こどものじかん





「じゃあみんなー、これからお外で一緒にお遊戯しましょう!」
「先生!そんなことに意義を見出だせません。俺は教室で読書をしていて構いませんか」
「…れ、蓮二くん、お遊戯の時間はみんなでお遊戯しようね〜」
「では今から園庭に出てお遊戯をすることで将来に何の益をもたらすのか教えて下さい」
「……………」



ゆきむられんじ、5才。

生きていくのは自分の思い通りにいきはしないと知ってはいるが、融通を利かせたくない年頃だ。
時には上記のように子供らしく我が儘を言ってはみるものの、我が儘が通ったことはない。

結局俺は今日も決して広くはない園庭で嫌々意味のないお遊戯にふけるのだった。






「れんじ、あれは…だめだろう」
「なにがだ、さだはる」

母さんが迎えに来るまで一番の仲良しの貞治と遊ぶのは俺の日課だ。

今日は二人で砂場で遊んでいる。
俺は手が汚れるのが嫌だから砂場の縁にしゃがみこんで棒で砂をかき混ぜているだけだが、貞治はもう制服が砂だらけだ。

「お遊戯のこと」
「なにがわるい。俺は間違ってない」
「お遊戯のじかんはお遊戯をするものだろ?」
「いみのないことはしたくない」

そういうと貞治は首を傾げた。

「いみ、ないかなぁ?楽しくない?」
「あんな子供っぽい動きは恥ずかしい」
「じゃあどんな動きならいいの?」
「…EX○LEレベルのダンスならやってもいい」

そんなのできないよ、と貞治は笑った。
そんなの、俺だって出来ない。
でも貞治があんまり楽しそうに笑うから、俺も嬉しくなって笑う。

貞治は不思議だ。

くだらないこともつまらないことも、貞治が楽しそうにやっていると俺もやりたくなってしまう。
貞治と一緒なら、あんな馬鹿みたいなお遊戯だって実はそんなに嫌じゃないんだ。



「蓮二、帰るぞ」
「わかった。…じゃあな、さだはる」
「うん、また明日なー」

母さんが迎えに来たので砂場の縁から立ち上がる。
貞治に手を振ると、貞治も手を振ってくれた。
さびしくて、つまらなくて、もう明日が待ち遠しい。

貞治がいるから、幼稚園は好きだ。



「蓮二、今日の幼稚園はどうだった」
「いつもどおりだな」
「そうか。お前は精市に似て賢いし俺に似て運動神経もいいからな。あまり心配はしていない」
「ああ、しんぱいいらない」

車通りの多い道では母さんと手を繋ぐ。
大きな手に引かれていると、安心する。



そのままいつも通り、雅治と比呂士が通う幼稚園に向かう。
俺と雅治達は違う幼稚園に通っているのだ。
3才の双子の弟達はあまりに区別がつかないから、父さんが兄の雅治の髪を染めた。
遠くからでもすぐ分かる。便利だと思う。
でも性格はまったく違うように思うのだが、父さんから見ると一緒なんだろうか。

「まさはる、ひろ」

幼稚園の園庭の柵の間から、遊ぶ二人に声をかける。
雅治は俺の声に気付くとすぐ駆け寄ってきた。
そのまま柵越しに抱き付かれる。

「こら、雅治。帰る準備をしてちゃんと門から出てこんか」
「まさはるくん、いきますよ」

俺の後ろから母さんが、雅治の後ろから比呂士が、俺と雅治を引き離す。
雅治は無言で頷くと黙って踵を返した。

雅治はあんまり喋らない。
喋れないわけじゃないが、喋らない。
それでも俺にはなついている。 
鞄を下げて制服の帽子を被って門から出てきた雅治は、すぐに俺の手を握った。
反対側の手で比呂士の手も握ってやると、比呂士は恥ずかしそうに微笑んだ。

「そういえば母さん、きょうはぶんたは?」
「今日は精市が休みだからな。ブン太を見てもらっている」

我が家にはもう一人家族がいる。
最近加わったばかりのほやほやの赤子だ。
生まれた瞬間から1ヶ月検診みたいな大きさだったそれは、今も順調に大きさを増している。
家に入らなくなる日も遠くないだろう。



くいくいと手が引かれる。
見ると雅治が大きな目でじっと俺を見ていた。

「なんだ、まさはる」

雅治は歩きながら鞄の中から丸めて筒状にした紙を俺に差し出した。
手が塞がっているので受け取れない。

「まさはる、広げて見せてくれ」

そう言うと雅治は手を離して紙を広げて見せてくれた。
そこに書かれていたのは俺の顔……………

……………などではなく、黒のクレヨンで書かれた四角。
大きな画用紙のほとんどが真っ白だ。

「…まさはる、これ何だ?」
「……………とうふ」

何故わざわざ歩きながら見せてくる絵が豆腐なんだ。
いや、それ以前に何故豆腐を。
雅治、空気を読め。ここは兄の顔を書いて感動させるところだ。

だが子供にそんなことを言うのも大人気ない。

「…上手だな。まっすぐ線が引けてる」

俺は雅治の頭を撫でた。
嬉しそうに目を細める雅治は、可愛い。

「まさはるくん、とうふの絵しかかかないんですよ」
「とうふがすきなんじゃないか」

あまり食べてるところは見たことはないが。






「おかえりー!弦一郎と蓮二とその他!」

家に帰るとブン太を小脇に抱えた父さんが笑顔で出迎えてくれた。
父さん…ブン太はラグビーボールじゃないんだぞ。

「精市…その抱き方は危ないのではないか」
「男の子だもん、多少乱暴なくらいがちょうどいいよ」

よく分からない理屈だが母さんは何故か納得した。
…こんな二人だからうまくいくんだろう。

「蓮二ー、今日も楽しかったかい?」
「まぁまぁだ」

ブン太を母さんに渡して、父さんは俺を抱き上げる。

「ほら蓮二ー、俺の抱っこは高いだろー」
「母さんのほうが高い」
「あ、そっか。よーし…それじゃ、高い高ーい!」

父さんのフルパワーで高い高いをされた俺は天井に強かに後頭部を打った。






「…という一日があったことを、俺は昨日思い出したんだ」
「……………」

目の前で赤也が呆然と目を見開いている。

忘れていた理由が頭を打ったことによるものなのか、それとも父さんが故意に忘れさせたのか(そんなことが出来るのかは知らないが)定かではない。

「俺が知る限り、お前は七回は天井に頭を打ってるぞ」
「…俺が馬鹿なのそのせいですかね」

目の前のまったく進んでいない漢字ドリルを前に赤也が失われた(かもしれない)記憶を探している。

「…でも蓮二兄さん、子供時代あんまり可愛くないッスね…」

俺もそう思う。

だがそれは口にしないで軽く赤也を小突いておいた。



テレビの前で雅治が鼻歌混じりにチラシの裏に落書きしている。

恐らくテレビを見ながら無意識に動かしているのだろうボールペンが描くその線は、子供時代よりずっと上手になった豆腐の絵だった。



 


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