中庭にて





「姐さん!お久しぶりです!」
「殺されたいのか神尾」



不動峰の神尾と石田が立海にやってきた。






正直最初は不動峰は決して悪い奴らじゃなかった。
しかしこいつらの頭は俺を女と勘違いして惚れた目ん玉タピオカ野郎だった。
タピオカ野郎の下の馬鹿は勝手な逆恨みで俺に嫌がらせをした挙句俺に惚れて、毎晩のようにうちに来るストーカーぼやき野郎。
そして今日来た神尾達は未だに俺を「姐さん」呼ばわりしてると分かった今、こいつらにいい印象はない。皆無だ。

とりあえず二人を連れて中庭に出る。
あまり校内の連中の前で「姐さん」と呼ばれたくはない。
神尾の声は無駄にデカい。

「立海って広いなぁ〜」
「不動峰とは大違いだな」
「まぁ俺らにはあっちのが合ってるけどな!」

なら帰れ、さぁ帰れ、今すぐ帰れ。

「つれないなぁ、姐さん」

やっぱり帰れ。



しかし二人は帰る様子もなく、田舎者よろしく中庭をキョロキョロと見回している。
ていうかこいつら何しに来たの。
何で俺がおもてなししてやらなきゃいけないの。
…でも他の奴らの前でも「姐さん」とか言われたら堪ったもんじゃないからこれは仕方ないか。

「最近深司がお世話になってるみたいッスね!」
「…したくてしてるわけじゃないんだよ?」
「そ…そんな目で睨まないでくださいよ…」
「そうそう、嫌がらせについては深司の独断なんスから!」

いっそあのストーカー行為も大掛かりな嫌がらせの一環だった方が幾分マシだ。

「でも今日持ってきた話は姐さんにとって悪くない話だと思いますよ」

俺の睨みに冷や汗を浮かべながらも石田がニッコリ笑った。
死神の銀とは似てるようで似てないな、とどうでもいいことを思う。

「しょうがないな。聞いてやるから話せ」

中庭に置かれたベンチにふんぞり返って話を聞く体制を取ると、神尾が「…超上から目線」と呟いたから睨み付けた。



「…実は…最近橘さんの元気がないんです」

…ふーん…

思っていた以上にどうでもいい情報だった。

「それというのも深司の嫌がらせの結果姐さんが男だって知ったからなんですけど」
「俺が悪いってわけ?」
「そうは言ってません!」

神尾は慌てて首を振った。

「…ただ、あれ以来深司は姐さんを気に入ってお家に通うようになったじゃないですか」
「深司は姐さんの前は橘さんにベッタリだったから…橘さんはそれも寂しく感じてるんじゃないかと…」

……………

………えぇ〜…橘…ノンケとか言ってた癖に結局ホモじゃん…
まさか伊武も女だと思ってましたとか言い出すんじゃなかろうか。
いや…まさかな…でも伊武髪長いし橘の目ん玉はタピオカだし…

「姐さん、橘さんは伊武のことは純粋に弟みたいに可愛がってたんですよ」
「あんな弟嫌だなぁ」
「俺も嫌ですけど、あいつ本当に橘さんにだけは可愛いから…」

ええ〜?可愛いかなぁ?
惚れられてる身とはいえ俺はいつも窓越しに呟く声しか聞いてないから可愛いというには程遠い。

「あいつ黙ってれば顔いいんですよ」

露骨に顔をしかめる俺に神尾が苦笑した。
黙ってるところなんてむしろ見たことない。

「で、こっからが本題です」

石田が姿勢を正す。



「深司の好意をもう一度橘さんに戻せば、橘さんも元気になるし姐さんも深司のストーカーから解放されて一石二鳥じゃないですか!?」



……………それは



………いい!…いい!

正に目から鱗だった。
それが出来れば誰も損しない!みんな幸せ!

俺の表情を見て神尾と石田は顔を見合わせた。

「まぁ俺らとしてはぶっちゃけ深司が橘さんにベタベタになるのはベストではないんですけどね…」
「?何で」
「深司は知っての通りのストーカー体質ッスから」

ああ…確かに。俺に好意が向いている間は不動峰内部は平和だったんだろう。
誰だって内輪から加害者と被害者を同時に出したいわけがない。
…あ、でもこいつら霊だった。
堂々と犯罪犯せる立場にいるのはちょっと羨ましい。

「霊界にも霊律はありますから違反したら地獄行きなんですけどね」
「…霊界にはストーカー法はないのかな」
「言ってしまえば現世にいる霊の仕事がストーカーみたいなモンなんで」

…言われてみれば確かにそうだ。
望むと望まざるとに関わらず強制的に憑くのが霊だった。

「特に深司の粘着力は異常だからなー」
「な。同じ霊の俺達でさえ引く」
「…霊としてはさぞ優秀な類なんだろうね…」

俺の言葉に二人は項垂れるように頷いた。

「あいつは年季も入ってるし辛気くさいしやることなすこと不気味だし、表彰ものの霊なんですよ」
「…何で仲良くしてるのか理解に苦しむよ」
「悪いやつじゃないんですけどね、あれでも」

霊の世界ではああいう模範的な霊が「悪いやつじゃない」という評価になるのか。
やっぱり俺はまだまだ死ねない。俺にはまだ早すぎる世界だ。

「橘さんに恋してる時の顔とかすげー可愛いもんな」
「うん、今はその対象は姐さんだけどな」

よく考えたら伊武ときちんと顔を合わせて話したのは最初の取っ捕まえた夜だけだ。
ぼやいている言葉には一切可愛げなんかないから、そう言われてもピンとこない。

「でもアイツの粘着力半端ねーからな…」

問題はそこだ。

あの粘着系男子に一体何をすれば心変わりするのか。

「お前達の方が付き合い長いんだから伊武のツボも知ってるだろ?」
「うーん…」

神尾と石田は顔を見合わせて考え込む。

「…アイツ、男らしい男が好きだよな」
「強ければ強いほど惹かれるな」
「正義感が強ければ尚いいな」

それなら俺は除外されるはずだ。
俺に正義感はない。自分さえ良ければいい。

「最近橘さん元気なくて男らしさを見せ付けることもないからなぁ…」

神尾は溜め息をついた。

俺は一度会ったきり何だかんだで会えていない橘の顔を思い出す。
あの屈強な男子が弱った姿なんてお世辞にも可愛くない。

「こないだ野良犬に『お前もひとりぼっちなのか…気持ち、分かるぜ』って話しかけてるとこ見ちゃったよ俺…」

肩を落としてそう言う石田は悲しそうだ。



…なるほど、結局こいつらも橘が好きなんだ。
恋愛感情ではないんだろうが兄を慕うような気持ちで、単純に橘に元気になってもらいたいらしい。

それなら話は簡単だ。

「伊武だって橘を慕ってることに変わりはないんだろ。だったらみんなで橘を励ませよ。心を尽くした励ましはどんなもんでも伝わるだろ」

橘の元気がなくなった元々の原因になった俺がこんなことを言うのもアレだが。
でも可愛がっている弟分達に慰められて悪い気のするやつはいないだろう。

「姐さん…!」
「姐さんって呼ぶな」

神尾と石田はキラキラした目で俺を見上げる。



…何かちょっと橘の気持ちが分かる気がする。

こんな目で慕われたらちょっと気分いいじゃないか。



「姐さん!俺ら今すぐ戻って深司とも相談して橘さんを励まします!」
「…おう」
「立海に来て良かったッス!さすが姐さんだ!」
「姐さんって言うな」

二人は俺に深く頭を下げて、凄い勢いで中庭を突っ切っていった。
あっちは校門じゃないけど。






それから伊武がうちに来る回数は減った。

不動峰でどんなやり取りがなされたのかは俺は知らない。
週に一、二回ぼやきに来る伊武によると、橘も神尾達もみんな元気にやってるみたいだけど。



…あれ、これ結局俺何も得してなくね?



 


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