父ちゃんの肩に顔を埋めたらナデナデしてもらえた。

「ま、耳は治ったでしょ」

しれっと眼鏡を上げながら笑う母ちゃんは、間違いない、鬼だ。

これ以上怒られたくないから言わんけど。






そうこうしてるうちに着いた展望台で、目の前に広がる絶景を見た途端わんの機嫌は直った。
でもそれ以上に父ちゃんのテンションが振り切れたらしい。

「ちょ…っ、知念クン!?」 
 
父ちゃんはわんを下ろすとそのまま縮地方で窓際まで移動した。

「はえー。さすが父ちゃん」
「わったーより早いな」

裕次郎が「わんもあんくらい早くなりたいさぁ」と感心している。
わん的にはいきなりの抱っこ終了に不満なんやしが。

人よりデカい父ちゃんが窓際の台に手を付くと腰を折って景色を覗き込むことになる。
わんは東京タワーであそこまで腰を折ってる人間はも○みちくらいしか知らない。
そんなわんの思いも知らずに父ちゃんはこっちを振り向く。

「凛、早く来るさぁー!景色いいどー!」

父ちゃんにしては珍しい満面の笑顔と大きな声にちょっとびっくりしたけど、わんは裕次郎と手を繋いで父ちゃんの所まで走った。
後ろから母ちゃんが「走るんじゃありません!」って怒ってたけど、父ちゃんが呼んだんだからわったーは悪くない。



「おー、高いさぁ!」
「わったーぬ家どこかやー」

父ちゃんに抱っこされて見下ろす地上は絶景だった。
天気もいいから遠くまでよく見える。
いつの間にか追い付いた母ちゃんと慧くんが興味なさげに景色を眺めてた。

「…あ、あれ若ぬ家じゃね」
「どこ…あ、あの白いのか」
「…こうして見ると改めて桁違いさぁ…跡部は…」

やけにぽっかりと開けた白い建物と庭の緑は、灰色のビル群の中で一際目立つ。
父ちゃんと母ちゃんが溜め息をついた。

「ってことはわったーん家もあの辺か」
「…みえん」
「ふらー、若んちと一緒にすんな」

目を凝らして我が家を探すわんと裕次郎を、慧くんが軽く小突いた。






「…永四郎」
「何です」

一通りぐるりと回って、父ちゃんが母ちゃんをつついた。
慧くんは土産物屋でお菓子を眺めている。

「…特別展望台」
「駄目」
「ここまで来たら一番上まで行きたいさぁ」
「駄目、有料でしょ」

父ちゃんは特別展望台へ行くエレベーターを羨ましげに見つめている。

「えっ、ここより上あるんばぁ?」
「そうさぁ、凛も行きたいよなぁ?」
「うん、行きたい!」

父ちゃんに賛同したわんに母ちゃんが嫌そうに顔をしかめた。

「せっかく来たんだから今日くらい金ぬこと気にせんで永四郎も楽しんだらいいさぁ」
「…でも、」
「スカイツリーよりは安いばぁよ」
「そうですけど、」
「じゃ、決まり!チケット買って来るさぁ。慧くーん!行くどー!」

よっぽど行きたかったのか父ちゃんは強引に話を進めてしまった。
いつもは大人しいのに、父ちゃんはテンションが上がると手に負えない。
まぁわんはそんなところもしちゅんやしが。



父ちゃんが強引に買ってきた小さなチケットを見て、母ちゃんは諦めたように溜め息をついた。



「ま、たまのことだからね…今日はパーッといきますか」



結果、タガの外れた母ちゃんが本気で豪遊モードに入ったので、父ちゃんは大量の土産物やらなんかやけに高級な食事やらの金を全て払うことになった。
父ちゃんは金は気にするななんて言ったことを心底後悔しとるって顔しとった。

わったーは色んなもん買ってもらえて美味いもん食べれてラッキーだったけど。

青い顔して財布からどんどん札を減らしていく父ちゃんが可哀想だったから、今日の話はこれくらいにしとく。



 


[ 17/42 ]