視聴覚室にて






―――3年A組の幸村精市くん、至急視聴覚室に来てください。



「…は?」

2時間目が終わった後の休み時間にかかった放送に、俺は首を傾げた。

「…幸村、何かしたの?」
「何もしてないし…何で視聴覚室…?」

クラスメイトの訝しげな視線を受けつつ席を立つ。
視聴覚室なんて転校してきてから入ったこともない。
通りすがることは何度かあったけど。

一体誰からの呼び出しなんだろう。

視聴覚室に辿り着くまで色々考えてみたが、分からなかった。






「……………」
「あ、やっと来ましたね」

……………誰?

視聴覚室には俺と同年代の少年が一人いるだけだった。
見覚えはない。でも彼が着ている制服はたぶん氷帝学園のものだ。
バッツリ切り揃えられた茶色いまっすぐな髪に、きりっとした目付き。

「氷帝学園の日吉若です。先日はどうも」

彼は丁寧にお辞儀をした。

先日…ということは、たぶんあの氷帝学園の生徒会室で会った面々の中にいた一人なんだろう。
…ということは… 
 
「………宇宙人?」
「…あなたから見たらそうなりますね」

そう言われた瞬間、思い出した。

生徒会室でお茶を出してくれた男。
ほんの少ししか接しなかったが、確かに彼だった。

「ああ…あのキノコの…思い出した」

俺の言葉に彼…日吉は気分を害したのか、綺麗な片眉をピクリと上げた。



「よう日吉。久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです、仁王さん」

いつの間にそこにいたのか、振り返ると仁王がいた。

「仁王、何でいるの」
「さっきの放送で面白そうなニオイがしたんでのぅ」

にやにや笑いながら仁王は椅子に座る。
仁王が知っているということは日吉は何度か立海に来てるということだろうか。

「仁王さんには度々俺が開発した道具の実験に付き合っていただいてます」

俺の疑問を察したように日吉が言った。
へぇ〜、実験………

「…実験?」

胡散臭い言葉の響きに今度は俺が眉をひそめる。

「日吉は地球の心霊現象に興味を持っとってな」
「我が星の技術とこの星の霊的エネルギーを合わせて色々な道具の開発を進めています」 
「う…胡散臭ぇ〜…」

日吉は心外そうな表情で大きい鞄を漁る。
…あんなデカい鞄を担いでここまで来たのか…
仁王は興味深げに鞄を覗き込んだ。

「我が星の技術で霊的エネルギーを集めて凝縮することに成功しました。その要領で作ったものの一つがこれです」

日吉が取り出したのは一本の赤いロープ。
何の変哲もないロープに見える。
日吉は「ちょっと失礼」と言って仁王にそのロープを掛けた。
その瞬間ロープが体に絡まって、仁王は動けなくなった。

「………あ!そのロープ…!」

先日伊武を拘束していたロープだ。
ほどいたらすぐに消えてしまったが。

「霊体を縛れるの!?」
「ええ。霊縛ロープといいます」
「…日吉、外しんしゃい」

ほどいても、今度のロープは日吉の手から消えない。

「…前に見たロープはすぐ消えちゃったけど」

俺がそう言うと日吉は目を輝かせた。

「そうなんです!従来のロープは霊体の一部をそのまま使って作ったものだったので使いきりタイプだったんですが、今回我々は強力な霊体エネルギーを最新化学で分析し、エネルギーのパターンを調べ上げ、無から霊力を作ることに成功したんです!」
「…凄い…のかな?」
「錬金術みたいなもんかの」
「その結果新たに開発したのがこちらの新・霊縛ロープ!従来のものと比べて耐久性は抜群!1万回の耐久テストに合格した素晴らしい逸品です!」
「でも、お高いんでしょ?」

テレフォンショッピングのようなやり取りに仁王が苦笑した。
だが日吉は構わず熱弁を奮う。

「いえ!今回は幸村さんの霊力を見込んで条件付きで無償奉仕致します!」

……………なるほど。
今日の日吉の来訪の理由が分かった。

つまり彼はこの宇宙人と地球の霊体のコラボ商品と引き換えに俺に何かさせる気らしい。
俺としては宇宙人のデータ収集に付き合ってやるのは嫌だ。だが霊縛ロープ…欲しい。
仁王が悪さした時とか、丸井が馬鹿言った時とか、使い道は山ほどある。

「幸村さんがお望みなら、我々が開発したグッズのモニターとしていくらでもアイテムを支給しますよ」
「…例えば?」
「悪霊退治に使える下級悪魔の召喚印を封じた銃はいかがですか?引金を引くと封印が解けて下級悪魔が飛び出します。使いきりタイプです」

でも悪魔なら下級なんか呼ばなくても学校のトイレにいるし。

「ではこちらの霊探知機は?どんな微弱な霊力も探知します」
「…俺の霊力の高さ、知ってる?」

俺自身が霊探知機みたいなモンだっつーの。

「幸村の霊力と環境じゃ出来んことの方が少ないぜよー」
「う…じゃあこれはどうですか!?人工千里眼!これがあればテストも全く苦じゃないですよ!」

勉強は蓮二が教えてくれるし、カンニングなんてしたら真田に斬られるし。

「ではこれは!?イギリスから直輸入した妖精!癒されますよ!」
「うちの癒し担当はジャッカルだし」
「人工妖怪蛤女房!料理の腕はミシュランもビックリ!」
「丸井より料理上手い奴なんていないよ」
「絶対に呪いがかかる藁人形!大昔の呪術師の魂が入ってます!」
「ムカつく奴は仁王の悪戯で大体何とかなるかなあ」

鞄から次々出てくるアイテムは、どうにも俺の琴線に引っ掛からない。
日吉はもう打つ手がないのか悔しげに仁王を睨み付ける。



「ていうか日吉。大事なアイテム提供してまで幸村に何させたいんじゃ」 
 
そう、それが問題だ。
日吉が見せたアイテムはどれも凄いものだということは分かる。
だが見返りに俺が何をするのか。それによってこっちのリアクションは変わる。

「……………」
「言いにくいこと?」
「……………」

日吉は口を開いた。
何となく頬を染めて、視線を逸らしながら。



「……………悪霊退治に、参加したいんです」



…はぁ?



「以前読んだ本に、強大な霊力を駆使して悪霊退治をする話があって…それで、俺も…悪霊退治をするヒーローになりたくて…」

日吉の語尾はどんどん小さくなる。
ちらりと仁王を見ると仁王は肩を竦めた。

「…のう、日吉。幸村は悪霊退治なんかせんよ」
「え!?」

日吉は弾かれたように顔を上げる。
その顔には「信じられない」とありありと書いてあった。
何を勘違いしてるのか知らないけど…

「俺、別に悪霊がのさばってても気にならないし」

自分に害さえなければ特に関わらない。

「う…嘘でしょう!?それだけ強大な霊力を持って召喚術まで出来るのにその力を人類の平和のために使わないんですか!?」
「何で俺が」
「…!なんて勿体無いんだ…!その力が俺にあれば…!」

余程ショックだったのか、日吉は頭を抱えて蹲った。

「ていうか…お前らって世界征服しに地球に来てるんじゃないの?」

それが何故人類の平和のために悪霊退治しようとしてるんだ。
「ヒーローになりたい」ってアホか。
日吉は慌てて立ち上がって、大きな荷物を抱えた。



「べっ、別に!地球に来て地球人が好きになったとか!地球人に害なす霊が許せないとかじゃないですから!ち、地球人を征服するのは俺達だから!悪霊なんかに邪魔されたくないから!そっそれだけなんですからねっ!」



日吉は物凄い早口で一息に叫ぶと走って視聴覚室から出ていった。






「……………ツンデレ」
「………ツンデレじゃの」

俺と仁王は顔を見合わせて笑った。

「幸村より日吉の方が地球人思いでええ奴じゃなあ」

なんて、仁王が言うもんだから、俺は日吉が忘れていった霊縛ロープで仁王を縛って吊るした。
ああ、このロープほんと便利。



今日、対・霊体用の武器を手に入れました。



 


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