病院にて






頭が痛い。喉が痛い。体が重い。



そんなわけで図書室の大きな机の上でぺたんこの鞄を枕にして寝ていたら、分厚い本が顔面に落ちてきた。

「いくらなんでも机に横たわる奴があるか」
「…れんじ、」

本直撃でツーンとくる鼻の痛みを堪えながら返した声は自分でも驚くほど掠れている。
蓮二もすぐその声に違和感を感じたのか、眉を上げた。

「どうしたんだ」
「………ダルい」

正直に小さな声で答えると、蓮二の手が額に触れた。
…あ、銅像ってひんやりしててきもちい。ちょっと重いけど。

「少し熱っぽいな」

蓮二が心配げに眉を寄せる。
ああ、通りで少し体の節々が痛いと思った。

「昨日赤也に女性用ボンテージスーツを着せようとして鞭を持って半裸で走り回るからだぞ」

蓮二が呆れた声でそう言う。
そういえばそんなこともしたっけ。
走ってるうちに暑くなったから上を脱いで、かいた汗もそのままにしたのが良くなかったのかもしれない。
結局赤也にも着せれずに終わったし(仁王の影響か最近赤也も逃げ足が早い) 
 
「…れんじ、俺早退する」
「その方がいいな」

図書室の机から起き上がり、ふらふらと扉に向かう俺の背中に、蓮二の声が聞こえた。

「病院に行くなら忍足医院がいいぞ」

俺は振り向きもせず、小さく「わかった」とだけ言った。






…忍足医院。
忍足医院?

まだ日の高い商店街を歩きながらうまく働かない頭で考える。
聞き覚えがあるようなないような名前だ。
もしかしたら意識せずに看板か何かで見たのかもしれない。
何故学校から出ないはずの、病気にも怪我にも無縁な蓮二がそんな病院を知ってるんだろう。

蓮二に細かい場所を聞いておけば良かった。
ふらつく足取りで街をさ迷いながら、目線だけで看板を探す。

忍足医院。忍足医院…




………うわ、もうだめ。

くらり、と目眩がして、俺はとうとう地面に膝をついた。
最悪に具合が悪い時に一人だというのは本当に不安だ。
いつの間に商店街を抜けたのか、しゃがみこんだ俺の周りに人はいない。

こんなところで倒れたらマジで死ぬ。

俺は無理矢理顔を上げた。 
 
 
「………あ、」



目の前には綺麗な白い建物。
入口には青く「忍足医院」の文字。



「ぁ……………あった、」






半ば這うようにして入った忍足医院は、小綺麗で広々としていた。
待ち合い室に他の患者がいないのが少し俺の不安を募らせたものの、いやに脚の綺麗な受付のお姉さんを見て少し励まされた。

脚のお姉さんに渡された初診の紙に必要なことを記入する。
病院に来るたびいつも思うがこんなに見るからに限界ギリギリの患者に何でこんな苦行を与えるんだろう。
くらくらして文字が見えない。

何とか書き終えた紙を脚のお姉さんに渡すと、これまた綺麗な笑顔で「少々お待ちください」と言われた。

待ち合い室のソファに沈み込む。
何て座り心地のいいソファなんだろう。高そう。やっぱ医者って儲かるんだな。
このソファに包まれながら死ぬならそれもいい。
来世では医者になろう。



とりとめもなくそんなことを考えていた時だった。



「………あれ、幸村?」

妙にねっとりとした病院にふさわしからぬ低音ボイスに、俺は閉じていた目を開けた。

「……………」
「どないしたん、死にそうな顔して」

誰だ。

そこにいたのは青みがかった長めの黒髪に、今時見かけない書生風眼鏡の男。
見覚えはまったくない。

「…ああ、覚えとらんでもしゃあないわな。前会った時は喋ってへんし」

胡散臭い関西弁だ。
まぁどうせどこかで会った異形の類だろう。

「…あー、覚えてるよ。久しぶり〜こないだ街で無差別に霊縛ロープ試してた時の獲物の山本くん?だっけ?」
「うちの日吉の作ったアイテムで無差別に霊狩らんでや」

艶かしい風貌と声の割にやたら突っ込みのテンポが早い。

……………ん?

「………日吉、ってことは…氷帝の人?」
「ああ。忍足侑士いいますねん。よろしゅう」
「おしたり…」

気障ったらしい仕草で髪をかきあげる姿に、体調不良にも関わらずイラッとした。髪の毛むしってやりたい。

「この病院の、関係者?」
「今はこの病院の夫婦にインプリンティングして息子として世話になっとるんや」

ふーん…ああそうだ、コイツら宇宙人だった。
地球征服しにきてわざわざ医者なんて勝ち組の息子の座を選ぶなんて、意外と俗だな…

突っ込みたい気持ちはあるものの、俺は今具合が悪い。
目の前でニコニコしてる忍足の相手をするのも面倒で、俺は溜め息をついてまた目を閉じた。

「…何や今日はホンマ覇気ないなぁ…大丈夫か?」
「…大丈夫だったら病院に来るわけないだろ」
「辛そうやなぁ、地球の病気は。うちらの星の薬やったら一発で治るで」
「絶対に嫌だ」

あのキングの星の薬なんて信用出来ないことこの上ない。
飲んだが最後「跡部様万歳!」とか喝采するようになるに違いない。

「うちの星の医療は発達しとるんやけどなぁ…」
「発達し過ぎで地球人の体じゃ追い付けないよ」
「せやなぁ、地球人の肉体構造って相当下等やからなぁ」
「……………」

元気になったらコイツを殴りたい。



「幸村さん、どうぞー」

俺は忍足に何も言わずソファを立った。
この天国のような座り心地のソファから離れるのは口惜しいが、仕方ない。

診察室に覚束ない足取りで向かう俺に、忍足が低音ボイスで囁く。

「うちのおとんな、下等生物としては腕ええ方やから。幸村みたいな軟弱な地球人ならあっちゅー間に治るから安心しや。ほな、お大事にな」

本気で全く悪意のない、善意の塊みたいな爽やかな笑顔で忍足は俺の肩を軽く叩いた。






忍足医院で注射を打ってもらって薬を貰って帰った翌日、俺の熱はすっかり下がった。

「あれ、幸村君具合悪かったんじゃないの?」

昼飯を食べに家庭科室に行った俺に、ブン太がきょとんとした顔で訊ねる。

「ああ…腕のいい下等生物のおかげでね」
「…?なんか、機嫌悪い?」

ブン太の質問には答えずに、用意された昼飯に手をつける。

「……………ねぇ、宇宙人ってどうやったら死ぬ?」
「え?…さぁ。毒まんじゅうとかじゃね?」
「…作れる?」
「毒があれば」

昼飯を食べたら毒を探しに行こう。
入手ルートは仁王あたりがいいツテを持ってそうだ。



首を洗って待ってろよ、忍足。
この俺を下等生物扱いした報い、必ずや受けてもらう…!



 


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