家庭科室にて






今日の4時間目の体育はやたらハードだった。
時間も時間だから腹ペコだ。
制服に着替えてる時から既に心は鞄の中の弁当への思い一色だった。

なのに…

「…あーーーっ!!!!!」
「な、何だよ幸村」

教室に戻り嬉々として鞄を開けた俺は一気に絶望へと突き落とされた。

「弁当忘れた…!」

顔を青くした俺に向かってクラスメイト達は笑う。
畜生、他人事だと思いやがって…
仕方ない、少し物足りないかもしれないけど今日は購買のパンで我慢するか。

「……………」

財布の中には50円玉が一枚と10円玉、1円玉が数枚。

「…ここの購買、カード使える?」
「無理に決まってんだろ」
「…金はあるのに使えねーって…おかしな話だな…」
「ワンピ乙」

本当にどうしよう。昼飯抜きじゃ午後の授業は生き抜けない。
俺の動揺が分からないはずないのに、クラスメイトは各々弁当を広げて食べ始めている。
薄情者め!全員の弁当を奪ってやろうか。

「家庭科室行けばいいだろ」
「は?何で?」
「何か食い物あるだろ」

食材があっても俺は料理なんか出来ない。
だが少しくらいはそのまま食べれるものもあるかもしれない。
運が良ければ4時間目に調理実習があったクラスもあるかも…

そう思い、俺は家庭科室に向かった。



「お、幸村。どこ行くん?」
「家庭科室」
「階段増やしてええ?」
「やってみろ、貴様の魂を80の塊に引き裂いて犬に喰わしてくれるわ」
「ホンマにやりかねんのぅ…」

疲れと空腹で足を引き摺りながら歩いていたら、途中で仁王に会った。
だが鬼気迫る俺の態度にすぐに消えた。



こんなに家庭科室までの道のりが遠く感じたのは初めてだ。
でも家庭科室が近付くにつれ漂ってきた美味しそうな匂いに、俺の足は早まる。
やった、運が良かったらしい。調理実習があったようだ。
食べるものが余ってることを祈りつつ、俺は家庭科室の扉を開けた。



「………なにこれ?」



扉を開けた先は、無人。

テーブルの上に湯気を立てる数々の料理が並んでいる。
調理実習だったのなら、これはおかしい。
手の付けられていない料理を残して生徒達はどこに消えたんだ?

「お?初顔じゃん。お前名前は?」

今まで誰もいなかったはずの料理の並んだテーブルの前に、赤毛の少年が座っている。

ああ、ここもか…
いい加減俺も慣れた。突然の登場に驚いたりしない。
初顔じゃん、はこっちの台詞だ。

口を開こうとしたのに、言葉より先に腹の虫が鳴いた。

その音を聞いて、赤毛の霊は明るく笑って手を招いた。






「ふーん、じゃあ幸村君て転校生なんだ」
「うん。この魚美味しいね」
「まだあるぜ。はい。この学校にはもう慣れた?」
「うん。味噌汁まだある?」

赤毛の霊は丸井ブン太と名乗った。
腹を空かせた俺に気前よく昼飯をご馳走してくれている。相当な腕前だ。
ブン太はおかわりを注いだ味噌汁の碗を俺に渡しながら笑った。

「幸村君、食いっぷりいいなぁ」
「まぁね。痩せの大食いだから」
「小食よりよっぽどいいだろぃ」

ある程度腹に入れて落ち着いた俺は、ブン太に色々聞いてみることにした。
だって、家庭科室で料理を作る霊なんておかしい。どう考えても。

「何で家庭科室にいるの?」
「飯食うのが好きだから」
「食えるの?」
「食えねーけど、作って匂い嗅ぐだけでも食った気になるじゃん」

霊というのはそういうものなんだろうか。

「今ではさぁ、運動部の奴らも食いに来たりするんだぜ」
「だろうね。凄く美味しいよ」

そう言うとブン太は嬉しそうに目を細めた。

「デザートも食う?」
「さすがにお腹いっぱいだから遠慮しとくよ」
「若いモンが何言ってんだよ。俺のケーキはいくら腹いっぱいでも食えるっつーの」

親戚のおばちゃんみたいなことを言いながら、ブン太はチョコレートケーキを切り分ける。
包丁はどうやら備え付けのものらしいが、何故持てているんだろう。
確か仁王はこの世の物には触れなかったはずだ。

「特訓すりゃ多少のことはどうにかなるんだよ」
「ゴーストって映画でも確か特訓してたね」
「柳生だってピアノは弾けるだろ。それと同じ」

成る程…そういえばそうだ。
差し出されたチョコレートケーキはこれまで食べたどんなケーキより美味しかった。

「もう他のケーキ食べれなくなりそう」
「いつでも食いに来いよ」

幸村君みたいに食いっぷりがいい奴は大歓迎だ、とブン太は笑った。






昼休みいっぱい家庭科室でブン太と喋って、教室に戻る俺の足取りは軽かった。

「お、幸村。家庭科室はどうじゃった」
「…仁王、俺は今なら階段を1000段増やされても、君を許そう」

体力の有り余った俺は仁王にこれ以上ない程の笑顔を見せ気味悪がられた。



あんなご飯が食べられるなら、もう弁当持って来なくてもいいかも!
あ、これ名案じゃん!食費浮くし美味いし一石二鳥!

教室に戻った俺は机の上に置かれた「御食事代壱万円也」と書かれた請求書を見て真田に八つ当たりを決意することになるんだけど、それはまた別の話。



 


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