深夜・自室にて






最近、俺の機嫌は最悪だ。



「何だ幸村、顔色が悪いな」
「うるせえよ真田。寝不足なんだよ悪ぃかよ」
「むっ…寝不足だと?どうした、夏バテか?日々の鍛錬が足りぬからそのようなものになるんだぞ。もっと規則正しく…」

鎧兜に取り憑いた霊ごときに生活習慣を説教されてたまるか。
思い切り真田を殴ったが、拳が痛かった。
真田はとりあえず吹っ飛んだからまぁいいけど。

ああ、眠い。
授業中も寝たけど全然足りない。
自分のベッドで眠りたい。

「…しかし幸村が寝不足なんて珍しいな。何か眠れない原因でもあるのか?」

蓮二が真田の吹っ飛んだ距離を目測してノートに書き込みながら言った。
あまり言いたくないが、これ以上眠れないのは耐えられない。



「………最近、……………出るんだ」



復活した真田が眉を上げた。
畜生、拳じゃ霊体自体にはダメージを与えられないのが悔しい。
むしろ俺の拳の方がダメージだ。

「出る…というのは何だ、蓮二」
「話の流れから言ってこの場合は霊だと思って間違いないか?」

…ああ、その通りだ。間違いない。



俺は今、毎夜自室に現れる霊のせいで眠れないんだ―――――



「幸村が霊に怯むとは考えにくいんだが」
「そうだな…そこらの霊より霊力はあるだろう」
「…怖いから眠れないわけじゃない」

自室の霊に姿はない。一度も見たことがないから。
その存在を知らしめているのは、音だ。
毎晩毎晩風もないのに俺の部屋の窓を揺らす。ガラスを叩く。
時には部屋の中の花瓶を倒す。昨日はとうとうお気に入りの一輪挿しを割られた。
ベッドに横になった俺が使っている枕を引き抜く。投げる。ムカつく。
だが見えない。いくら俺でも見えないならどうしようもない。

「ふむ…ぽるたーがいすとというやつだな」
「偉いぞ、弦一郎。よく横文字を覚えたな」

蓮二に褒められて得意げな顔をする真田が憎い。
ポルターガイスト。そんくらい俺だって知ってるよ。

「しかし幸村にも見えない霊か…」
「ああ。なかなか出来る奴のようだ」

二人にそうまで言われて、俺はほんの少し不安になる。

「姿を隠すことに長けているんだな。余程年季は入っているだろう」
「…仁王より?」
「お前が見えない程ということはその可能性は高い」
「…強い?」
「何とも言えないな。霊にも得手不得手があるから」

隠れることに突出した霊もいる、ということか。
もしかしたら恐ろしく弱いからこそ隠れるのがうまいということだって有り得る。

「…幸村、何か恨みは買っていないか?」

真田に言われて考えてみるが、考えるまでもなく、ある。
この間告白してきた女の子の元彼とか、道でぶつかったのに謝らなかったから殴ったヤンキーとか、無理矢理値切った花屋のおっちゃんとか…

「基本的にその場所に縛られている霊じゃない限り、人に危害を加える霊はいない」
「そうなの?」
「悪霊は話が別だが、奴等は姿を隠す力は強くないしな」

首を傾げる。
恨みを買った人間…
色々考えてはみるが、どれもピンとこない。

「…ねぇ、どうしたらいいと思う?」

思い当たることが多すぎて絞れない以上、捕まえるしかない。

「霊は姿を隠す霊も見える」
「え?」
「つまり、仁王や丸井なら見える可能性は高い」

蓮二の言葉に俺は顔を輝かせた。
何だよ、簡単なことじゃん!

「じゃあ仁王と丸井を連れて…」
「無理だ。あれらは学校に縛られている」

…そうだった。

俺は少し考えて、閃いた。
何だよ、やっぱり簡単なことじゃん。






「魔王サタンよ!余の願い聞き入れ給え!そなたの偉大なる力を持って、今宵ひと時我に忠実なる魂を貸し与え給え!」

恥ずかしい呪文も慣れてしまえば何てことはない。
極力使わないようにはしてるけど、今この部屋には俺一人。
誰に気兼ねする必要もない。

俺はその夜、初めて自室で霊を召喚した。



「…というわけでね、今夜もたぶん来ると思うんだ」

俺の言うことを忠実に聞く霊達は説明を聞いて各々頷いた。

「だから取っ捕まえて欲しいわけ。相手は姿を隠すのがうまいけど、これだけ人数がいれば出来ないなんて言わせないよ」

霊は5体いる。どこの誰だか知らないけど、今こんなに頼れる存在は有り難い。

「じゃ、俺は寝るから。捕まえたら起こして。俺が起きたら勝手に帰ってね」

俺はそれだけ言うとベッドに潜り込んだ。
眠れない夜もこれで終わりを迎えるかと思うと興奮して眠れない。






いつの間にか寝入っていたようだった。

肩を揺すられるような感覚に、目を開ける。
物音ひとつしない真っ暗な部屋。
目の前にぼんやりと薄明かるい霊の顔が見えた。

…目覚ましには使えない。

まずそう思った。
微妙に心臓に悪い。

「…!」

そうだ、ポルターガイストの霊はどうなった?
頭が完全に覚醒して、俺はベッドから飛び起きた。

辺りを見回すと俺が召喚した霊はどこにもいない。俺を起こした奴もだ。
言い付け通り勝手に帰ったんだろう。なんて便利な奴等なんだ。

そして部屋の隅には、見慣れない黒い影。

こいつが件の霊だろう。
俺は部屋の明かりを点けた。



「………あれ?」



そこにいたのは、見覚えのある男。
ご丁寧に動けないように縛られている(霊を縛れるあの縄は一体何?)
長い黒髪、冷めた目線。



「…お前…橘の…?」



そいつは一度だけ会った、橘の仲間だった。






「…ズルいよなぁ…霊召喚するとかルール違反だろ…そりゃ出来るのは知ってたけどさ…そうだ、あの銅像の入れ知恵だな?そうなんだな?」
「はい、まず名前と住所教えてねー」
「人に名前を聞く前に自分が名乗るのは礼儀だろ…嫌だなぁ現代っ子は礼儀知らずで…」
「魔王サタンよ、」
「伊武深司、住所は不動峰中学校デス」

ぶつぶつぼやくそいつは、外見こそ俺よりも幼いが、蓮二の言う通りやはり年季が入っているらしい。
とりあえず縄はそのままにして取り調べを続ける。

「最近俺の部屋で暴れてたのはお前だね?何でそんなことしたんだ?」
「…嫌だなぁ自覚がないなんて…無自覚に人に恨みを買うなんて哀れだなぁ」
「魔王サタンよ、」
「橘さんがあなたに一目惚れしたからデス」

その言葉に俺の脳が嫌な記憶を呼び覚ます。
忘れたわけじゃない、考えないようにしてたんだ。
男に惚れられたなんて忘れようにも忘れられない。

「…橘に惚れられたのは知ってるよ」
「知ってる癖に知らないフリするなんて感じ悪いよなぁ…」
「だって橘も何も言ってこないじゃないか」
「アンタのせいで橘さん、いつも夕陽に向かって叫んだり花占いしたりしてるんだぞ…俺は認めない…神尾みたいにアンタを姐さんって呼んだりしないからな…」

呼んでくれなくて結構だ。

「つまり…何?お前は橘に惚れられた俺が気に入らなくて嫌がらせしてたわけ?」
「……………」

伊武は黙り込む。心なしか頬を染めて。
そんなヤキモチのために俺は睡眠時間を削られていたのか。
じわじわ怒りが込み上げる。

「…ちょっと顔がいいからって調子乗るなよな…大体アンタ言葉遣い悪すぎ…女の癖に、」

堪忍袋の緒が切れた。



「俺は男だ!!!」



パジャマの前ボタンを引きちぎって伊武の前に裸の上半身を見せ付ける。
伊武は目を見開いた。
ああ、もったいない。こんな馬鹿に俺の美しい体を見せるなんて。

「………、男…?」
「何なら下も脱ごうか?」
「…いや、いい…」

伊武は俯いて黙り込んだ。
小声ながらも饒舌だった伊武が黙り込んだせいで沈黙が何か気まずい。
俺は上半身裸だし。

「…男…そっか…それなら、」
「帰ったら橘にも言っとけよ、幸村精市は男だって」
「ああ…いや…、うん…」

これでもう深夜の嫌がらせはなくなるだろう。
俺は伊武の縄をほどいてやった。
縄は俺の手の中で消えていく。何だろう、この霊も縛れる便利な縄。欲しい。

縄に思いを馳せていると、伊武が立ち上がった。

「あ、帰るの?」
「うん…」
「そう。気を付けてね」

窓まで歩いて、伊武は立ち止まった。
不思議に思ってその後ろ姿を見つめる。

「あのさ…」
「うん?」

言いにくそうに言い淀む伊武。
何だよ、さっさと喋れよ。



「………アンタが男なんだったら、俺…、アンタのこと、嫌いじゃない、かも…」



ちらりと振り返った頬が赤い。
それだけ言い残して、伊武は消えた。



……………



「……………っ、ギャアアアァァァアアアア!!!!!」



部屋の花瓶が棚から落ちた。






「…何だ幸村。最近また眠そうだな」
「うるせえよ真田、引っ込んでろ」
「ポルターガイストは止んだんじゃないのか?」

確かにポルターガイストは止んだ。
夜は静かなものだ。平穏そのもの。

「何かあったのか?」

心配げな真田の鬱陶しい顔を見ながら、俺は言った。



「…ヤンデレの幽霊に死ぬほど愛されて眠れないだけ」



今夜もカーテンの閉められた窓の向こうに現れては小声で愛をぼやくのであろう霊を思うと、溜め息が零れた。



 


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