せめて晴れていてくれたら、と思う。

こんな夜が雨だなんてあまりに哀しすぎる。

今夜が、それは素敵な月夜だったら

この月下美人を少しでも癒してあげることができたろうに―――

現実はかくも過酷に天気さえ蝕むかの如く
 





千歳に何を言われたか、詳しくは知らない。
ただ、千歳が白石を傷つけたことは事実。
千歳が転校してきてから数ヶ月、うまくやってきていたはずだった。
彼があんな風になってしまったのはいつからだろう。

白石は何も言わない。
ただ、泣くだけ。
俺にはどうすることもできずにただ、抱き締めるだけ。
それで白石が安心してるようには思えなかった。
むしろその震えはますます大きくなっているような…

「白石、夕飯食べてくやろ?何か食べんと…」

抱き締めていた腕を離して、立ち上がってキッチンに向かう。

「行かんといて…」

消え入るような小声に、足を止める。

「行かんで、オサムちゃん…一緒におって」

………

君は何に怯えているのか。

千歳?
白石をそこまで追い込む、何を千歳が知っているのか。



キッチンに向かいかけた足を、白石の方向に向ける。
白石の隣に再び腰掛けた。

「オサムちゃん、エッチしよ…」

そんな誘いを白石の方から受けたのは初めてだった。
驚くと同時に、不安になる。
一体何がそこまでこの子を追い詰めるのか。

「オサムちゃん…嫌なん…?」

下を向いたまま顔を赤くして呟く白石は、綺麗。
長い睫が伏せって、まるで少女のような線の細い顔立ちに映える。

「ベッド行く…?」
「…ゃ、待てへん…ここで…」

明るく電気の点いたリビングのソファ。
いつもの白石なら、こんな所で求めたりしたら絶対拒否するのに。

「白石…?どないしたん?」
「ええの…オサムちゃん、ここでしたかったんやろ…?」

…確かに、先日ここで白石を求めて、思い切り拒否されたけど。
………それが何で今、叶えられる?
 


昼間部室を飛び出していった千歳を白石が追いかけていった時、何で俺は止めなかったんだろう。
千歳と付き合ってる財前の顔にしっかり残る痣を心配して、それで白石は千歳を追ったんだと、そう思っていた。

実際、そうだったんだろう。

けれど白石を迎えに行った俺の目に映ったのは、涙を堪える白石と、その白石を追い詰めるようににじり寄った千歳。
その間彼らがどんな会話を交わしたかなんて俺には知る由もない。

「白石、ソファは嫌なんやなかったん?」
「―っ、………ええのっ、オサムちゃんがしたいなら…」

妖艶なまでの魅力で、白石の腕が俺の首に回された。
そのまま白石は後ろに倒れて、腕の絡まった俺の体ごとソファに沈みこんだ。

「…っオサムちゃん…お願いが、あるん…」

せっかくの白石の誘いに乗って、指先を服の中に滑り込ませた俺に消え入りそうな声が届いた。
指の淡い動きは止めないまま、白石の顔を見る。
その表情は、またもや泣き出しそうに歪んでいた。
指先は白石の細い体をなぞり、今は胸の小さい突起を摘む。
びくんと体を撓らせながらも、白石は必死に言葉を紡いだ。

「オサムちゃんのっ…したい所で、いつでもして、ええから…っ」

思わぬ言葉に、思わず指先が一瞬止まった。
しかしすぐに再び愛撫は再開された。

「白石…ホンマ今日はどうしたん?」
「オサムちゃんっ……聞いて…」

服の下に潜り込んだ手を、白石が服の上から押し止めた。
仕方なしに愛撫を中断して白石の話に耳を傾ける。

「したい所でいつでもって、本気?」
「本気っ、本気やから…」
「…?」
「やから、学校では…っ千歳の…目の届く場所では…」

怖い予感。
ここで千歳の名前が出たことに少なからず動揺した。



「千歳の、前では…俺に触らんで…」



―――――



「やぁあっ!」

強引に手を動かす。
的確に、白石の感じる場所に触れて。
早急に服を脱がせた。

「あ…っ待ってオサムちゃっ…ゃん…」

開いた脚の間に体を滑り込ませて、その間から白石の表情を伺う。
俺の手は白石の自身を握り、緩く扱き上げながら。

「ぁ…っ、オサムちゃ…っお願ぃ…っ」

この後に及んでお願い?

何だか無償に腹が立った。
そう、この感情は、単純なヤキモチ。
おかしい。
そんなのおかしいやろ?
レギュラー周知の事実じゃないか。
それを今更、『触れるな』?

「なぁ…白石…それは何でなん?」
「おねが…っ、後生やから…っ」
「俺は理由が聞きたいんやけど?」

半分ほど勃ち上がって堅く反り返った白石自身を、ゆっくり咥える。
吐息を絡ませて、口内に納めてゆく。

「やっ、あぁ…んぅ…っ、ふ…ぉさ、むちゃ…」
「理由は言えへんの?おかしいやん、そんなの」

唇を離して、問いかける。
下から見上げた白石の顔は、既に涙に濡れていた。
再び顔を股間に埋める。
濡れた先端から苦く先走りがにじみ始めた。

「ふ…っ、う…ふぇ…んぁ…」

泣き声だか喘ぎ声なんだかももう分からないくらいの白石。
可哀想に思えて、でも何だか堪らなくいじめたくて。
執拗に強く吸い上げた。
絶頂はそう遠くないはずで、裏筋に舌を這わせながら先端を唇で噛む。

「やぁ…ぁ…おさむちゃ、ぁ…っあ、」

達したいのか、先端が収縮しはじめる。
ヒクヒク震えるソレを、喉の奥まで咥え込んだ。
頭を前後させて、先端も根元も余すところなく俺の唾液で濡らす。

「あ…、あっ…怖…ぃっ、んぅっ…」

怖い?

まさか、俺が?

「ぃ、ぁっ…あ…あ―――!」

喉の奥に飛沫が走る。
苦い液体が、舌に触れるまでもなく喉の奥まで流し込まれて、飲み下した。

「は…、はぁ…は…」

上下する胸を見つめて、視線を走らせ上気した頬を眺める。
頬は幾筋も伝った涙でぐしょぐしょに濡れていた。



ふと、いきなり、外の雨が強くなったような気がした。



いや、きっと急に耳障りに感じ始めたんだ。



綺麗な白石のその姿をいくら眺めても、どこか俺は冷めていた。
それに気付いているんであろう白石が、急に頬を赤らめた。
我に返って、自分だけがほぼ裸という状態に急に恥ずかしくなったんだろうと思う。

「白石。怖いって、何」

白石の腕を引いて、抱き上げた。
そのまま俺の脚の間に座らせる。
白石は大人しくされるがままになっていた。

「…白石。俺達付き合うてんやんな」

白石の涙は枯れることを知らないんだろうか。

またも瞳が涙に潤む。
それでもコクン、とはっきり頷いた。

「それは部活の連中も知ってることやんな?」

もう一度、頷く。

「部活中にエッチするなって言うなら分かるで。せやけど、触れるなって何?」

今度は首が横に振られた。
全く意味が分からなくて、肩を掴んで俺の方を向かせた。

「しかも千歳の前でだけ?どういうことやねん」

畳み掛けるように質問を繰り返す俺から逃げたいみたいに、白石は首を振り続けた。

「白石、はっきり言ってくれんとわからへんよ」
「………ちとせが、怖い…」



一体何があったというんだ。
俺と白石が一緒にいなかったたったの数分間で、何がここまで白石を怯えさせるのか。

「俺とオサムちゃんが一緒にいたら…っ千歳はどんどん怖くなる…っ」

ぎゅっと目を瞑った白石の目から、また涙が溢れた。
相当怖かったのか、口をついた声は震えきっている。

「俺がいれば…白石を千歳から守れるで?」
「でもそれじゃ!それじゃテニス部がおかしなる…っ」

テニス部

それを言われてしまうと俺だって痛い。
けれどそれでも、それよりも、白石の方が大事だと思う俺がおかしいのか?

「お願い、オサムちゃん…」

初めてまともに俺を見据えた白石の瞳は、もう決心を固めた目をしていた。
凛とした、いつもの強い白石の瞳。
俺の好きな白石の目。

白石がどれほどテニスを中心に考えているかがわかって、自分が恥ずかしくなった。
子供っぽい嫉妬で白石を征服でもしようというのか。
俺だって大事なテニス部。
何も今、部内で問題を起こす必要はどこにもない。

「学校におる間、だけやから…」

そうだ。たった学校にいる間だけ。
それも学校でだって一緒にいることはできるんだ。

「……………分かった」

諦めて少し苦笑すると、白石はやっと安心したように笑顔を返してくれた。
いつでもテニス部を一番に考える白石には少し嫉妬心が芽生えたけどそれは彼がやっぱり年齢にそぐわず精神的に大人だということに他ならない。
俺だって大人にならないといけない。

「学校ではちょっと距離置いとけばええんやろ?」
「…ん。オサムちゃん、ごめん…」

白石が謝る必要はない。

「俺もごめん。…せやけど、まだ昼間何があったかは教えてくれへんの?」

びくっ、と、せっかく笑顔に戻ってくれた白石の肩が震えた。

俺と白石が触れ合うことで、千歳が怖くなって、テニス部が壊れる。
って方程式は、まだ俺には納得できてはいない。

それでももう白石を泣かせたくなくて、仕方なく溜め息をついた。

「………ごめんな、白石。もう聞かへんから」

不安気に俺を見上げる白石に、笑いかけてやる。
白石はそっと甘えるように俺の胸に頬を摺り寄せてきた。



外の雨の音は相変わらず耳障りに、部屋の中を満たす。
白石の涙みたいに、枯れることがないんじゃないかってほどに雨音は途切れることをしない。

憂えるような白石の表情が、目に焼きついた。
俺はそんなにも頼りないというのか。
白石が何も話してくれないから、俺にも聞く術がない。

いや、言い訳に過ぎない。
聞きたくないだけ。
ただ俺が逃げてるだけ。



強引に口を割らすことだってできたはずなのに。
憂える白石の口からこれ以上千歳の名前を聞きたくなくて俺は白石に口付けた。



外の雨が耳障りすぎていらついた。
思えばこの瞬間、もう四天宝寺のテニス部は既に壊れ始めていたかもしれない。

考えたくなくて、白石を何度も抱いた。



止まない外の雨音は

聞かなかったことにした。



雨に濡れたように溢れる白石の涙も

見えなかったことにした。






雨に枯れた花
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