自然に目が覚めた。

だから気分がいい。

窓の外の天気がいい。

だから気分がいい。

朝食を作った。
軽い、トースト程度のものだけど。
起きた時は既に家族は皆出かけていた、財前の家の冷蔵庫を勝手にあける。

食欲がある。
だから気分がいい。

冷蔵庫にあった、蜂蜜があまい。
でも美味しく感じた。

だから、すごく気分のいい朝だった。
 


「………珍しいッスね。千歳先輩が朝飯なんて」

起きてきたらしい財前が、昨日着ていた大きめのシャツ一枚を羽織っただけの格好で現れた。
細くて白い太ももに、チラリと昨夜の紅い痣が見える。
…見えないフリをするけれど。

「今日は食欲あっとよ。…財前も食わんね?」
「ん…いいッス。シャワー浴びてきます…」

体を引きずるようにして、財前は浴室に消えていった。

…辛かとやろうな。

相変わらず、財前には特別な感情は抱いてないと思う。

ただ、思うのは何で俺なんだろう、って。

俺にされるみたいな扱いをされても、それでも従順な財前に疑問を感じる。
俺のこと好きだっていうのは分かるんだけど。
たかだか『スキ』って気持ちだけで、人間ってああもなれると?

例えば俺が財前の立場だったら。

俺は財前が俺にするように、白石に尽くすことができるかな?
そういう性格って言ったらそれまでだけど。

何となくイラついた気分になった。
それが嫌だったから、甘く蜂蜜の塗りたくられたトーストを噛んだ。
さっきより美味しくなくて、またイラついた。



シャワーの音が止む頃、俺は既に出かける準備を終えていた。
さっきと同じように、シャツだけを羽織った財前が浴室のドアから現れる。
濡れた髪はしっかりタオルで拭き取られて、雫は垂れた様子もない。
だけど、濡れそぼった捨て犬みたいに感じるのは何でだろう。

「俺先行くばい」
「…はい。ほな、また後で…」

行く先は一緒。
どうせ同じ学校。

だけど一緒に出かけたことなんて一度もない。
当然のように、財前は俺を送り出してくれた。
財前の家の門を閉めながら、考える。財前のこと。
出かける俺を、ちょっと寂しそうに見つめる財前のこと。
そういえばいつでも財前は、俺が財前を置いて先に出る時ああいう顔をする。

俺は財前のそこが好かん。

言えばいいだけなのに。
一緒に行きたいなら、そう言えばいいだけなのに。

自分の感情を外に出さない財前の真意は分からない。
寂しそうに見えるのは俺の罪悪感がそうさせるだけなんだろうか。
悪いなんて思ってもいないのに。



学校に向かい歩きながら考えるのはいつもと違って財前のこと。

せっかく気分良く目覚めた朝なのに。
白石のことは、学校に着くまで考えもしなかった。
 





「おはよー」
「おはよ」

いつも通り部員に挨拶を交わして、部室に置かれた椅子に座る。
無論、白石の隣。

「…白石、おはようさん」
「…あ、おはよ…」

目を合わせない。
…そりゃそうだ。

毎日のように、脅してる。
言い聞かせてる。

オサムちゃんを殺されたくないなら。
オサムちゃんが大事なら。
俺の言うこと聞きなっせ。

白石を抱いたりしない。
…少なくとも、今はまだ。
いつその一線を越えるか、なんて分からない。

でも近いうち。

俺だって鬼じゃない。
白石がオサムちゃんと別れて、俺を選ぶまでは俺は手を出すつもりはない。
…白石には。
でも、白石があんまり思い通りに動かないんだったら―――



オサムちゃんには、分からんばい。



―――――

オサムちゃんは白石から少し離れた所で、何も関係なさそうに競馬新聞を広げている。
何事もないような顔して、それがまた腹立たしい。

「……………」

ふと、白石の胸元に目がいった。
そこに散る赤い鬱血に気付く。

「……………白石、ちょっとよか?」
「………ぇ、何…」
「いいから来んね」

最後の一言は、誰にも聞こえないような小声。
白石にしか届いていないだろう。

低めに囁く。
それだけで白石の肩はビクついて、素直に立ち上がった。






「何ね、ソレ」

部室を出て、空き教室を選んで中に入った。
途端に不機嫌丸出しの俺の低音が響いた。
白石の体が目に見えて強張る。

「…ソレ、何って聞いとるばい」
「……何…」

グッとシャツの胸倉を掴んで引き寄せる。
はだけた胸元に散るのは、赤い跡。
俺がつけることすら叶わない、その跡。

「…昨夜も、オサムちゃんとセックスしたと?」
「ち、」
「違う?じゃあ何ね?ソレ。白石はオサムちゃん以外の男にも足開くとや?」

指先がその跡をなぞる。
オサムちゃんの白石への愛の証かのように、その跡は深く、強く根付いてるように見えた。
 
「ゃ、千歳ッ………」

悔しい。

ただその感情だけで、白石の首筋に噛み付いた。

もっと深い赤を。
もっと深い、俺の愛を。
植えつけてやる。
もう白石がどこにも逃げられないように、強く。

犬歯が肌に食い込む。

「い、ッたぁ…千歳、やめろや、っ!」
「ハァ?オサムちゃんは良くて俺はいかんと?」
「やゃ…っ!お願いッ!」

必死に俺を押しのけようとするけど、その手に力は入ってない。

そんなに俺が怖かと?

本当の白石は結構力だってあるはず。
身長差はあっても俺よりも丁寧に鍛えている白石からすれば、俺の力なんてたかが知れてるはずなのに。
抵抗らしい抵抗すらできない程俺に怯える、白石。
征服感に肌が粟立った。

愛しい白石の匂い。

食い込んだ犬歯が、肌を食い破った。
首筋から、赤い液体が溢れる。

「ぃ、た…痛い、ちとせ…ッ」

口内に広がる、白石の血。
生なましい味。

甘美な蜜。

気に入らない。
甘いはずのその液体が、思いの外甘くないことに、苛立った。

唇を首から離す。
口の中に溜まった白石の血液を、飲み下した。
口の中の生臭さは消えなくて、唾液を床に吐き捨てる。

「………気に入らんね」
「………っ?」

傷む首を押さえるようにして、白石が見上げてきた。

「…何か気に入らん。白石、抜いて」

言葉の意味を把握して、飲み込むのに時間がかかったようだった。
白石の表情は見る見る青く血の気が引いていった。
首からの出血のせいじゃ、ないはず。

「な、…ん…」
「中使わせてとか言わんけん。抜いてくれればよかち」

無理に寄せた手を、制服の股間に埋めさせる。

「手でも口でも、好きな方でよかよ」

絶望的な顔をして、それでも抵抗できない白石は、綺麗だ。
泣き出しそうにしながら、それでも制服のファスナーを下ろした。
何度も想像した白石の指が、下着の上から俺を撫でる。
俺の手でも、財前の指でもない指先が。

……………

そういえば、財前以外に触らせたのって久しぶりかも。
財前はもっと積極的に俺を握って、一生懸命愛撫してくるんだけど。
目の前の白石は、抵抗を隠しきれない様子でいまだに下着から俺自身を取り出そうとしない。

「ほら、オサムちゃんにするみたくしたらよかよ」

しとうとやろ?

耳元で囁くと、泣き出しそうな喉が鳴った。
ゆっくり、下着の中に入り込んでくる手。

冷たか…
財前の手は、もっといつでもあったかくて…

「……………」

そっと、白石の手が俺を一撫でした。
直で感じる冷たい指先は、一度軽く俺自身を握るとぎこちなく動き始めた。
上下に擦り上げるたび、体に冷たいような、熱いような旋律が走る。

財前の手は、もっと上手に滑らかに俺の上を滑って…
財前は、もっと俺の気持ちいい所を擦ってくれて…

「……………チッ」

舌打ちをすると、白石の肩が震えた。
白石のたどたどしい愛撫は愛らしい。
大好きな俺の白石の指先に翻弄されてると思うと、嬉しい。
それに、快感だって充分ある。

でも、財前は…

「白石、口貸しなっせ」
「や…それは、ぃゃ…」
「へぇ、拒否ると?」
「………っ」

白石の瞑った目から、涙が伝った。
どうでも良くって、頭を押してしゃがませた。
白石の目の前には半分勃ち上がった俺自身がある。
軽く頭を押して促すと、手には少し抵抗する力が働いた。

財前は拒否なんてしない。
俺が頭を軽く押すだけで、素直に食いついてくる。
財前はすぐに唇を開いて、俺を口内に迎えいれる。

白石は、唇に触れるその熱い先端を往生際悪く舌先で舐め取った。

「……………」

駄目だ。

「萎えた」

ミルクティ色の髪を掴んで引き剥がした。

八の字に寄せられた眉が色っぽい。
でも財前みたいに、強請るような表情は微塵も無かった。
財前だったら俺を喜ばせるために必死で奉仕するのに。

嫌々愛撫を加える白石は、充分可愛らしいのに。
愛しいのに。

「……………めんどくさ。もうよか」

引き離した白石の額に、屈んで軽くキスを落とす。
その瞬間ビクリと体が震えたのを、見逃すはずがなかった。

「…白石って、いつでも怯えとうとやね」

まぁ俺のせいなんだけれど。

「そげんオサムちゃんが心配?」

まぁそうなんだろうけれど。

「………っ、ぉさむちゃん、には…ッ」
「………そこまで怯えられると、期待に応えんといけん気にならんね?」

見開いた白石の瞳から涙がもう一筋落ちた。

「お願いッ…オサムちゃんには何もせんで…」
「気に入らなかばい。白石全然気持ちよくしてくれんし」
「………っ」

ねぇだって、オサムちゃんにはするとやろ?
俺にはしてくれない、愛撫を全部。
普段からそんな震える指先で、オサムちゃんに触れてるわけじゃなかとやろ?
 
「………するからッ、千歳の言う通り…だから…ッ」

俺の冷たい視線に本気で怯えたのか、白石は途絶え途絶えになりながらも言葉を紡いだ。

ああ、愛しい…

ここらが潮時かな。
オサムちゃん、ごめんね。



俺が白石をいただきます。



「別れて?」



「………え?………」
「俺の言うこと聞くなら」
「………オサムちゃん、と…?」
「当たり前たい」
「嫌…や…「嫌なんて」

髪を掴んだ。

「嫌なんて…言えるわけなかっちゃろ?」

これ以上ないくらい優しい声色が出たと思う。






「アレ?白石は?」

部室に戻ると、謙也が一番に聞いてきた。
オサムちゃんは、気にしてないような顔してるつもりなんだろうけど全然ポーカーフェイスはうまくいってなくて、笑える。

「ん。トイレじゃなか?」
「ふぅん…」

本当は首筋の傷を洗いに行ったんだけど。

「……………」

視線を感じて振り返る。
不安気に眉を寄せた財前がそこにいた。



部活が終わった後、今日も財前の家に向かう。
今頃別れ話が進んでいるんであろう、白石とオサムちゃんを思うと笑いがこみ上げる。



何かに感づいてる財前を、手酷く抱いた。
『抱いた』というより『犯した』と言った方が相応しいかという程に。



財前から滲み出した蜜は

白石のものよりも甘かった。





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