正月はすることがない





何故こんなことになっているのか。
ご近所というのも考えものだ。



休日の散歩は控えようか、と青空を見上げながら思った。






「よぉ、手塚」
「跡部。…あけましておめでとう」
「ああ、めでてぇな」

正月は仕事も休みだしすることがなくて暇だ。

きっと考えることは皆同じなのだろう。
ふらりと散歩がてら向かった公園で跡部に会った。

「お前も散歩か、手塚」
「ああ」
「正月はやることがなくていけねぇな」

その言葉に頷くが、跡部は決して暇じゃないはずだ。
正月ともなればこぞって新年の挨拶に来る客がいるだろうに。

「どうせ挨拶周りの奴らなんかすぐ帰るし全員同じことしか言わねえからな。樺地に任せてある」
「………そうか」

では今頃樺地は大忙しなんだろうな、可哀想に。

そういえば我が家にも昨日は白石千里が挨拶に来ていた。
あいつの場合は暇潰しとか散歩がてらとかだろう。
現に大石の作った雑煮を食って「あけましておめでとう」の言葉もついぞ言わないまま帰って行った。 
 
「今年は海外へは行かなかったんだな」

跡部は例年、正月は家族ごと海外に飛ぶ。
だが俺の疑問はどうやら地雷だったらしい。
跡部は急に俯いたかと思うとプルプルと震え始めた。

「………手塚」
「何だ」
「若を知ってるな」
「ああ、知ってる」

跡部の末の息子で、彼の寵愛を一身に受ける少年の顔が浮かぶ。
あの年にしては斜に構えた生意気な子だったと記憶している。

「…若が…今年は光と初詣に行くから海外は行きませんって…!言いやがった…!言いやがったんだ…!」

プルプル震えながら拳を強く握る跡部。

「跡部…泣くな」
「泣いてねぇ!」

バッと勢いよく顔を上げた跡部は涙目だ。
彼の末息子に対する溺愛ぶりを知る身としては少しばかり同情する。
だが子供というのは遅かれ早かれ親から離れるものだ。
というか光って誰だろう。



「あー、手塚と跡部だ。久しぶり〜」

光なる人物に思いを馳せ首を傾げていたら、聞き覚えのある声がした。
幸村だ。珍しく着物なんか着ている。
「弦一郎が着せてくれたんだ」とご機嫌だ。

「あ、あけおめ」
「…?」

片手を上げて謎の言葉を発した幸村は、跡部の涙目を見て少し目を見開いた。

「…なに、どしたの」
「光に若を取られたらしい」
「取られてねぇッ!」

跡部の大声に怯むことなく幸村は「光ってだれ?」と俺の顔を見た。
俺は首を傾げることで「知らん」と伝えた。

「手塚!テメェんとこのガキも若と光とは同じクラスだろうが!」

跡部に言われて考える。
そういえば桃が「うちのクラスに白石蔵ノ介の子供で光ってヤツがいるんスよ」とか言っていた、かもしれない。

「…白石光か?」
「覚えてんじゃねーか」

なるほど、白石光なら知っている。
何度か桃がうちに連れてきていたし。
確か年の割に斜に構えた生意気な子だったと記憶…あれ、これは若だったか…
…やはりよく覚えてない。

「跡部もそろそろ子離れしなよ。俺みたいに」
「お前は最初っから離れっぱなしだろうが」
「そんなことないよ?ねぇ、手塚」

笑顔のまま俺を見る幸村に黒いものを感じて、俺は背筋を凍らせた。
我が家で餅でも食べて怪しい汁を制作しているであろう長男の顔が頭に浮かぶ。

「…うちの可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い蓮二が正月早々お邪魔して済まないね」
「………いや、気にするな…」

失言したら、殺られる。

家を出る時リビングでうちの長男の肩に頭を乗せてうたた寝をしていた幸村家の長男を思い出して、俺は目を逸らした。
幸村が長男を目の中に入れても痛くないほど可愛がっていることも周知の事実だ。
口調こそ穏やかだが人の100人や200人平気で殺しそうな圧力が、幸村にはあった。

「蓮二どうしてる?ご迷惑かけてないかな」
「…問題ない。彼はいい子だ。貞治をよく立ててくれるしまるで夫婦のように…ハッ」

そう言った途端近くでバキリと鈍い音がして、咄嗟にしゃがみこむ。
近くに生えていた木の太い枝が折れて跡部の頭に落ちた。
幸村は倒れる跡部を気にも止めず相変わらず影の濃い笑みを浮かべている。



幸村への対応をどうするか迷っていたら、人の気配がした。
膠着状態だった俺達の間の空気が緩和する。
ちらりと視線を走らせると、明らかに一般人ではないオーラを纏った一人の男がこちらに向かっていた。

「あれ、手塚部長やないか。どうもあけましておめでとうございますー」
「あ、白石蔵ノ介だ」

毒気を抜かれたように幸村の周りの空気が和んだ。

「どうもどうも、確かユウジと同じクラスの幸村くんのお父さん………と、」

白石は地面に伏す跡部に視線を走らせる。

「………光の若くんのお父さんやな」
「若は光のじゃねぇ!」

跡部が復活した。
今の跡部に「光」という単語は気付け薬になるらしい。

「お父さん方が三人揃って何しとるん?」
「井戸端会議」
「俺も混ぜてやー。家おっても誰も構ってくれへんねん」

白石はニコニコ笑いながら俺達の輪に入る。

家を出る時にやっていたテレビに白石が出ていたのを思い出した。

「せっかく年末仕事頑張って正月休み取ったんに千里は金ちゃんと初詣やし小春はユウジと初詣やし謙也は寝とるし光はデートやし」
「デートじゃねぇ!」

怒る跡部をものともせず白石は頬を膨らませる。
結構いい年だと思うのだがそんな表情も様になるのはさすがだ。

「正月の父親なんて邪魔になるだけだよねー」
「なー。たまの休みなんやから皆で初詣くらい行きたかったわ…」
「俺様だって今年はスイスの別荘でスキーしたかったのに…」

…大の大人が三人揃って肩を落とす姿は悲しい。
俺も端から見たら一員に見られるんだろうか。悲しい。

「正月はテレビもつまんないし」
「俺が出とるバラエティ見てや!」
「関西ノリ嫌いだし」
「酷いわ〜、俺頑張って着ぐるみ着たんに…」



幸村と白石のやり取りを聞きながら、俺は空を見上げた。



ただの散歩のはずが何故こんなことになっているのか。
ご近所というのも考えものだ。



休日の散歩は控えようか、と青空を見上げながら思った。



 


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