図書館にて






立海に転校して3日が経った。

まだ見取図は手離せないし、授業の進みは早いけど、まぁまぁうまくやっている。
何しろ俺は第一印象が最強なので、不快に思われることはまずない。
美しさ故に(悪い意味で)目を付けられるかと心配していたが、そこはさすが名門校、みんな素行が良いようだ。
いい子ばかりでつまらない。でもまぁ、余計なトラブルはない方がいい。



昼休み、俺は一人中庭に来ていた。
ここは校内でも最も緑の多い場所で俺のお気に入りだ。
珍しい木や草花も沢山ある。

気になるものがひとつ。

転校初日に校舎の窓から見た、何かの銅像の台座。
元々どんな像が載っていたのかは分からない。
恐らく像の名前が書かれていたのであろうプレートは、長い月日の中風化したのか読み取ることは難しい。

像だけが無くなるというのもおかしな話だし、こうして台座だけ残っているというのもおかしい。

だがわざわざ誰かに聞くというのも面倒だから、気にしない。






「あー!ヤベェ!今日返却期限日だった!」

午後の授業が終わり帰宅準備をする俺の隣で、一人の男子生徒が大声を上げた。

「それ、図書館の本?」
「うん…でも俺、今日部活の鍵当番で…部活終わってからじゃ図書館閉まってるしなぁ」

たかが学校の図書館。遅れたって延滞料金取られるわけでもないのに、真面目だ。
明日返せば、と言おうと思ったが、やめた。

「良かったら俺が返しておこうか」
「…え、いいの、幸村」
「うん。まだ図書館行ったことなかったから行ってみたいし」

彼は「じゃあ頼む!」と俺の手に本を渡して、慌ただしく教室を出ていった。
確か校長が、ここの図書館はなかなかの蔵書だって言ってたっけ。

『…大抵は図書館にいますからね』

…これは誰の話だったっけ?



何はともあれ、俺は図書館に向かった。
建物を外から見るだけでも随分立派だ。
これだけ大きければさぞかし充実しているだろう。ガーデニングの本なんかもあるかな。

まずカウンターでクラスメイトの本を返却して、俺は図書館の中を見て回ることにした。
天井近くまである大きな本棚にぎっしり並ぶ本の背を、見るともなしに見ながら歩く。
みんな部活中だからなのか、図書館の中は静かだ。誰もいない。

…コツ、

静寂の中、小さな音が聞こえた。
足音…?にしては随分硬質な音だ。
だがその音は規則正しく響いてくる。本棚の隙間を縫うように。

近い。

俺の目の前の本棚の向こうで、その音は止まった。
本と本の隙間から向こうが見えそうだ。
音を立てないように静かに本をずらす。向こうの本は既に何冊か抜かれているらしい。

一気に拓けた視界の向こうには、一対の不思議な目があった。

『柳君を探すといい』

ああそうだ。転校初日に校長が話していた。彼が…



「………柳君…?」



不思議な目は、少し笑ったように見えた。



「…まさか一目で俺が分かった上、こんなに驚かれないとは思わなかった。シチュエーション的になかなかホラーっぽかったと思うんだが」
「…いやまぁ、驚いてはいるけど」

俺と柳君は何故か図書館のテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

柳君は、明らかに人ではなかった。
どこかで見たことがある。小学校の校庭に彼によく似た銅像があった。

「二宮金次郎?」 
「そう思ってる生徒は多いが、正確ではない」

聞くところによると柳君は、二宮金次郎を模して造られた「勤勉な少年」の像だそうだ。
確かに言われてみれば、服装こそ似ているものの髪型なんかが微妙に違う。
正確な二宮金次郎を覚えてるわけじゃないけど。
滑らかに喋り、動いてはいるが、その肌の質感なんかは銅像だ。不思議な光沢がある。

「何で動くの?」
「さぁな。気付いたら動けるようになっていた」
「それって結構凄いこと?」
「この学校では珍しくもない」

明らかに人外の存在と向き合っているにも関わらず、俺は自分でも驚くほど普通に会話を続ける。

「…あ、中庭の台座、」
「夜はあそこに戻る」
「…普通夜に動くんじゃないの」
「あそこは日当たりが良すぎるし屋根もないから、雨の日や昼間はキツいんだ」

学校の怪談の風上にも置けない人間臭さに、俺はちょっと笑った。

「俺、校長の頭がおかしいのかと思ってたよ」
「今の校長はいい人間だな。俺達異形の者にも親切だ」
「良くない人間もいる?」
「当然だ。否定的な人間は頭が堅すぎて話にならない。まず見まいとするのだから」
「そういう人にはどうするの?」
「…どうもしない。どうにもならない」

どれだけ否定されても彼が動く銅像である事実は変わらない。

「人間になりたい?」
「特にそうは思わない。動けるようになってからは不自由はないから」
「…図書館に来れるとか?」
「そうだな。図書館が出来たから動けるようになったのかもしれない」

さすが「勤勉な少年」。そこまで本が好きか。

「君は確か3-Aの転校生、幸村精市だったな」
「何で知ってるの?」
「女生徒が騒いでいた。王子様みたいだと」

校長の言う通り柳君は物知りだ。
この図書館の中で柳君は生徒達から情報を仕入れているんだろうか。

「この学校の生徒には向上心があるのがいい」

そういえば宿題を教えてもらうとか言ってた生徒もいたっけ。
こうして普通に会話をしてる俺が言うのも何だが、そうも簡単に動く銅像を受け入れるここの生徒達は不思議だ。

「みんな柳君を怖がったりしないんだね」
「言っただろう、珍しくないんだ」
「他にも柳君みたいな存在がいるってこと?」
「いずれ会えるさ」

柳君は意味深に笑った。



「何か面白い本を知らないか」

すっかり話し込んで、もうすぐ下校時刻になろうという頃に、柳君はそう言った。
俺は元々美術書とかガーデニングの本とかしか読まない。
柳君は「それでも構わない」と言ったから、俺はお気に入りの画集を本棚から探し出して渡した。

「銅像の身は貸出カードを作る必要がないのがいい。何冊までという制限もないし」

俺が渡した本を手に満足そうに頷いて、柳君は図書館から出ていった。
コツ、コツ、と硬質で規則正しい足音を響かせて。






翌日、中庭に柳君がいた。

台座の上にきちんと立っている。
初めて見た、銅像の柳君。
声をかけてもつついてみても動かない。

俺は空を見上げた。
成る程、今日は曇り空で気温も過ごしやすい。
屋外で読書するにはうってつけだろう。

柳君の手の上で、俺が勧めた画集が開かれていた。



 


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