今そこにあるLOVE





「よぉ、謙也」
「おん、亮」

駅前の見慣れた金髪に声をかけると、その金髪は振り返って楽しそうに笑った。

謙也が転校してきて随分経つ。
最初は派手髪イケメン故に敬遠されていた謙也も、今ではすっかり学校に馴染んでいる。
特に俺と英二とは仲が良い。
変わり者の兄弟達に挟まれているという同じ境遇が俺達に奇妙な連帯感を抱かせてる…のかもしれない。
要するに、謙也はいいやつだ。

こうして休日に待ち合わせて買い物に出掛けたりしてもいい、と思うくらいには。

「お前今日何買いたいの?」
「ベルト」
「…ベルトに金かける意味わかんねー」
「何でやねん、ベルト大事やで!」

他愛ない会話を交わしながらいつも謙也が行くショップの方へ足を向ける。

謙也はスピードスターの癖に自分の買い物は長い。
しかも他人の買い物は急かす。
ちょっと腹が立つ。なんなの、コイツ。






「でさー、その時長太郎が…」
「おん………、あれ、」

ショップまであと少し、というところで謙也が足を止めた。
その目は人混みの中に向けられている。
休日の繁華街ということもあって結構な賑わいを見せている街。
謙也は何度か人を避けるように頭を動かして何かを確認した後、俺の腕を掴んだ。



「なぁ、やっぱあれ若くんやで」
「ハァ?」



若なら俺が家を出る時はまだ普段着でダラダラ飯を食っていた。
アイツは常に折り目正しくシャキッとしてるように思われているけど、家では割とだらしない。
とてもこれから外に出るような様子じゃなかったが。

「誰かと一緒みたいや」
「う…嘘だろ、アイツに友達なんて…」

人混みに紛れて若の茶色いキノコ頭が確かに見える。
隣の人間と何か話してるようだが、その相手が見えない。

「なぁ、ちょお追ってみようや」
「ベルトはどうすんだよ」
「ベルトに金かける意味分からんわ」
「……………」

謙也の言い分には呆れたが、確かに俺も弟の動向は気になる。
大人しく謙也について若の後を追うことにした。






バレない程度に近付いて様子を伺うと、隣にいる相手はすぐに分かった。

「………あれ、光や」
「………そうだな」

謙也の弟で若と同じクラスの光のことは俺も知っている。
うちで誕生日パーティーも開催したし。

謙也に聞いた話では光はどうやら若に(恋愛感情的な意味で)好意を持ってるらしいし、一緒にいてもおかしくはない。
俺からしたらあんな可愛げのない弟に惚れるなんて神経を疑うが。

「…あれデートやろか」
「付き合ってるわけじゃないんだろ?」

俺と謙也は更に二人に近付いた。
人混みの中でも意識して見ていれば二人の会話くらいなら聞き取れる。



「人が多いな…」
「休みやししゃーないんちゃう」
「だから街中に出るのは嫌なんだ…」
「年寄りみたいなこと言うなや」

…うん、デートじゃない。これデートじゃない。
デートだったらこんな可愛くない会話しないだろう。
心なしか二人とも喧嘩腰だし。

「フン、めんどくさいからはぐれるんじゃないぞ」
「それはこっちのセリフやアホ。どんくさい若くんがコケへんか心配やわぁ」
「なんだと」

…っていうかコイツらこれで楽しいの?
むしろ険悪な雰囲気さえ感じる。
隣で謙也も複雑な表情を隠せていない。 
 
 
だが俺達の複雑な気持ちは続いた光の言葉で一変した。

「…お前がコケたら俺が恥ずかしいからな。…手ェ繋いだってもええで」

光が右手を差し出す。

目線だけは正面を向いているようだが、そのピアスだらけの耳は後ろから見ている俺達にも分かるほど赤い。

「………勘違いするなよ。俺は間違ってもコケたりしないがお前がはぐれたら探すのが面倒だから…繋いでやるんだからな」

……………

ふ……………

……………震えた。



あまりの青いやり取りに俺だけに留まらず、謙也でさえ震えている。

「な…なんてかわええんや、二人とも…!」

…俺と謙也の震えは別の種類であったようだ。
まぁ謙也は基本ロマンチストでベタなイチャラブ思考だからな。

「…俺は寒いぜ…」

12月の空気の冷たさを差っ引いても、寒い。






そんな俺達を知る由もなく二人は人混みの街を進む。
俺達も付かず離れずを保ちつつ付いていった。

二人は手を繋いだ途端に言葉少なになっている。
全身から漂う「照れてます」オーラに謙也は悶えっぱなしだ。
謙也も彼女が出来たらこういう甘酸っぱいことするんだろうな。
俺は…自分のことながら予想がつかない。

「…この店、」
「あ?」
「謙也くんがよお行く言うとったわ」

気が付くと当初俺達が行く予定だった謙也お気に入りのショップの前だった。
光が店の看板を見上げながら呟く。

「光…俺が言うことなんか聞いとらんと思っとったのに…覚えててくれたんや…」

謙也が何故か感動している。
端から聞いていると謙也の境遇がつくづく哀れになる。

「ケンヤって…ああ、お前のすぐ上の兄貴か」
「おん」
「ヘタレでアホで見てるだけで恥ずかしいベタなTHE・中学生男子って感じの兄貴か」
「おん、それそれ」
「文化祭で女装したうちのジロー兄さんに『好っきゃから…』とか言っちゃったあの兄貴か」
「あのビデオは何回見ても爆笑モンやわ」

…もうやめてやれ!

声なく突っ込むも彼らに届くはずもない。
謙也は人混みの中膝を抱えて踞った。
通り過ぎる人が迷惑そうにそんな謙也を見下ろすから、俺は無理矢理謙也を立たせた。






散々現場にいない(と奴らは思っている)謙也をこき下ろした後、二人は再び歩き始めた。

「…おい謙也、大丈夫か」
「………おん………」

…と言うもののとても大丈夫そうには見えない。
よほどショックだったんだろうな…ジローに告ったことが…

このまま尾行を続けることは無理そうだ。

無理に尾行を続けて今度は俺が精神的ダメージを食らったりしたら嫌だし。

「…どうする?」
「………ベルト買う…」
「うん…」

ベルトに金かける意味わかんねーけど、俺は頷く。



人混みに消えていく若が、珍しく楽しそうに笑ってる顔が見えた。



 


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