ご主人様と言いたくて
「きゃあ!ブンちゃんかわいいにゃん!」
「おにゃのこよりおにゃのこにゃり〜♪」
更衣室からキャッキャと賑やかな声が聞こえる。
その声を聞きつつグラスを磨きながら、俺は苦笑した。
ブン太が、あの性格は誰より男らしくてガサツなブン太が「女の子より女の子みたい」だなんて。今笑わずしていつ笑おう。
「ジャコー、どうしたぴょん?思い出し笑い?」
「いや…」
隣でケーキを生クリームで飾り付けていたメイドが俺の顔を覗き込む。
その時、更衣室の扉が開いた。
中から出てきたのはブン太だ。ただし、メイド姿の。
メイド姿とはいえこの店のメイド服は本来のメイドとは程遠く、風が吹けば中が見えそうな程短いスカートに、フリルがふんだんに使われた申し訳程度のエプロン、大きなピンクのリボンで飾られた、所謂「萌え」を重視した機能性皆無の服だ。
黒のニーハイで男のゴツい足を隠したブン太は確かに可愛い。
きっと女の子達が張り切って施した「ナチュラルに見える厚塗りメイク」のお陰もあるだろう。女の子は、こわい。
「ジャコジャコー、見てにゃん♪」
「ブンちゃんってばテラカワユス〜!」
だがせっかく可愛くメイクして髪をセットしても、当の本人の立ち居振舞いがコレでは台無しだ。
「これ動きづらっ!すげースースーするし、肩幅狭ぇよ」
「ブン太、メイドがそんな口利いちゃ駄目だろ」
「にゃんっ☆ごめんにゃさいご主人様ぁ♪」
わざとらしくしなを作って裏声を出すブン太は、それと知らなければ男に見えない…だろうか。
「…ったく、いくら人手不足だからってキッチンの俺までメイドやれとか店長鬼畜すぎ」
「ま、似合ってるからいいんじゃねえ?」
「ジャッカルは免除だしよ。ハゲは得だよな」
俺の女装を見せられる客の気持ちを考えれば、店長の判断は正しいという他ない。
「ブンちゃん、ご主人様達の前ではそんな態度取っちゃだめだぴょん♪」
「理解だぴょん♪」
文句を言いつつブン太は楽しそうだ。
男というのはどうも女装を一度やるとハマる奴が多いと聞く。ブン太もそのクチなのかもしれない。
「ご主人様二名ご帰宅みゅーん!」
「お帰りなさいませご主人様ぁ〜♪」
ドアベルが鳴って入ってきたのは、いかにもなケミカルウォッシュの男と長身でシンプルな服装の男だった。
二人ともやけに堂々としているところを見るとメイドカフェ慣れしているのかもしれない。
うちの店の誰かが気に入られれば常連必須だ。
ブン太が早速メニューを持って二人の席に近付いた。
「お帰りなさいませご主人様ぁ☆こちらメニューでぇす。今日はどちらにお出かけだったんですかにゃ?」
「なに…いつも通り秋葉原という名の庭の散策をな」
「秋葉原はぜんぶご主人様の庭だったですかぁ☆びっくりにゃんっ☆」
ブン太の人の変わりっぷりに驚く。
まぁ声は低いがこれなら顔を見てる分には女の子に見えるだろう。
「…ねぇ蓮二殿、この店は男をメイドとして雇ってるの?誰得?」
「違うぞ幸村氏、これは男の娘というれっきとした需要あるジャンルだろう」
二人組の言葉にブン太の背中が凍り付いたのが見えた。
まさか気付くとは。言われなければ分からないだろうと思ったのに。
「三次元の男の娘に需要あんの?」
「現に可愛いし、あるだろう」
シンプルな方の男がブン太の手にそっと触れた。
さりげない仕草で指を滑らせている。キッチンからも丸見えだ。
店長に見付かったら出禁になるぞ…!
「…っ、触んな!男の手なんか触っても楽しくねーだろぃ!」
艶かしく触られて拒絶反応を起こしたらしいブン太が思いきりその手を払い落とす。
「………男の手だから触ってるんだ」
後日二次元オタ・幸村氏とショタ萌え・蓮二殿はこの店の常連になったが、ブン太が彼らの席にご奉仕に行くことは二度となかった。