この頬の痣は、千歳先輩に強く殴られた時の。

この腕の痣は、千歳先輩に手酷く抱かれて縛られた時の。

この首の痣は、千歳先輩に強く締められた時の。



だけど別にこれは 愛の証なんかじゃない。
 





「最近機嫌ええんスね」

先輩に聞こえないように呟いた。
聞こえたりしたらまた何か言われるだろうから。

俺も学んできたもんやと思う。

ここの所千歳先輩が機嫌がええ理由だって、本当は分かってるけど。
でも言いたくあらへん。
口に出して言ったって、千歳先輩の白石部長への思いの強さが分かるだけやろ?

俺は白石部長のことが好きな千歳先輩を好きなわけじゃないから。
誰かを好きでいるその人を、好きだなんて俺は言えない。
俺が好きなのは、俺を見てくれる先輩だから。
誰かを追うその視線なんて気付かなくていいんだ。

「何か言ったと?」
「…いえ」

関係は続いている。
この関係が切れたわけじゃないことがせめてもの救いだと思った。
白石部長と千歳先輩が付き合い始めたっちゅーわけでもない。

ただ確実に白石部長と千歳先輩が一緒にいる時間は増えたように感じるけど。
感じるっていうか、そうなんやけど。

詳しい理由は知る由もない。
聞かへんし。
聞いてもしょーがない。
嫌な気分になるだけやん。

部活の状況。

オサムちゃんは一人でいる時間が増えた。
その時間、白石部長は千歳先輩と常に一緒にいる。

俺は一人でいる時間は変わらない。
部活が終われば千歳先輩の部屋に呼ばれたり、先輩が俺の部屋に来たりすることは、変わらない。

白石部長は?
部活が終わった後はオサムちゃんと一緒におるのかな?

そうであってほしい。

あの二人が一緒にいる姿は、好きだから。
似合ってる二人だと思うから。
別れてほしいとか思わない。
先輩の幸せが俺の幸せなんて、そんな馬鹿な冗談。有り得へん。
先輩が俺を振り向いてくれないなら別に千歳先輩が不幸でいいから、俺のこと見て欲しい。

―――自分の根性の悪さに、辟易。
溜め息すら漏れない。
 


「財前は機嫌悪かね」

………

「何で?別に、普通ッスわ」
「そう?…機嫌悪そうばい」

さいあくや。
悪いけど、先輩の浮かれた気持ちなんか踏みにじったりたい。
………せえへんけど。
千歳先輩が白石部長と幸せになんてなってほしくないけど俺のせいで先輩が傷つくのは嫌や。

なんて矛盾に塗れた俺。
汚い俺。

「財前、キスでもする?」

嫌って言ったってする癖に。
嫌がるわけもないけれど。
ベッドに腰掛けた先輩の開いた膝の間に座る。
先輩にされるがままに、キスをした。
唇が触れるだけのキス。

これ、好き―――
何かええわ。

セックス前提でもなければ、特に理由のあるわけでもないキス。
これしてると安心する。
体だけが求められてるわけじゃないって、思い込める。

幻想やけど。

ええやんか。
一瞬くらい夢みたいな心地にさせてや。
どうせ愛してくれないんだから。
愛されてる錯覚くらい、自分のものにしたって誰も文句言わんでや。
愛されたいねん。



俺、


愛されたいです、



千歳先輩―――――


 
「…ねぇ財前」
「ん…何スか?」

唇の離れていく感覚が寂しくて、つい物足りないような声を出してしまう。
そんな俺に先輩が苦笑した。
そんな顔も好き―――

「白石とオサムちゃん、どうなっとるか知りたくなか?」

別に―――どうだってええんやけど。

「…ん、気になるッスわ…」

一応聞いたる。
楽しげな先輩の声を聞く限り、俺にとって楽しい事柄ではけしてないんだろうけど。



「あの二人、もうすぐ別れっとよ」



………は?

嘘やろ?

別れる?

有り得へん。

「―――…な「何でって思う?」

先を取られる。
ここは素直に頷いた。

「白石が好いとうのは俺やけん」

………いや、嘘やろ。
それ有り得へん。

だって、
だって―

白石部長はオサムちゃんが好きで、オサムちゃんも白石部長が好きで―――

「白石は俺の言うことなら何でも聞きよるばい」

楽しげに笑う千歳先輩。



ああ、そういうこと…納得。

『何でも言うことを聞く』ちゅーか『言うことを聞かせる』の間違いやろ。
指摘はしないけど。
何を言ったのかは知らない。
でもいつからか白石部長は千歳先輩の言うことをやたら聞くようになった。

オサムちゃんと別れて俺と付き合え、とか、いつか言うんやろうなぁとは思ってたけど。
思ったより早かったみたいや。

白石部長が怯えるような言葉。

オサムちゃんに関わることなんやろうな。

…詳しくは知らないし、別に聞きたくないけど。
そうなったら。
そうなったらもう、千歳先輩は―――…

「ま、もしそうなっても」

千歳先輩の手が優しく俺の髪の毛を撫でた。
こんな一つの仕草にもドキドキしてしまうような俺。
もう終わってる。

「財前のことは今まで通り可愛がっちゃるき」

意地悪な笑顔。
そうなる日はそう遠くない。
俺が先輩に取ってのただの性欲処理に成り下がる日。

それでもええわ。
ほっとした。
切られるなんて耐えられない。
先輩に抱かれない夜が来るなんて考えられない。

「―おおきに」

本当は愛されたいけど。
先輩は愛してくれないから、分かってるから―

それだけの関係でもおおきにって言わざるを得ない。

「だからそげん顔、せんと」

俺どんな顔しとる?
怖くて聞けない。

先輩…
先輩ッ
ちとせせんぱい―――

「俺を見て」
「何?」
「今は俺を見てください―――」

先輩の膝の間に座ったまま、俺は自分の服に手をかけた。
最初にシャツを、次にジーンズのベルトを外して、下着ごと脱ぎ去る。
完全に裸になって、千歳先輩の首に腕を巻きつけた。
体中に残る玲汰の行為の証。
痣という痣。
この痣が減る日も近いだろう。



一生消えないくらいひどくして。



お願い抱いて。
一人にしないで。
言い聞かせて。
信じさせて。



神様、



何で俺はこんなにもこの人を愛してしまったんですか。



どうして人は一人でいることができないんですか。



違う。
一人が嫌なわけやない。
誰でもええわけやない。



千歳先輩がおらんともう、俺、駄目や―――
 


先輩に口付ける。
さっきみたいな、生ぬるいキスじゃなくてもっと、深いやつ。
千歳先輩がしてくれるみたいに上手にはできないけど。
少しでも近く。
先輩の心地いいように。
先輩が教えてくれたように。

もう俺、千歳先輩以外のキスじゃイケない。

「んッ…ふぅ…せんぱ、…」
「何かエロ…どげんしたと、今夜は」
「…ッせんぱいの、せいや…っ」

ぶっ壊れた俺でごめんなさい。
せやけど壊したのはあんたやで、千歳先輩。
責任取りや。

って言えない自分。
ただ好きでいるしかできない、自分。
都合のいいだけのオモチャ。
箱の中で、先輩が振り向いてくれるのを待つしかできない。
気まぐれに手にとって、遊んでくれるのを待つしかない。

「せんぱいッ、好き…何でもしますから…っ」
「変な財前。よかよ、可愛がっちゃるけん」

先輩も自分のシャツを脱ぎ去る。
ベッドの下に落ちていた、先輩が置きっぱなしにしてる縄。
先輩が気付いてそれを手にした。

縛ってもらえる。
今夜も、新しい痣が増える。
先輩が、クれる――

「コレがほしかとやろ」

コクコクと何度も頷く。
裸になった俺をベッドに倒して、千歳先輩がその縄を見せ付けるように両端で握って、張った。

早く、早く―

気持ちは急いていく一方だけど、自分からは強請らない。
先輩のしたいようにする。
それが先輩と俺の行為における、約束。

俺の焦る気持ちを知ってか知らずか、千歳先輩はゆっくりと、でも手際よく縄を俺の体に這わせていく。
もっと早く―
知らずに求めるような吐息を漏らしてしまう。

「縛られるの、感じると?」

感じるに決まってる。
だって千歳先輩がくれるんだから。
縄の粗い目が肌を擦るのだって、強い性感を呼ぶ。

「やらし…縄、似合うばい」

先輩が満足そうに微笑んだ。
嬉しい。

先輩の手が、強く縄を引っ張る。

「ッ!――ぁ」

体が引っ張られて、完全に動きを制限された。
強く体に食い込む縄が、俺を興奮させる。
もっと強く拘束してほしい―――
跡が残るように。

「白石よりも、似合うんじゃなか?」

素直に嬉しかった。
白石部長よりもっていう、この言葉が。
先輩にとって、白石部長よりも上回ることが俺にあるなら俺は喜んで先輩のしたいようにさせるだろうな。

「ちとせせんぱいッ…先輩のしたいように、して…もっと…」
「………、ほなこつ、上等」

蔑むように、そう言うけど。
でも楽しそうな先輩。
それだけで満足。

愛してはくれないのだからせめて誰よりもいやらしく。
白石部長よりも、いやらしく。
千歳先輩を魅了しなきゃ。
満足させなきゃ。
悦ばせなきゃ。
俺の全てをもって、千歳先輩の気を引かなきゃ………

狂った俺を千歳先輩は嗤うだろう。

人は誰でも笑うだろう。

ええよ、それでも。
先輩がしてくれるなら。

「光………」

名前を呼ばれるだけで至福。
涙が出るほど嬉しい。

「………何で泣くと」
「…っ、分からへん…」

いつの間にか零れる涙。
怖くてじゃない。
これから来る痛みを想定したって、涙なんか出やしない。

違う、これは

先輩がくれる全てが、嬉しいから―――

「…チッ、泣くな」

忌々しげに舌打ちをされる。
先輩は泣かれるのを嫌う。

けど涙は止まらなくて…
大体、自分で止められるくらいなら最初から涙を流したりなんかしない。
千歳先輩が嫌がるって分かってるのに、泣いたりなんてしないのに。

「ごめ…なさっ…」

止まらない涙を止めたくて、必死に舌を噛むようにして堪えるのにやっぱり視界は歪むばかりで止まらない。
しゃくりあげる程になる頃、先輩が眉を寄せたまま俺の縛られた足を大きく開いた。

「でかい声出したらいかんよ」

今日は何もしてくれへんのや―――
慣らすことも何も。

痛いやろな。切れるんちゃう…やばいわ。
とか嫌に冷静に頭が働く―――間もなく

「い―――――ッ!!!………ぁッ!った…」

何の準備も施されていないまま、突き立てられた。

アカンこれ…絶対キレた…

死ぬ程痛い。
まさに、激痛。

だけどやっぱり声は出さない。
千歳先輩の躾の甲斐もあったって言えるだろう。
俺はいつしか、どんな痛みにも堪えるようになっていた。

内腿に血の伝う感触。
これにもだいぶ慣れた。
慣れたからって痛みが減るわけじゃないけれど。

「泣くな…ウザか」

頭上から冷たい先輩の声の響き。
これにはいつまでたっても慣れへん。

先輩に冷たくされるのは、怖いし、辛い。

「ぅ…くッ………ひ、」

必死に声をかみ殺し、涙を止めるために強く目を瞑る。
腕ごと縛られているせいで、手で顔を隠すこともできない。

痛みが遠のくのを待ってくれるわけもなく、千歳先輩は動き始めた。
でもこっちの方がまだ楽。
涙の理由は痛みと快楽だけってことにできるから。
望んだ通り激しく突き上げられる。

ああ、これ―――

コレが好きなんや、千歳先輩の―――
 
「はっ、ぁッ、ん…ぅ…っ、く…」
「……ぅ…」

痛みで体が強張って、そのせいで中はいつも以上に堅く強張っているんだろう。
先輩も痛いんかな。
眉を寄せたまま、それでも強引に動かれた。

「はぁ、はっ…んッ」

グリッと強く奥の一点を突かれる。
俺のイイ場所。
いつの間にか千歳先輩に知り尽くされた体。
その箇所を何度も何度も突かれて、自然に声が漏れる。
声を漏らすのを先輩は嫌うのに。

「ぁっ、あ…ああっ、せ…ん、ぱ」
「せからしか…」
「ごめん…なさ…ッ、ごめんなさいッ」
「……なら、黙りなっせ…」

イイ処ばかり突かれて、中がヒクつき始めたのが自分にも分かった。
先輩にも快感が走るようになってきたんだろう。
声色がどんどん艶めいたものになってきた。

嬉しくて。

体に軽く力を入れて、先輩を受け入れるその部分がもっと締まるようにした。
下唇を強く噛む。
ああ、このまま、このまま抜けなくなればええのに。
そしたら先輩は俺とずっと一緒にいるしかなくなるやん。

先輩が、中に納まる千歳先輩自身が、堅く大きくなって一際膨れ上がった。

「っ、」

いつの間にか浮かんでいた先輩の額の汗が、俺の頬に落ちた。
それすら快感で、背を反らせて

「せ…ッ、い、く…ぁんッ」

先輩のが先に果てた。
後を追うように、俺も吐き出した。

イッた後の俺の内部のヒクつきを堪能するかのように、中に納まったまま先輩が緩く腰を前後した。
搾り出すように。
…もっと出してくれればいいのに。
全て、一滴残らず俺にくれればいいのに。
千歳先輩の熱い液体が、直腸を濡らし、広がる。
その感触を感じながら俺はうっすらそんなことを考えてた。



解かれた縄の跡を、愛しく思う。
指先でゆっくり腕の痣を撫でた。

「財前ってほなこつ、縛られんの好きばいねぇ…」

ベッドの上でまどろむ千歳先輩。
うとうとと目を擦りながら、俺の髪を撫でてくれる。

今夜はこのまま泊まるわー

そう呟いたきり、先輩は無言で眠りに落ちた。



体に新しく残った、紅い縄の跡。

別にこれだって、愛の証ってわけじゃない。

千歳先輩は俺の体を愛してくれる。
俺の満足いくまで。
千歳先輩が満足するまで。



千歳先輩は俺の心を愛してくれない。
俺が望んでも。



俺が、いくら愛しても。





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