朝・自室にて






「幸村さん、朝だよ」
「………ん…」
「…ねぇ、起きてよ」
「ぅ…?」

聞き慣れない声に目を覚ますと、目の前にそれはそれは可愛らしい少年がいた。



………も、萌えゲー…?






「…やっと起きた。結構寝覚め悪いんだね」
「な…な、何で越前リョーマが…?」

ベッドの上に当然のように座り込む越前リョーマに、必死に昨夜の記憶を辿る。
当の越前リョーマは祖父の代から此処みたいな態度で小さくあくびしている。

う、嘘…!?俺、中学三年にしてやらかした…!?
酒なんか飲んでないし昨日彼に会った記憶さえない。
だけど俺が連れ込んだわけじゃないなら彼がここにいる理由がない。
これって俗に言う朝チュン…!?

「…何考えてんのか知らないけど、たぶん違うから」

一人青くなる俺に、呆れたように越前リョーマは言った。

「じゃ、じゃあ、なんで…?」
「話せば長くなるんだけど、一言で言うと俺、今日からしばらくこの家で世話になるから」



……………



……………はぁ!?






「ほら、俺座敷童子でしょ」

彼が言うには、日本の全ての座敷童子というのは『全国座敷童子連盟』というものに所属しているらしい。

「…絶望先生の小森ちゃんか!」
「…?いや、知らないけど」

で、それに属する座敷童子はみんな、月に一度は座敷童子としての仕事をしないといけないらしい。
座敷童子の仕事というのはつまり…

「取り憑いた家の人を幸せにするってこと」

悪い話ではない。

「でも一度取り憑いた座敷童子が家を出ていったらその家は滅びるんでしょ?」
「それどこの知識?そんなことないけど」
「絶望先生ではそう言ってたけど…」
「…さっきから何言ってんのか分かんないけど、座敷童子は元々一つの家だけに居続ける妖怪じゃないから」

ならば尚更悪い話じゃない。
でも中学生の俺がこんな小さな少年を部屋に飼うわけにはいかない。
親に知れたら何て言い訳すればいいんだ。

「俺は姿消せるから大丈夫」
「っていうか何で俺なわけ?何で俺んち知ってんの」
「乾先輩に聞いた」

…河童め!

「もう青学近辺の家は憑き尽くしたから、次はこの辺攻めていこうと思うんだよね」

何てことのない顔して、越前リョーマは窓際の鉢植えの葉をつついた。

「どれくらいいるわけ?」
「んー、大体一週間くらい。程よく幸運をもたらしたら出てくよ」

姿消し続けるのも楽じゃないし、ここならその必要ないからうってつけだと思って。

そう言って彼は小さく笑った。

……………

「まぁ…幸運があるなら、いい…のかな?」
「悪いようにはしないよ」

越前リョーマが差し出した右手を、ちょっと躊躇ってから取る。
小さな手は思いの外あたたかかった。






「…というわけなんだけど」

学校について今朝会ったことを話すと、真田は暑苦しい顔を更に上気させた。

「それは良いことだ!座敷童子に取り憑かれた家は栄えるというからな!」
「真田の生きてた時代にも座敷童子っていたの?」
「ああ、生きている時は知らなかったがな。残念ながら俺の家に居着いたことはないようだが」
「ああ、そりゃあね」

日夜奇声を上げながら剣の修行に励んでる家主の家なんて、越前リョーマじゃなくても嫌だろう。 
 
「どうせなら立海に居着いてもらえないものだろうか」
「学校には憑けないらしいよ」

学校に憑けるなら元々彼は青学を根城にしてるんだから、わざわざ月一で他人の家に行く必要ない。
しかし全国座敷童子連盟だか何だか知らんが、異形の世界というのは意外とシステマチックなことが多いな。
現世と何ら変わらない死神の役所を思い出しながら俺は溜め息をついた。

「まぁ、良かったではないか。これからきっと幸村にとっていいことが続くだろうが、慢心せずに日々の鍛錬に励めよ」

偉そうな真田の口調にムカついたから、殴った。






家に帰ると、当然だが部屋には越前リョーマがいた。

「おかえりー」

青学から持ってきたらしい携帯ゲームをベッドの上でゴロゴロしながらプレイしている。

「…ねぇ、今日一日別にいいことなかったんだけど」
「そりゃそうでしょ。俺は幸村さんを幸せにしにきたわけじゃないし、学校は範囲外」

携帯ゲームの電源を落として、越前リョーマは起き上がった。
彼が指をさした方向に目を向ければ、そこには彼が朝つついていた窓際の鉢植え。

「………あ、」

朝は蕾さえなかった鉢植えに、花が咲いていた。

「………こ、効果ちいせぇーーー!」

いや、嬉しいよ!?毎日毎日丁寧に手入れしてたのになかなか蕾がつかなかった花が咲いたのは嬉しいよ!?
でも違うでしょ!座敷童子って何かもっとこう…とにかく違うでしょ!

「…ま、これはほんの小手調べだから」

越前リョーマはそう言うが、何だか俺の期待値は一気に下がった。
所詮子供の考える幸せなんてこんなもんか…

「俺は幸村さんじゃなくて幸村家に幸せを運ぶのが仕事だから、幸村さんに直結することばかりとは限らないよ」
「ええ〜…?よく分かんなくなってきた…」
「ところでそれ、何ていう花?」

越前リョーマにつられるように窓際の花に目を向ける。
…あれ?この鉢植えって確か白い花が咲くはずだったけど…

鉢植えを美しく彩る花は、白じゃない。

「………何で青なんだろ?」
「さぁ…俺花って詳しくないから。花屋にでも聞いてみたら?」
「そうだね、持って行ってみる」

興味のなさそうな越前リョーマを部屋に残して、俺はよく行く花屋に鉢植えを持って向かった。






…その後のことは、あまりに怒涛過ぎて語るには難しい。

例の鉢植えに咲いた花は植物の権威達が何十年も人工的に作り出すために研究に研究を重ねてきたものだった。
一体何がどうなってそうなったのか分からないが、一介の中学生である俺が何故かその花を咲かせることに世界で初めて成功してしまったらしい。
買った時はありふれた鉢植えだったはずなのに。

花屋のおっちゃんは俺の鉢植えを見るやいなや目を丸くして、俺に某大学を紹介した。
大学ではたくさんの大人達があれこれと俺を質問攻めにして、その花は結構な金額で大学に引き取られた。
更に世界で初めて花を咲かせることに成功したことで、花には俺の名前がついた。
何か新聞にも顔写真と名前が載っちゃったし、何度かテレビの取材も受けた。

…まぁ簡単に言うと、こういうことだ。






「…花言葉、つけていいよって言われた」

その騒動がある程度落ち着いた頃、越前リョーマがうちに来てちょうど一週間。

俺が鉢植えのことでバタバタしている間、父さんの会社の株が上がったり母さんが宝くじ当てたり家の庭から砂金が出たり、色々あった。
これらの全てはこの小さな少年の力なんだろう。

越前リョーマは興味なさげに「ふーん」とだけ言った。

「…『幸運』にしようかと思うんだけど」
「ふーん。…ありきたりだけど、いいんじゃない」

俺の言葉を聞いた越前リョーマはどこか嬉しそうにそう言った。






そして座敷童子は俺の家から去った。



「…ずるいよなぁ…俺はいつも気を使って窓の外からこうして声かけてるのにさ…やっぱり顔か?ちょっと可愛い顔してたから部屋に入れたんだろ?所詮幸村さんも男だよなぁ…俺みたいな根暗な男よりああいう可愛い系が好みなわけ?あいつがいる間は何故か家に近付けなかったし…俺が来れない間二人で何してたんだ…?」



夜な夜な響くヤンデレの幽霊のぼやきが以前に増して激しくなるという置き土産を残して。

こんなことになるなら、もう二度と来ないで欲しい。



 


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