どちらさまですか?





ロクに会ったことのねぇ親戚ってのは、どこの家族にもいるもんだ。



その子を初めて見た時俺が思ったのは「ああ、ばーちゃんの好きそうな子だな」ってこと。

その予想は大当たり過ぎてビックリよ。
俺、未知の能力が開花したのかもしれねえなぁ。しれねぇよ。






ばーちゃんによく似た茶色の髪を短く刈ったその少年は、居心地悪そうに我が家のソファに収まっていた。

「…え、母さん。あの子誰?」

リビングのその子をチラリと確認してキッチンにいる母さんに小声で尋ねる。
母さんはお茶を淹れながらいつも通りにっこり笑った。

「ああ、桃おかえり。あの子は…、」
「僕が連れてきたんだよ」
「うわっ!ビックリした!ばーちゃん!」

俺の背後から肩を掴んでぬっと現れたのは我が家の支配者(たぶんだけど)、周助ばーちゃん。

「秀一郎さん、お茶淹れた?」
「は、はい」
「裕太は甘党だから、唐辛子パウダーたっぷり入れといてね」
「は、はい………え、はい?」

言ってることの矛盾に首を傾げる母さんに唐辛子パウダーの瓶を渡して、ばーちゃんは俺を見た。

「桃、裕太と仲良くしてあげるんだよ」
「それはいいけど、誰なんすかあの子」



ばーちゃんが言うには、あの子はばーちゃんの姉ちゃんの孫、つまりあの子から見たらばーちゃんは大叔母になるらしい。
細かいことはよくわかんねーけど、とにかく親戚ってことだ。

名前は裕太。小学三年生。俺のふたつ下かぁ。
あの黙ってても気の強そうな感じとか、ばーちゃんの格好の標的だろうな。

俺はキッチンの扉から裕太を盗み見る。
さっきと変わらずソファに畏まって座る裕太を見て、さっきのばーちゃんの嫌がらせ発言に妙に納得した。



「ほら桃、お前もおいで」
「うぃーす」

母さんが淹れたお茶(唐辛子パウダー入り)を持ったばーちゃんに着いて俺も一緒にリビングに行く。
リビングに入ってきたばーちゃんを見た途端裕太の顔がひきつった。

「ほら裕太、お前の為に紅茶を淹れてきたよ。お飲み」
「あ…ああ…ありがと、」
「両親が出張に行っちゃって一人で寂しかっただろう?自分の家だと思って寛いでいいんだよ」

なるほど、そういう経緯で我が家に来たのか。
それにしたって今まで会ったこともない親戚の家に預けられるのは不安だろうなぁ。

「桃、裕太は僕とはよく会ってるんだよ」
「え。そうなの?」
「僕は裕太が生まれた時から我が子のように可愛がってるからね」
「い…いじめてるの間違いだろ!」

初めて裕太が声を荒げた。
裕太に言われるまでもなくいじめ紛いの愛情を受けていることは薄々感付いていたから、特に驚きはない。

「随分な言い種だなぁ。僕はこんなに裕太を可愛がってるのに…僕の愛情伝わってないのかい?あ、お茶どうぞ」
「伝わるわけ…、あ、どうも。いただきます」

…ちょっとばーちゃんの気持ち、分かる。
こんなにちょっとしか接してないのに分かる。コイツは騙しやすい。

「…ぐはっ!」

まんまとばーちゃんに勧められたお茶を口にした裕太は嫌に赤味の強い液体を吹きながらソファに沈んだ。

普通に考えて、生まれた時からばーちゃんにいじめられてたならこの行動パターンくらい読めるだろうに。
俺は唇を赤く腫らせて悶える裕太にそっと涙を飲んだ。

「桃、いじめじゃなくて、可愛がり」
「ああ、はい」

可愛がりは相撲業界ではいびりのことを言うような気がしたけど、俺はいい笑顔で頷いた。






「裕太、大丈夫か?」
「…やっと唇の感覚が戻ってきた…」

ばーちゃんが「裕太の為に夕飯はタカさんの寿司にしよう」とじーちゃんの店に出ていってから、俺は裕太に水を与えた。
憔悴した裕太はやっと回復してきたらしい。
まだ青ざめてはいるが喋れるまでにはなった裕太の頭をぽんぽん撫でる。

「ばーちゃんのお気に入りは大変だよなぁ」
「…あの人俺以外にもああなんですか…」
「うちは母さんがな〜。何だかんだでお気に入りだから毎日いびられてるぜ」

そう言うと裕太はキッチンの方に心底憐れんだ目を向けた。
自分もそういう目で見られる立場だって分かってんのかコイツ…

「あんな目に遭わされるくらいなら嫌われた方がマシだ…」

一体今までどんな目に遭ってきたのか聞くまでもない。
だってきっとそれは毎日母さんが遭遇してる災難と大差ないものだろうから。



「それにしてもさ、お前ここの家来るの初めてだよな?俺、桃。桃ちゃんって呼べよ!よろしくな、裕太!」
「あ…うん。よろしく、」

差し出した手を裕太ははにかみながら握った。
俺はこの家で一番裕太と年が近いし、悪いヤツじゃなさそうだし、仲良くやれそうだ。

「なぁなぁ、ばーちゃんが帰って来るまで一緒に遊ぼうぜ!」
「うん!」



とりあえず部屋から持ってきたサッカーボールを持って庭で遊ぶことにした。
裕太はなかなか運動神経がいいみたいだ。
五年の俺と渡り合うなんて三年の癖にすげえなぁ!すげえよ!

「っでもまだまだ俺には敵わねえなぁ!敵わねえよ!」

裕太に向かって思いっきりボールを蹴る。

「ぶふぉあっ!」
「あ、」

俺の蹴ったボールは見事裕太の顔面にヒットした。
そして裕太は本日二度目の撃沈を果たしたのだった…ごめん、裕太。



「…何をしてるんだい?桃」



…げっ!

背後から押し殺したような声が聞こえて、振り返ったら案の定ばーちゃんだった。
顔は笑ってるけど、いつもより影が濃い。これは…怒っている。

「あ〜…こ、これはだな、ばーちゃん、」
「このお寿司は裕太の歓迎会のために僕自ら握った特製のお寿司だったけど…桃に食べてもらうことになりそうだね」

顔には笑みを湛えたまま薄く目を開くばーちゃんに俺は震え上がった。

「ば、ばーちゃん、ごめんなさいっ!」

慌てて両手を合わせるも、ばーちゃんは手に持った荷物を開き始めた。



「………え?」



開かれた風呂敷の中から出てきたのは真っ白い謎のネタが載った、たぶん、寿司。

「………これ、何?」
「生クリーム」
「生クリームに謝れ!」

いつの間にか復活したらしい裕太が叫ぶ。
回復が早いのは打たれ慣れてるからだろうか。とか言ってる場合じゃねぇ。

綺麗に泡立てられた生クリームの下には間違いなくシャリが見える。
生クリームと酢飯?生クリームと酢飯?!どういうことだ!

「甘党の裕太の為に作ったんだよ」
「嬉しくねぇよ!」
「残念だよ。でも裕太がそう言うなら仕方ないね。それは桃と秀一郎さんで食べるといいよ」

ばーちゃんの言葉に俺はいよいよ青くなった。

「ちなみに生クリームの下には同量のワサビも入ってるから」
「殺す気か!」

裕太…それは俺のセリフだぜ…






その夜俺と母さんは瀕死になりながらばーちゃんの監視の下生クリーム寿司を食いきった。
その横でいじられ体質を見抜かれた裕太は貞治兄さんの汁の実験台に抜擢されてやっぱり瀕死になっていた。

リョーマや薫の冷ややかな憐れみの視線を浴びながら、俺は一生裕太といい友達でいようと誓ったのだった。



 


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