年季の入った怖いもの知らず






苦労してよじ登ったアパートの3階。
カーテンが閉められてるのを確認して俺はベランダの柵を越えた。
足音を立てないように着地して、部屋の中の声に耳を澄ます。

『いやだから、そこは違うだろ』
『三つ目がベストだ』

…中から聞こえる声は間違いなく閣下と幸村氏の声。
俺の唇の端は自然と持ち上がった。






何故俺がこんな泥棒紛いのことをしているのかというと、遡ること昨日の話。

「あやや、明日の夜は暇か?」
「え、明日?」

仕事を終えてPCの電源を落として、いざ帰ろうとした時に閣下に声をかけられた。

「明日はサンホラ繋がりの仲間と飲みッスけど」

俺は毎週土曜日の定番の予定を閣下に伝えた。

「…そうか。いや、明日は幸村氏と柳生と仁王と一緒に近所の墓場に肝試しに行くんだ」
「何そのメンツ!楽しそう!」

幸村氏と柳生さん、仁王さんは閣下に紹介してもらって知り合った。
三人とも閣下に負けず劣らず癖の強い人達だが、その分一緒にいて楽しい。
今からでも明日の飲み断って参加しようかな。
あ、でも明日は月に二度のサンホラ縛りカラオケ大会なんだった。畜生、断れない。

「…だが用事があるなら無理は言えないな」
「すんません…また次の機会に誘ってください」

俺が「黄昏の賢者」を歌わないことにはカラオケ大会は成立しない。
俺は泣く泣く断った。



家に帰ってコンビニ飯をかっ込んでると、電話があった。
いつもの飲み会のメンバーで、明日も会うはずの男から。
どうやら明日は欠員が二人出るらしい。
5人中2人が欠員じゃ盛り上がりに欠けるし、今回は見送らないかとのことだった。

ラッキー、これで閣下達の方に行ける!

すぐに閣下に電話しようと携帯を開いて、俺は手を止めた。



…待てよ。明日は肝試し。

きっと肝試しを終えたら仁王さんの部屋にみんなで集まるはず。
肝試しで怖い思いをした閣下達をこっそり登場した俺が驚かしたら…

閣下は勿論幸村氏も柳生さんも仁王さんも、俺よりずっと大人で、驚いたり慌てたりするところを見たことがない。

…見たい。怖がるあの4人を。






…というわけで、俺はここにいる。

仁王さんの部屋のアパートのベランダ。

俺の予定ではこの後窓ガラスを思い切り叩いて揺らして、カーテンの隙間からちらちらと姿を見せる。
そのために長い黒髪のウィッグも用意した。白いワンピースも。
ちょっとベタかなあとも思うけど、日本人が一番怖いと思う幽霊って貞子スタイルだろ、やっぱ。



ベランダの隅に背負ってきた荷物を置いて、中からウィッグとワンピースを取り出す。
ブカブカなワンピースだからこのまま被ればオッケーだ。
ウィッグも被って、長い髪をわざと手櫛でボサボサにして、顔を隠す。

手鏡で見た自分の姿は暗闇で見るととても自分には見えない。充分騙せると思う。

俺は気合いを入れ直して、そっと窓の前に立った。



どんっ!

大きな音を立てて掌をガラスにぶつける。

どんっ、どんっ、どんっ!

少しづつペースを早めて、最終的には窓枠が揺れるほど音を鳴らした。
やべ、もしかして近所迷惑?
一ヶ所に留まらず窓全体をランダムに叩き続けるのは結構疲れる。

これだけやれば結構ビビってるに違いない。

俺は音をたてながら部屋の中の声に耳を澄ませた。



…ら、



「キ…キターーー!(゜∀゜)」
「ショタキボンヌ」
「『心霊現象ktkr…、画像うpるからおまいら…正座して待ってろ』…っと。仁王くん!」
「任せるぜよ〜。デジカメでも映るかのう?」



……………



……………え……………



何でテンション上がってんの…?

えええええ…?ここテンション上がるとこかなあ…?

カーテンの隙間からそっと顔を覗かせると、中には窓に視線を向ける満面の笑顔の4人。

「女幽霊キターーー!おっぱい!おっぱい!」

幸村氏がぶんぶん手を振って喜んでいる。

…あ…ありえねえ…

「カーテンのせいでうまく写らん!やぎゅ、カーテン開けろ!」

呆然とする俺の前でカーテンが開けられる。



「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」



部屋の明かりの前ではこんな変装、間違いなく無意味だった。



「あやや、今日はサンホラ飲み会じゃなかったのか?」

部屋に招き入れられて、一番最初に言われた言葉はそれだった。
俺はここにきた経緯を簡単に説明する。

「なぁんだ、あややだったのかあ」
「墓場から俺の邪気に惹かれてついてきたんかと思ったんに…」
「大見得切ったオカルト板の書き込みどうしましょう」

ってゆーか何で怖がらねーんだよ!
未だにショックから立ち直れない俺に、幸村氏がPCを指差した。

「今みんなで、エクソシストが美少女悪魔や霊をエロ調教して使い魔にして更にエロいことするコンセプトのゲームやってたんだけど、あややもやる?」



あまりのどうしようもない人間達を前に、俺はいっそ尊敬した。



この人達、死角がねえ。



 




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