『なぁ?オサムちゃんは俺のどこが好きなん?』

『…どこって言われても…』

『なぁ、どこ?』

『うーん…全部好きやで?』

『何やそれ、俺はもっと具体的に聞きたいん』

『だってホンマにそうやし』

『オサムちゃん…あんな…』

『んー?何や?』

『俺な、これから先何があっても―――――』
 





―――――






「………オサムちゃんのことがずっと好きやって、言うたやんか、白石―――」



目が覚めると、泣いていた。
ここ数日、毎朝こうして目が覚める。



夢に出る、笑顔の白石。
あの笑顔はついこの間まで俺の前にあったはずなのに。



白石が居ないなら何の意味もない。



こうして生きている意味さえも。



俺は沢山のことを耐えてきたつもりだったけど、それにどれだけの意味があったんだろう。
こうして白石も、千歳も失ってしまうなら、一体俺のしたことにはどれだけの意味が―――






〜♪〜♪〜♪



携帯が着信を告げる。
咄嗟に白石の顔が浮かんで、慌てて枕元の携帯を掴んだ。
画面も見ずに通話ボタンを押す。

「―白石ッ!?」

『…オサムちゃん、俺』
「………謙也………」
『その様子じゃ、まだ白石から連絡ないん?』
「ああ…相変わらず音沙汰なしや。千歳からも」
『千歳の実家の方は?』
「連絡は入れてみたけど、何も知らんみたいやった」
『……………』



この一週間。



千歳が部活後、上機嫌に白石の家に向かった、あの日。

あの日以来



『まさかいきなり連絡もつかなくなるなんて…思いもせんかったな』



そう。

白石と千歳が、行方不明。



どこに行ったかなんて、想像もつかない。

千歳の家にいるのかと思って行ってみても誰も出て来ない。
居留守かもしれないけど、鍵もかかっていてはどうしようもない。
いっそ扉なんて壊してしまいたいけどそれも出来ない。

見慣れた千歳の寮の部屋の扉は、きつく俺を拒否していた。
そして白石の住んでいた部屋には、何もなくなっていた。

一度だけ一緒に過ごした空間にはもう何も、ソファと空っぽの机とベッド、それだけだった―――――

当然親は大騒ぎや。
優等生の息子の突然の家出。
当然やけど千歳に疑いなんか持っとらん家族。
俺も何も言えなかった。
 


「…財前はどうや」
『あっちも相変わらず』

俺が見ている限り、きっと千歳を好きだったのであろう財前。
見ているのが痛々しくなるほど千歳に尽くしていたあの姿。
俺は庇うことも出来ずに遠くから見ていただけだったけど―――

そんな財前は、千歳の機嫌と反比例してどんどん不機嫌な日々が続き、白石と千歳が付き合い始めたらしい頃から、全てのことに無関心になった。

生意気やけど、皆に気ぃ使って何だかんだと後輩の世話を焼いていた財前。
あまりの豹変振りに、謙也も俺も、かける言葉さえない。
千歳の心配ひとつすることもなくただボンヤリとイヤホンに耳を傾けるばかり。



気付けば何もかもが機能していない。
白石があれほどまでに愛した、守ろうとしたテニス部も―――



もう、前にも進めず、後にも戻れない。
どうしたらいいのか誰も分からなかった。






―――千歳。

俺達、いつからこうなった?
あんなに、楽しく過ごせていられたのに。
どうして白石だったんだ?
俺も千歳も白石を好きになって、白石は俺を選んでくれて、そして千歳は次第に狂ってしまった―――



いや…

少なくとも、千歳を壊したのは俺が原因だ。
俺が、白石と付き合うことになってから…

俺にどうすることが出来たというのか。

大切な生徒だった。
本当にそうだったんだ。

壊したくなんか、なかった。

それでも白石は譲れなかったんだ。
どうしても白石が欲しかったんや。

白石を愛したことが、そんなにいけなかったのか?

俺はどうしたらよかった?
どうすれば千歳を救えた?
千歳の為に白石を諦めればよかったのか?

俺は

俺は、

白石を選んだらアカンかったんか………?
 


『―オサムちゃん?』
「ああ、聞いとる…」

携帯を耳に当てていても、正直不安で仕方ない。
こうして誰かと通話してる間に、白石が連絡していたら―
そう思うと、この時間が煩わしくさえ感じる。

「…謙也、もう切るで」
『オサムちゃん………』

電話を耳から話した。
その瞬間遠く、謙也の呟いた声が聞こえた。






電話を切って、また泣いた。



『俺達、もう終わりなんかな………』



きっとそうなんだろう。
望むと望まざるとに関わらず、元に戻ることなんてきっと不可能だ。

終わり。

テニス部の終わり。

白石が、俺が、

皆があんなに守り続けた、テニス部―――



こんな風に壊れるなら、そばにいればよかった。
テニス部なんてどうなってもええから、白石を守ればよかった。

泣いて俺の部屋でされた懇願なんて聞く耳持たずに、俺はテニス部より何よりも白石が大事やって、ただそう言えば、何かが変わったかもしれないのに。
白石の笑顔を守れたのは、俺だけだったのに―――
最後に伸ばされた手を、掴み損ねてしまったのは俺だ。

テニス部の為と言いながら、保身に走ったんだ。
教師として手に入れた立場を手放すなんて出来なかった。
全てを捨ててまで白石を愛し続ける自信が無かった。

俺は馬鹿や。

きっと俺が一人で、馬鹿だったんだ。
馬鹿で、弱くて、白石に甘えきってただけのガキや。



こうして全てを失うなんて。



月が日々欠けていくように、俺の周りの輝きが消えていく。



きっと明日には、何も見えない。






欠けた月
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