俺が「辞めたい」と思う瞬間






俺、真田弦一郎の朝は熱いブラックコーヒーから始まる。

ブラインドの隙間から朝日の射し込むオフィスで、これから酷使する目を今のうちに休めておくのだ。
まだ誰もいないオフィス内は静けさに満ちている。
この静寂こそ俺がこの職場で最も愛するもののひとつだ。

仕事はとてもやりがいがあり、充実している。
同期入社の蓮二より気付けば立場が低くなってはいるが、元より肩書きなどこだわらない。
それどころか非常に優秀なSEである蓮二の下で働けるのは幸福だ。



「………その時、背後には仮面の男が居た―――」



…静寂を破った男の正体は、振り返らずとも分かる。

「…赤也。まずは挨拶をせんか」
「スイマセン、真田副部長。おはようッス」
「おはようございます、だ」

今日も赤也は黒い。全身黒づくめの服装は赤也のポリシーらしい。
だがこの至るところにベルトやファスナーのついた、季節感のない長袖姿は勘弁して欲しい。

「…赤也、せめて夏場は半袖にしてくれんか」

いくらこの職場が服装自由とは言え、見ているだけで暑苦しいことこの上ない。

「俺、生まれつき太陽の光に弱いんスよ…ほら見てこの透き通る肌。闇に産まれ闇に生きる眷族なんス…」
「…わけの分からないことを…」

…この職場の数少ない問題のひとつが、この赤也だ。
こうして適当なことを言っては俺を困らせる、手のかかる部下。
勿論可愛いと思えないこともないが、如何せん誠実さに欠ける。
蓮二はそういうところを含めて赤也をプライベートでも可愛がっているそうだが、少し理解し難い。



「おはよう。弦一郎、あやや」
「あっ、閣下ー!おはようございます!」

赤也も可愛がってくれる蓮二にはよくなついている。
あっさり俺から離れて蓮二の腰に抱き付いた。

「あやや、今日もカッコイイな」
「マジすか!やった♪真田副部長は半袖着ろって言うんスよ〜」
「半袖なんか着たらあややの肌が焼けてしまうだろう。絶対に駄目だ」

この二人が話し始めると俺は入る余地がない。
何故かというと…

「それにしても今日は早いんだな」
「今日サンホラの新譜発売ッスよ!出社前にタワレコ寄ってきたッス!」
「ほぅ」
「勿論閣下にもコピーしますからね!」

違法コピーは犯罪です。

「あー、俺もジマングになりてぇ」
「何にでもなれるさ、あややなら」
「ジマングほど俺魔力高くないと思うんスよね!」
「そうだな。だがまだまだこれからだ」

俺は仕事を始めるべくPCを立ち上げた。
さて、まずはメールチェックをして返信をして、その後は昨日途中で終わったシステムのプログラムの詳細を一氏に送って…

「閣下は確実に魔法使えますよ!」
「知らなかったのか?某はこう見えて闇魔法の使い手だ」
「っかあっけ〜!かっけー!マジ閣下崇拝!」



楽しそうに会話を続ける二人を横目にメールを開くと、ウイルスだった。



…こういう瞬間、本気で辞めたくなる。



 




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