西棟・階段にて






「……………」

俺は階段を昇る。

「……………」

昇る。

「……………」

…昇る。



「……………長い!!!!!」

自分のクラスに行くための、西棟一階から二階にかけての階段。
いつもはせいぜい10段そこらの階段が、今日は異常に長い。
昇っても昇っても終わりが見えない。エスカレーターを逆走してる気分だ。

この学校に転校して一週間。

聞いた話、そしてこの目で見た現象によって、この学校が普通じゃないことは知っていた。
だが階段の段が異常に増えるとは聞いていない。
一段や二段の話じゃない。
数えてはいないがもう100段近くは昇っているんじゃないだろうか。
遅刻だ、確実に。一時間目には間に合わない。
いくら怪現象に理解ある学校であろうと遅刻は免除にはならないだろう。

「ふざけるな…」

疲労で怒りが沸いてきた。
階段の段を増やしたところで一体何になるっていうんだ。



その時、小さな風が吹いた。
いやに冷たい空気が首筋を撫でる…と同時に、耳元でくすくす、と押し殺した笑い声のようなものが聞こえた。
俺は咄嗟に振り返った。

もう下の階が見えないほどに伸びた階段の、俺の数段下。

白っぽい髪の毛がさらりと揺れて、消えた。

長い髪の後ろ姿しか見えなかったが、体格や服装からして男だろう。

「…覚えておけよ」

正面に向き直ると、さっきまで終わりの見えなかった階段が、あと二段で終わりだった。
もう一度振り返ると、いつも通り。

階下まで見通せる光景。

…1、2、3…13段だ。






「…それで?」
「授業には遅刻したよ」

放課後、図書館で柳君と話すのが俺の日課になっていた。
柳君は博識で、話していて退屈しない。
今日はその柳君の隣には、校長室に飾られていた鎧兜も座っている。

「うむ、それは仁王だな」
「そうだな、この学校で階段を増やせるのは仁王しかいない」
「ていうかお前何で普通にいるの」

校長や剣道部員の話から、あの鎧兜も動くだろうことは予想していたものの、実際動いて喋っているのを目の当たりにしたのは初めてだった。
自己紹介も無しに会話に入り込んできた鎧兜に俺は不快感を顕にする。

「む…すまない。今日は蓮二と将棋を打ちにきたのだ」
「蓮二?」
「俺の名前だ」

柳君にもファーストネームがあったのか。いい名前だ。

「俺も蓮二って呼ぼうかな」
「構わない」
「…で、そっちは?」

顎で鎧兜を指せば、鎧兜は少し不愉快そうな顔をして、でもすぐに口を開いた。

「俺は真田弦一郎。生前は武士だった。訳あってこの鎧兜を借りている」

要するに鎧兜に取り憑いた霊ということらしい。
真っ黒な目が兜の下から鋭く俺を見つめている。暑苦しい。

「…仁王はまず生徒の前には現れないぞ」

真田の名前を知ったところで特に言うこともなかったので黙り込んだ俺に、蓮二がさらっと話題を戻す。

「え、何で?俺一言文句言わなきゃ気が済まないんだけど!」

明らかに俺は悪くないのに遅刻させられたこの恨み晴らさでおくべきか。

「それだ」
「?」
「同じ理由で他の生徒にも恨まれている。だから出ない」

成る程、理にかなっている。
だがだからといって俺の怒りは治まらない。
このやり場のない気持ちを何とかして仁王にぶつけたい。 
 
「くっそ〜…何とか出て来ないかな、あの銀髪…」

舌打ちした俺の言葉を聞いて、蓮二と真田は顔を見合わせた。

「待て、幸村」
「…お前、仁王を見たのか?」
「一瞬だけど」

銀髪の後ろ姿。目の前から一瞬で消えたことで彼が例の「仁王」だと思っていたが違ったんだろうか。

「…今も言ったが、仁王は生徒の前には現れない」
「ましてや階段を増やした相手には殊更巧妙に姿を隠すはずだ」
「銀髪?」
「ああ、銀髪だ」
「俺が転校生だから気ィ抜いたんじゃないの?」
「それはないだろう。あいつのそういう点での慎重さ、油断の無さは俺も評価している」
「いや真田の評価は知らないけど」

ともかく一瞬とはいえ見たものは見たのだから仕方ない。
二人はまだ不思議そうに首を傾げている。余程珍しいことなのか。

「ねぇ、どうしたら仁王に会えるかな」
「難しいだろうな」

でも蓮二や真田は霊仲間なんだから、どうにかして探し出すくらい出来るんじゃないか?
俺がそう言うと、蓮二は首を横に振った。

「あれはああ見えてかなり年季の入った霊なんだ。本気で隠れられたら俺達でさえ探すのは難しい」
「年季が入ると隠れるのがうまくなるの?」
「それもあるが、まぁあいつの場合は元来掴みどころのない性格だとも言える」

年季の入った霊というのがどういうものなのか、俺は知らない。
だが、それが霊になってからの年月という意味なら、あのやけに今風な外見は何なんだろう。
霊というのは死んだ時の姿で現れるんじゃないのか?

「仁王って外国人なの?」
「俺はフランス人とのハーフだと聞いたが」
「え?俺は先祖が犬神憑きでその呪いが仁王の代に降りかかったと聞いたぞ」
「……………」

…大体分かった。

「掴みどころのない性格」というのは随分優しい言葉だ。
立派な虚言癖じゃないか。
犬神憑き云々を信じた真田も真田だけど。

「…だがもしかしたら、幸村なら見付けられるかもしれないな」
「うむ、俺もそんな気がする」

銅像と鎧兜は揃って何かに納得している。俺は置いてきぼりだ。

「もう一度階段に行ってみるといい」






蓮二にそう言われた俺は、再び朝と同じ西棟一階の階段の前に立った。
夕日が階段を赤く染めている。
何段あるのか知らないが、長い、長い、長い階段。終わりは見えない。

仁王はいない。
いるのかもしれないが、俺には見えない。

「何段増やそうと構わないけど、俺が使う時はやるなよ。次やったらその後ろ毛引っこ抜くぞ」

階段が増えているということは、どこか近い場所にはいるのだろう。
とりあえず発した俺の言葉が階段に吸い込まれていく。



ぱち、と瞬きをした瞬間、階段の終わりが見えた。

…1、2、3…13段だ。



13段目に立っていたのは銀髪の少年。
でも今は夕日を透かして真っ赤に見える。
逆光で見えないが、その顔は笑っているようだった。



 


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