「白石とは、別れたで」



……………



「―――――は?」

自分の耳を疑った。
 
最近、確かに様子がおかしかった白石とオサムちゃん。
日に日にやつれて、怪我の増える財前。

いつの間にか狂い始めた、四天宝寺テニス部という歯車。

その原因が恐らく千歳にあるのであろうことも気付いてはいた。
ただ、だからって俺には何も出来なくて。
傍観を決め込むだけ。



今日、部活後に部誌と部室の鍵を持って行ったオサムちゃんの教官室。
その部屋の主であるオサムちゃんから言われた言葉はそれだった。



「…え、別れたって、嘘やろ?それ」
「嘘やったらええんやけど…俺も」
「……………ホンマ…なん?」
「………そうらしいなぁ」

どこか他人事のようなオサムちゃんは、いつもの通りの表情だ。
…というか、事実を受け止められない、といったところか。

「…言いたくないならアレやけどさ、何でなんか気になるんやけど…」
「あんまり言いたくないんやけどな、俺もわからへんねん」

オサムちゃんの言わんとしてることが、俺にはいまいち分からない。
別れる別れないっていうのは、二人で決めることなんちゃうの?
何でそんな、オサムちゃん一人が蚊帳の外、みたいな…
 


「…好きやねんて」
「え?」
「白石、俺のこと好きや言うねん」
「……………」
「…やけど、千歳のほうがええんやて」
「ハァ!?」

何や、それ。有り得へんやろ。
傍目から見て、白石が千歳に興味がないのは明らかで。
まぁ、チームメイトとしては大切に思っていたやろうけど、それは俺や財前に対するそれと変わらないものなはずで。
白石が恋愛感情を持ってるのはオサムちゃん一人や。
そんなもん、どんなイカレた奴だって分かる。



イカレた………



「…千歳…?」



咄嗟に脳裏を過ぎったのは、最近の異常なまでの千歳の振る舞いだった。
あからさまにオサムちゃんを敵視して、財前に辛く当たって、白石のことばかり見つめて、部活にもならない千歳。
いつから、ああなってしまったのか。

千歳が白石を好きだというのは、薄々分かってはいた。

ただ、まさかだからって…
いや、だから、何なん?
だからって、千歳に何が出来るって言うん?
この二人の絆は、そんなに簡単に壊れるものなのか?
千歳一人で壊してしまえるくらいに?

………そんなわけない。
そんなのは、見ていれば分かる。



そんなに簡単に壊れてしまう絆なら。



「…なぁ」
「ん…」
「オサムちゃん、それでアッサリ別れること決めたん…?」
「……………」

オサムちゃんは俯いて、それでも表情は変わらない。
オサムちゃんにとっての白石がその程度の存在だったのかなんて、思いたくない。

「…どうにもならへんねん」
「?」
「千歳を選んだんは、白石なんや」
「だからって、」
「俺にはどうしようもあらへん」

言ってる意味が俺には理解できない。
俺は無意識に拳を握り締めていた。

「どうしようもないって、何でやねん。それが本当に白石の意思やと思っとんの!?」
「そんなん、俺が知るわけないやろ!」

―――目の前のテーブルを、オサムちゃんの拳が直撃した。
テーブルに置かれたコーヒーのカップが揺れる。

「俺がいくら別れたないって言うても、無駄や。白石自身がそう決めたんやから、俺の言葉なんて聞きゃせん。あの子はそういう子やねん、謙也が思っとるよりも強いねん!」

強い?

…アホちゃうん。
白石が強いなんて、本気で言ってるならこの人アホや。



「………それじゃ、俺が諦めた意味あらへんやん………」



小さく部屋に響いた言葉に、オサムちゃんがやっと顔を上げる。
今度は俺が俯く番だ。
今までは誰にも言わずに秘めておいた心の中。

「謙也…?」

駄目や、もうアカン。泣きそうや。

オサムちゃんなら、オサムちゃんなら白石を幸せに出来るって思ったから。
 
「その程度の気持ちなら、白石俺にくれや…!」
「け、」
「俺やったら離さへん!」
「謙也」
「千歳にやるなら俺にくれや!俺かて白石が好きやねんから!」

畜生。情けない。
ずっと秘めておくつもりやったのに。
こんな風に言うことになるなんて。
涙が滲む。



「謙也…俺は、このまま引き下がるつもりもあらへんよ」

俯いていた俺の頭の上から、オサムちゃんの声が聞こえる。意志を強く持った声が。
息を止めるようにして涙を堪えて、顔を上げた。

「俺かて、納得しとらん。出来るわけない」
「じゃあ、」
「でも今は無理や。何を言っても白石は話してくれへん」
「………」
「折を見てちゃんと話させるつもりや。今すぐには無理かもしれへんけど、俺白石を信じとる。簡単に手放すつもりあらへん。俺かてそない簡単な気持ちじゃないねん」

オサムちゃんの決意は本物だった。
真剣な目がそれを物語っている。

でも、相手は何をするか分からないあの千歳だ。
こうして距離を置いている間にも何があるかわからない。
何かあってから動くんじゃ、遅いんだ。

その気持ちを察したのか、オサムちゃんは一層力強く言った。

「白石を不幸になんか、せえへん」

自分に言い聞かせるようなその言葉に、真実があった。
もう少し白石が惚れたこの男を信じてみてもいい。そう思った。



「皆で幸せになるために、今はさよならや」

そうだ、白石とオサムちゃんだけやない。
財前だって、千歳だって、俺だって、幸せになれなきゃハッピーエンドじゃない。

…そうは思うけど。

この『今』が一体どんな結末を連れてくるのか。
誰もが身動き取れない迷路に迷い込む。



『いつか』のための決断が、今はこんなにも苦しい。



俺達に出口はあるんだろうか。






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