校長室にて






初めて立海を見た時の感想は「随分ハイテクな学校だなぁ」というものだった。

何しろこの学校ときたら、朝と放課後の通学時間内以外は生徒一人一人に持たされたIDカード無しには出入りが出来ないというのだ。
しかも生徒は全員一人一台PCを所有していると言うし。
さすが神奈川屈指の進学校、名門立海。貧乏人には通えない。
奨学金が出されるような生徒は一体どれほど頭がいいんだろう。
俺は親が金持ちという部類の人間なので、特に勉強が出来るわけではない。お金って何でも出来る。



数日前家に届いたばかりの制服に袖を通して校門を潜った俺は、その敷地の広さと綺麗さに驚いた。
伝統ある学校、ということで多少の古臭さは覚悟してたんだけど。
広く取られた中庭には沢山の緑が生い茂り、とても気分がいい。
よく手入れされたその緑を見ながら、園芸部に入るのもいいかな、なんて考えた。

制服と一緒に届いた校内見取図を見ながら、まず目指すのは校長室。
迷うのを計算に入れて行動していたから、約束の時間までにはまだ余裕がある。
この広さだ。しばらくはこの見取図と共に行動することになりそうだ。



校長室は校舎の奥の厳めしい扉の向こうだった。
ノックをすると音も無く扉は開いて、黒い背広を着て眼鏡をかけた男に部屋に通される。
「少々お待ちください」男はそう言うと更に奥の部屋へ入って行った。

無駄に広々とした部屋を見渡す。
壁に設えられたガラスケースには沢山のトロフィーや写真。壁には賞状なんかもある。
さすが「文武両道」がモットーの立海。あらゆる分野に名を馳せているようだ。

部屋の角には大きな鎧兜があった。
洋風な造りの部屋には似つかわしくない。戦国武将か何かだろうか?
余りに大きなそれは座った形なので分からないが俺より大きいんじゃないだろうか。
中に人でも入っていそうだ。

そんな自分の発想に少し笑って、俺はその鎧兜に近付いた。

ああいうのって中身どうなってるのか気になるよね。
重々しい装飾の兜を目深に被っているから、その顔は見えない。
俺は少し屈んで兜の下を覗き込んだ。



……………



「…よく出来た人形、だなぁ」

覗き込んだ先にあったものは、まるで人間と見紛うような精巧な作りの人形だった。
きりりとした眉の下の目はしっかり閉じられている。その目を縁取る睫毛さえリアルだ。
唇なんか、触れたら柔らかそうにさえ見える。

「蝋人形?…シリコンかなぁ」
「蝋でもシリコンでもありません」

突然聞こえた声に、目の前の彼が喋り出したのかと思った。
思わず後退りすると、背後から肩を叩かれる。
勢い良く振り返るとそこにいたのは初老の男性だった(たぶん、きっと、校長だ)
校長は穏やかな笑みを浮かべて困ったように鎧の肩を軽く叩いた。

「…やれやれ…またですか、真田君」
「…真田君…?」
「ああ、いえ。彼のことです。この鎧兜の」

…この人は鎧兜に名前を付けているのか?
初老のいかにも紳士然としたこの校長がやることにしては些か少女趣味だ。

「ほら、ここ。刀の位置が昨日と違うんですよ。また剣道場で居合い切りをしたんでしょうね」
「……………」
「壁に傷を付けていないといいんですけど。先日も剣道部員からクレームがありましてね」

……………

この人は何を言っているんだろう。帰りたい。
まるでこの鎧兜が生きた人間だとでもいうような物言いだ。

「ああすみません、転校生の幸村精市君でしたね」
「は、はい、」
「うむ、真面目そうな少年ですね。きっと君なら真田君にも気に入られるでしょう」

俺に向き直った校長は満足そうに笑った。
また「真田君」の名前を出された俺はどうリアクションしたものか悩む。
鎧兜に気に入られても困る。

「本は好きですか?」
「…はい、まぁ」
「うちの図書館の蔵書はなかなかのものですよ」
「そ、そうですか」
「分からないことがあれば柳君を探すといい。大抵は図書館にいますからね」

『探す』?

恐らく生徒であろう「柳君」に、その言い方は少し不自然な気がした。

「彼は物知りですよ。何せ学校が創立して以来いますから」
「……………」

俺は確信した。
この校長は頭がおかしい。
出会って数分でここまで露骨に怪しいとむしろ危機感を感じない。

「クラスは…3-Aですか。階段には気を付けなさい」
「は?…はぁ…」

よく分からないことを言いつつ、校長は俺を部屋から送り出す。

「慣れればいい学校ですよ」

扉の入口で俺にそう笑いかける校長の肩越しに見た鎧兜は、真っ黒な目を俺に向けていた。






校内の見取図を見ると、俺が編入するクラスは西棟の3階らしい。
おかしな校長だが、悪い人間ではなさそうだった。慣れればああいう変な言動も逆に面白いのかもしれない。
そう思いながら足を進める。

「くそっ!またかよ真田!何度目だよ!」
「壁にヒビ入ってたし…」
「あいつに真剣持たすのマジやめて欲しいよな〜」

すれ違い様に何人かの生徒のそんな会話が耳に入る。

俺は耳を疑った。

「真田」?
真田って、俺が知ってるあの「真田」?
「壁にヒビ」だの「真剣」だの、どうにも先程の校長の台詞と被る。

光さえ飲み込みそうな、あの真っ黒な目。

…あれ、あの鎧兜、最初は目閉じてなかったっけ?



「良かった…!今日の階段は13段だ…!」
「昨日は100段くらいあったもんなぁ…」

階段に差し掛かると聞こえてきた会話に、俺の思考は断ち切られた。

……………

この学校は生徒達までまともじゃない。
名門校に通う文武両道な子供は、まともな神経じゃやっていけないんだろうか。
それとも勉強のし過ぎで幻覚でも見てるのか。



「あれ、今日も柳いねーじゃん」
「図書館だろ。後で宿題教えてもらお」

窓の外を見てそんな会話をする生徒達の後ろからちらりと外を見てみれば、何かの銅像…の、恐らく台座だけがポツンと残されていた。



 


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