ここに建てた病院が逃げた






楽園か?ここは。

楽園だ!ここは!



執事喫茶「氷の薔薇」OPEN初日。
19時に10分16秒遅れていけふくろう前にやってきた仁王を半ば引きずって、某は件の店に足を踏み入れた。
仁王はよほど外を歩くのが辛いのか、口数が少ない。



店内はメイドカフェよりもずっと高級感があった。
まぁ元来女性客をニーズに展開しているのだから、それは当然だろう。
女性は男よりもずっと「雰囲気」を大事にする。

席に案内してくれたのは恐らくサイトで見た長太郎だろうか。
思っていたより背が高い。これは女性に大人気確実に違いない。

「こちら、メニューになります。こちらのメニューはOPEN記念でサービス価格になっておりますのでよろしかったらどうぞ」

丁寧な仕草でメニューを差し出した長太郎は、柔らかな笑顔を某達に向けて静かに席を離れた。

店内を見渡すと、OPEN初日の夜にも関わらず賑わっている。
優雅なクラシックの流れる空間は大半が女性客だ。

隅のボックス席だったことと長太郎が去ったこと、屋内に入って安心したのか、仁王が溜め息をついた。

「…なんや落ち着かんのぅ…」
「そうか?なかなかいいじゃないか。品がいいし」
「気取っとっていけ好かん」

某は再び店内を見渡す。
いたるところで客に笑顔を向けるスタッフ達。
その中に亮と岳人を見つけて某は目を止めた。

「…見ろ、仁王」

小言で促すと、仁王はめんどくさそうに某の指した方向に顔を向ける。

「……………」
「半ズボンだ」
「………ウン」
「見ろ、岳人のあのふくらはぎを。男とは思えない華奢な脚だ。何て柔らかそうなんだろう」
「………ウン」
「亮はサイトの写真で見るよりずっといいな。太ももの引き締まり方が素晴らしい」
「………蓮二殿は脚フェチなん?」

いや、俺は脚フェチではない。
大事なのはトータルバランスだ。
無論脚が綺麗に越したことはないが。



「ご注文はお決まりでしょうか、旦那様」

注文を取りに来たのは侑士だった。
写真で見るよりずっといい。
この店内の内装にピッタリ合った落ち着きぶり。

「このサービスメニューと赤ワインを。仁王はどうする」
「……………コーラ」
「かしこまりました」

完全に人見知りモードな仁王は固くなって俯いている。
声は静かなクラシックに掻き消されそうなほど小さい。

「君は確か侑士といったかな」
「早速覚えてくれはったんですか。嬉しいわぁ、おおきに」

侑士は笑った。低音の関西弁が耳に心地好い。

「なかなかいい店だ」
「そらおおきに。これからもあんじょうよろしゅう頼んますわ」
「この店はイベントや撮影会はやらないのか?」
「おいおいやってく予定やけど、店長が気まぐれやさかい詳細はまだ分からんねん…堪忍な」

店長といえば確かあの飛び抜けた美形…景吾か。
撮影会は是非ともやって欲しい。
あのサイトの写真じゃこの店のスタッフの魅力を一割も表現出来ていない。
某が撮れば絶対にもっと素晴らしい写真が撮れるのに。

「なぁ、仁王。そう思わないか」
「…なんでもいい」

侑士がいなくなった後仁王に某の考えを提案すると、にべもない態度で返された。
よほど居心地が悪いようだ。
だがロクに話を聞いてもらえないのは幸村氏で慣れている。
某は構わず話を続けた。

「ああ仁王、あそこにいるのが店長の景吾だな」
「…ほー…目立つのう。イケメン様じゃ」
「飛び抜けているな。スタイルもいい。『裸執事』を歌いたくなるな」
「………絶対やめてくれ」

さすが仁王、興味はなくともゲームネタは押さえているか。
脱げ!脱げ!脱げ脱げ〜♪
某は脳内だけで歌った。景吾の背中を見ながら。



「お待たせいたしました」

料理を運んできたのは、茶色いまっすぐな髪に切れ長の目…若だ。
彼もまた生で見た方がずっといい。細い。
制服に隠されたその腰は分厚いジャケットの上から見ても細い。

「…掴むなよ」

よほど腰に掴みかかりそうな顔でもしていたのだろうか。仁王に釘を刺された。

「は?」
「いや、こちらの話だ。ありがとう」
「…いえ。ごゆっくりお寛ぎ下さい」

若は訝しげな顔で丁寧にお辞儀をして踵を返す。
クールそうなところがまた堪らない。

「………ショタじゃなかけど、ええの」
「あれは天使だからいいんだ」

仁王は呆れたように眉を少し上げてストローでコーラを啜った。



「…仁王、素晴らしい執事喫茶を教えてくれてありがとう」
「…ドウイタシマシテ」
「また来ような」
「嫌じゃ!!!!!」

仁王の今日一番の大声が店内に響いた。



この地上の楽園の良さが分からないなんて可哀想なひきこもりだ。
そう思って哀れんだ目で彼を見つめると、某以上に哀れみの目で某を見つめる仁王がいた。



 




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