北棟・合わせ鏡にて






…よく考えたら、七不思議じゃないか。



「…何を今更」

俺は唐突に気がついた。
この学校に住まう主な霊達は、学校の怪談の定番・七不思議だということに。

「気が付いてなかったのか?」
「聡い幸村にしては遅かったな」

中庭で蓮二と真田とお昼ご飯を食べながら(勿論食べてるのは俺だけだが)俺は続ける。

「今まで六人の霊に会ってるんだよ、俺」
「話を聞く限りそのようだな」
「…七人目は?」

転校してきて2ヶ月近く経ったのに、未だに七人目には会えていない。噂さえ聞かない。
まさか七つ目の不思議は「七不思議なのに六つしかない」とかなんじゃないだろうな。

「尻すぼみ感が半端ないんだよ!」

語気荒くそう言う俺に、蓮二と真田は困ったように顔を見合わせた。

「…そうは言ってもだな…」
「いくらお前でも七人目には恐らく会えない」

何故?そんなに恐ろしい霊なのか?
(この学校で恐ろしい霊なんて見たことはないけど)

俺のそんな思いが顔に出ていたのか、蓮二が溜め息をついた。

「いや…時間が、な…」
「ああ…時間が、な…」
「は?時間?決まった時間にしか出てこないの?何時間目?ちょっとくらいなら俺サボるし」

ここまで会ったんだから全員会いたい。
俺は言い淀む二人に身を乗り出して訴えた。

「………午前0時だ」

やっと言った蓮二に首を傾げる。
午前0時。夜中の12時。
別に会えない時間ではないだろう。学校に忍び込めばいいだけの話だ。
この学校は真面目な奴しかいないから、むしろ忍び込みやすいんじゃないか?
ヤンキーがたむろしているわけでもなし。

「忘れたのか、幸村」
「この学校はセキュリティが万全だ」
「忍び込むにしてもIDカードが必要だし、データも記録される」
「不用意に忍び込んだら退学ものだぞ。そこまで危険を侵す必要はないだろう」

…完全に忘れていた。
だってIDカードなんて使うほど遅刻したことも居残りしたこともなかったし。
だからと言ってIDカード無しで侵入したら一瞬で通報だ。

「昔はここまで厳しくはなかったんだがな…」
「防犯のためにあの子は人と接する機会を失っている。可哀想な子だ」

物騒な世の中だからなぁ、と二人は感慨深げだ。
霊が世の中を憂えるなんておかしな光景だ。

「本当に恐ろしいのは霊なんかではなく生きた人間なのかもしれない…」
「いやいや何問題提起っぽく締めようとしてんの」

…退学は嫌だが通報も嫌だ。
何とかして潜り込む方法はないだろうか…

「…蓮二、幸村は何を意地になっているのだ」
「七不思議の最後の一人だけ知らないという状態が余程気に入らないんだろう」

考え込む俺の正面で蓮二と真田がコソコソ話しているが、全部聞こえている。

「それもあるけど、誰も知らない霊を俺だけが知ってるって気分がいいだろ」
「……………」
「……………」

蓮二の憶測に俺の本音を追加すると、二人は呆れた顔をした。






結局俺が選んだ方法は『侵入はしない』というものだった。

「というわけだから、ちょっと隠れさせてよね」
「0時になるまでここにいる気かよ!?」

放課後、俺は理科準備室いた。
理科室までなら見回りもあるだろうが、理科準備室は鍵があるから問題ないはずだ。格好の隠れ場所。
そして鍵の管理は理科準備室の主であるジャッカルだ。

「見回りの先生が来たらうまく言っといてよ」
「成る程、考えたのぅ」

標本の並ぶ棚の影にしゃがみこんだら、正面に仁王がいた。

「あ、仁王。いたの」
「一度も敷地内から出なければIDカードも必要ないし警報も鳴らんからの」

仁王は感心したように頷いている。

「何、仁王も行くの?」
「おぅ、俺も最近奴に会ってないからの」
「俺は行かねーからなっ!」

そう言いつつ隠れさせてくれるジャッカルは本当に優しい。

「あ、あとコレ、ブン太から」

ジャッカルから手渡された袋には、弁当箱が入っていた。
中身はサンドイッチのようだ。

「0時まで待ってたら腹減るだろうからってさ」
「ブン太…」

本当に親戚のおばちゃんみたいだ…

少し感激したが、弁当箱の下に「弁当、時間外手当、伍千円也」と書かれた紙を見つけて感激どっかいった。






何時間経っただろうか。

さっき柳生のピアノの音が止んだから、恐らく21時は過ぎたのだろう。この部屋に時計はない。
いつの間にかどこかへ消えていた仁王が、これまたいつの間にか戻ってきていた。

「見回りはもうおらんようじゃ」
「おい、もう大丈夫だと思うぜ」

ジャッカルが外から鍵を開けてくれる。
理科室の中にはもう蓮二と真田も来ていた。

「随分暗いぞ。大丈夫か?」
「明かりを用意しようか」

真田がアルコールランプにマッチを擦ろうとしていたが、止めた。
アルコールランプなんか持ち歩いて転びでもしたらそっちの方が危ない。

「俺夜目きくから平気」

実際そんなに暗く感じない。
ちゃんと周りの景色も見えている。

ジャッカルに見送られて、俺と蓮二、真田、仁王は理科室を出た。



「で、七人目はどこにいるの?」
「北棟じゃ」

あんまり行ったことないなぁ。
あっちの校舎にはあまり使われている教室がない。

「七人目は合わせ鏡の悪魔だ」
「へー、あく…あくまぁ?」

思わず胡散臭げな声が出てしまう。

「悪魔って本当にいるの?」
「…何を今更」

確かに散々動く鎧兜やら銅像やら人体模型やら霊やらを見てきて、悪魔を信じないというのも変な話だ。
でも何となく、悪魔というチープな響きに違和感を感じてしまう。



「あそこの鏡だ」

真田が指差す先には、広間に向かい合った大きな鏡。
薄暗さも相まって雰囲気だけはバッチリだ。

「…悪魔って、危ない?」
「安全な生き物でないことは確かだ」

蓮二にそう言われると少し不安になる。

「ま、鏡の前に立ってみんしゃい」

仁王に促されて鏡の前に立つ。
そこには俺と、真っ黒な闇しか映っていない。



何も言わず鏡を見つめ続けると、違和感を感じた。

最初に気付いたのは、肩だった。
鏡に映る右肩に、白い指先がのっている。触れられている感覚はない。
指はじわじわと進み、今では俺の肩をがっしり掴んでいる。
鏡の中の俺の首の後ろで黒い髪の毛が揺れた。
闇より黒い髪の下から、真っ赤な光が―――



…そこで俺は、限界を感じた。



「………っおそい!!!」

俺は叫んだ。
後ろの方で様子を窺っていた真田が驚いたのか、がちゃっと鎧の音がする。

「何ちんたらしてるんだ!出るならさっさと出てこい!俺は俺を待たせる奴が大嫌いだ!」

一気に捲し立てると、蓮二の笑い声が響いた。

「柳さん!?」

鏡の中にぴょこんと少年が現れる。癖の強い髪。
コイツがさっき鏡の中の俺の背後に潜んでいた奴だろう。

「ちょっ、柳さん!何なんスかコイツ!全然ビビんねーんだけど!俺何か変でした!?」
「いやぁ、なかなかいい登場だったぜよ〜。俺なんか鳥肌立ったわ〜」

いつの間にか俺の横に来ていた仁王が笑いながら悪魔に挨拶をしている。
蓮二と真田も鏡の前まで移動してきた。

「…っ、久しぶりに人間が来たと思ったのに…っ、全然ビビってもらえねーし…俺なんか悪魔失格だぁっ!」

悪魔は鏡の向こうで真っ赤な目を潤ませて蹲る。…何だ、随分可愛いじゃないか。

「悪魔と言ってもまだ子供なんだな」
「何だと!悪魔の恐ろしさ思い知らせてやろうか!」

そして威勢がいい。涙目じゃ威嚇にもなっていないけど。

「やめろ赤也。幸村は俺達の友人だ」
「柳さん…」

何故か蓮二の言うことは聞くらしい悪魔はすぐに大人しくなった。
しゃがみこんでしょんぼりと肩を落としている。頭を撫でてやりたいが、鏡の向こうだ。

「…あーあ…やっぱ俺悪魔向いてないのかなぁ…転職してーよー…こんなセキュリティバリバリの学校で午前0時にしか出れない悪魔なんか意味ねーよ…トイレの花子さんになりたい」

悪魔はぐちぐちと文句を言い続ける。
それを聞きながら俺は蓮二が水筒に入れて持ってきていたお茶を飲んだ(蓮二達は勿論飲めないから、形だけ)

「悪魔って転職出来んの?」
「無理じゃろ」
「前例がないわけではないが、簡単ではないだろうな」

尚も膝を抱えて半泣きの悪魔に、俺はふと思ったことを口に出した。



「鏡から出ればいいじゃん」



「「「「…は?」」」」

俺以外の4人の声がハモった。

「…え?鏡から………なに?」
「いやだから…え?出れないの?その鏡」
「や…だって俺…合わせ鏡の悪魔だし…」
「え?出ようとしたことないの?」

微妙に噛み合わない会話。

「幸村、鏡に触ってみれば分かるがこの鏡はこちらとは繋がっていない」
「いや、だから、こっちからじゃなくて向こうから。出れないの?」
「……………え…?」

珍しく蓮二が戸惑った声を上げた。

え…まさかこいつら…

「…本当に向こうから出ようとしたことないの…?」
「…む、向こう、から…?」

場に降りる沈黙。
破ったのは件の悪魔だった。

「ば、馬鹿じゃねえの!?出れるわけねーだろ!」
「出ようとしたことないんでしょ?やってみればいいじゃん」
「そう簡単にいきゃ誰も苦労しねーよ!」
「だからやってみなって」
「だーかーらー!わかんねぇ奴だなアンタも!俺はここから出られっ…、…?」

勢い込んで身を乗り出した悪魔の手が、まるで水を潜るようにこちらに出た。

「…出られ、そうじゃのぅ…」

仁王が目を丸くしている。
俺は鏡から突き出ている右手を引っ張った。

「っうわ!」

存外にあっさりと、その体は鏡を抜けた。
鏡には水のように波紋が大きく広がっている。

「……………」

全員が無言で鏡を見つめた。



「…ね、出られたでしょ」



俺の言葉に、全員が頷いた。






一度抜けてしまった鏡には、もう戻れなかった。
そして悪魔…赤也は、0時だけの悪魔ではなくなった。

「南棟のトイレに住むことにしたらしいな」

南棟といえば人通りはなかなかに多い。
蓮二も、他の霊達も、少し嬉しそうだ。

「念願の花子さんになれたわけだ」



そして七つ目の七不思議は、校内でその名を知らしめることとなる。



 


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