出会いは風の中

今となっては塵の中

思いは胸の中

今に至っても胸の中



四天宝寺に転校して、テニス部で白石に出会った。
彼への思いは胸の内、秘めたまま。

綺麗な彼。

俺の方が先だった。彼を好きになったのは。
俺の気持ちの方が絶対に強い。



オサムちゃんよりも。



俺より白石を愛せる人間なんているわけない。



オサムちゃんが



許せない。
 


「白石」
「―――、何、千歳。呼んだ?」
「………別に」



ああ、こんなに強く思っているのにこんなにいつだって傍に居るのに彼の人は何と遠いことか―――――



オサムちゃんと白石が付き合い始めた、と知ったのは数週間前。
くしくも俺が白石に告白した一週間後。

いや、

その前から2人が思いあってるのは知っていた。
だから告白した。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら―――もしかしたら少しでも俺を気にかけてくれるんじゃないかって。

「ひどい裏切りばい、白石…」

逆恨み?違う。この怒りは正当なものであるはずだ。

オサムちゃんが許せない。

俺に白石を返して―――――



「…ぁ、はっ…だめ…オサムちゃ…」
「白石…ホンマ綺麗…」

俺の方が知ってる。
白石が綺麗なことくらい。
俺の方が先に気付いてた。

「みんな、きちゃぅ…あッ」
「大丈夫やろ…おいで」

…もう居るばい。



抑えた白石の声―――

部室で盛るな。

俺の白石に触れるな。
俺の白石を汚すな。
俺の白石に触れるな。
俺の白石を気安く呼ぶな。
俺の白石に触れるな。
俺の白石を返して。

返して、返して返して返して返して―――――




「千歳先輩?何してんスか、外で」
「財前」

財前の手を取る。
そのまま部室から離れた。
耳に届く声は無くなった。

けれど―――

俺の鼓膜に焼き付くは、白石の嬌声。
俺の網膜に焼き付くは、白石の痴態。
 





「ぃたッ…!痛い!いやぁ…っ、ああっ!」
「………黙れ」

あの人の声以外なんて、聞きたくないんだ。

「ちとせ、せんぱ…ッ!やぁぁ!あッ…」
「………黙れ!」

拳を財前の頬に投げ付けた。
口の中を切ったらしい財前の口端から血が伝う。
そのまま財前が気を失うまでその体を甚振った。
財前の後ろの口は強引な行為のせいで裂けて、溢れた血が固まっていた。

痛々しい顔の痣。
乾いた涙の伝った跡。

可哀想に…とは、思わない。
ごめんね。と、それは思う。

神は死んだ。
俺の心を殺して。

だからもうどうだっていいんだ―――――
 
「…せん、ぱい…?」
「…ごめんね…」

目を覚ました財前を優しく抱きしめる。
これでいい。

財前は

これで

騙される―――

「先輩、好き…」
「ありがとう」
「千歳せんぱいは…?」

…好き?

好きかなんて聞かれたら、殺したくなる。

馬鹿じゃなかとや、こいつ。

俺が財前を好きだとでも?
俺は白石しか思っていないのに。
馬鹿な財前。
俺が愛故に財前を抱いているなんて、とんだ勘違い。



そのまま強引に、また財前を乱暴に犯した。
 



 
 
「おはよーございまーす」

翌日財前は何事もなかったかのように朝練に現れた。

「おはよ…って財前!何やその痣!」
「転んだだけッス」
「顔からかい」
「ぼーっとしてただけです」
「あかんやん、冷やさな…」

そう言って冷やしたタオルを差し出す白石は、横目で強く俺を睨んだ。

いい顔…
でも何で、何で俺が睨まれる?

気付けば謙也も、よりによってオサムちゃんまで俺を睨んでた。
俺が睨まれる理由なんてないのに。

オサムちゃん

この人に俺を睨む資格なんてあるのか?

むかついて、近くにあったパイプ椅子を蹴飛ばした。
信じられないくらい大きい音がして、椅子は壁にぶつかって落ちた。

「千歳、お前…いい加減に、」

謙也の声なんか聞きたくない。
白石の声が聞きたか。

でも怯えたようにオサムちゃんの影に隠れる白石を見て無性に腹が立った。
そういえば、ここのところレギュラーは俺に笑いかけてくれたことがあったかな?
覚えていない。
でもいつしか彼らは俺を遠巻きに、怯えた視線を投げるようになった気がする。

謙也も、

オサムちゃんも

…白石も

財前でさえ、

何故みんな俺を避ける?
俺は何も悪くない。



全員を殺したくなる衝動を抑えて、拳を握り締めて部室を出た。
背後で誰かが俺を追おうと動いたのが気配で分かった。
…どうせ財前だ。
無視してそのまま校門へ向かう。

この長い道のりが永遠に続けばいいのに。
俺はただ道を歩き続けるだけ。
それだけで俺はいいんだ。

もう、どうせ全て終わりだ―――
 


「待てや…っ千歳、っ…」

思いもよらない人の声に、振り向いた。

俺のずっと聞きたかった声、白石の声。
俺に向けられた、白石の声。

周りを見てもオサムちゃんはいない。
さっき部室を出ようとした時に追いかけようとしてくれていたのは白石だったのか。
嬉しさに自然に顔が綻んだ。

「…っ何、笑っとるん…」
「はは…別に」

久々に口を利いた気がする。
…昨日も喋ったか。
常に君が足りないから、気付かなかった。

「財前の、痣…」

…ざいぜん?

財前の話?
いらん…せっかく2人きりなのに、何で財前の話?なぁ…俺を見て。

オサムちゃんを見るみたいに、俺を見てよ。
何で目を逸らしたまま俺を見てくれんと?

でもそんな君も当然

綺麗だよ。

「財前の痣…千歳やろ…?」
「………うん、そう」
「!!…何で…」

俺が一歩踏み出すと、白石は一歩退く。
どうしても一定の距離を取っておかないと不安で仕方ないとでもいうのか。

「何でっ…何で財前にあんなことするん…」

………

「『俺のことが好き』かって聞いたと。あいつ、俺に」
「…?何がいけないん…?」
「俺は白石以外、殺したいほど憎いのに」
「…!」

白石の顔が恐怖に赤く染まる。
それとも、羞恥?
はたまた、怒り?

「…ああ。でも殴ったのは別の理由だったばい」

手を伸ばすとビクリと震えた体。
もしこの手がオサムちゃんの手だったら、君は逃げることなく受け入れるんだろうけど。



ああ



オサムちゃんを殺したい。



「財前、喘いだとよ」
「はぁ…?」
「抱いたらさ、感じて喘いどって」
「…何言うてん…」
「聞きたくなか、白石の声以外」

目頭が熱すぎて、痛くなってきた。

「白石以外、見たくなかよ…」

ああ俺は…泣きたいのか。

初めて白石の顔に、恐怖や怒り以外のものが浮かんだ。
同情?
哀れむような視線。
でも、見つめてもらえるだけで俺は至福。

「財前と…付き合うてんねやろ…?」
「付き合ってなかよ。それ、財前が言うたと?」
「ちゃうっ!ちゃうけど…!」

慌てたような否定の言葉。それは馬鹿な財前を庇っとる?

「俺が…勝手にそう思ってただけ…」
「んなわけなかやろ?誰が白石に告った次の週から財前と付き合うとや」

告白したあの日以来、初めて自分の気持ちを白石に伝えたように思う。
その会話を避けたかったらしい白石の肩がまた震えた。

「…なら!財前に期待させるようなことすんなや…!」
「…なら、部室でオサムちゃんとセックスするのやめて?」
「!」

見られていたことなんて気付いてもなかったろう。

「白石、綺麗だった…」
「やめろや…っ」



「なぁ、部室だけやなく、オサムちゃんとセックスせんで?」

「俺として?」 
 
「ねぇ…俺を見て?」

「俺、白石のこと好きやけん」

「白石、俺に抱かせて?」

「もっとむぞか白石が見たかよ」

「白石の声聞きたか…」



「やめ…ッ!」

矢継ぎ早に俺の感情をぶつけて気付けば白石は泣きそうに顔を歪めていた。

綺麗な泣き顔。
嗜虐心が煽られる。

愛してるのに。

「千歳!白石!」

部室の扉が開いてオサムちゃんが走ってやってきた。
あっという間に俺達の前までやってきて、泣きそうな白石を庇うように俺の前に立った。
睨む顔はいつになく大迫力。俺も負ける気なかけど。

「…千歳…お前最近おかしいで?」
「オサムちゃんのせいばい」

熱過ぎた目頭はオサムちゃんの登場と共に今度は痛いほど冷たくなった。

おかしい?

おかしいのはお前だろう。

「チームメイト泣かしたらアカンで」
「鳴かしとる奴がよう言う」
「っ!」

今にも俺に殴りかからんばかりのオサムちゃんを、白石が止めた。
しっかりその手をオサムちゃんの腕に回して。
俺には指先さえ触れてはくれないのに―――――

「…白石、行くで…」

そのままオサムちゃんは白石の腕を取って、労わるように部室への道を戻って行った。

そこに残されたのは俺一人。
一人その場にしゃがみこんで、白石との会話を反芻する。
泣きそうに、必死に財前を擁護する白石の姿。
憎いほどだったけどそれでも愛しかった―――



白石を思った途端、また目頭に熱が昇った。
涙が伝うような感覚は気のせいだろう。



全て終わりだ。



神は死んだ。



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