霊界にて






痛い、いたい。頭が痛い。



声が聞こえる、けど、どうでもいいや。






「…どこだ、ここ」

気が付いたら変な建物の前にいた。
二階建ての、やたら面積の広い建物。

何かに似てる…と考えて、気付いた。役所だ。区役所が確かこんな感じだった。
ここがどこかも分からないのに、俺はこの建物に入らなきゃいけない。そんな気がした。

建物はやはり何かの役所らしく、公務員みたいなのがカウンターの向こうで何人もPCに向かっていた。
壁には壁紙が見えないほど沢山のポスターやチラシが貼られている。
「霊界観光案内」「地獄でのマナー」「この悪魔にピンときたら霊界警察へ」「三途の川の彼岸花が見頃」…



……………



……………なにここ?



壁のチラシに釘付けになって立ち尽くす。
は?霊界?地獄?三途の川?
なにこれ、何のジョーク?
ここどこ?俺何でこんなところにいるの?

「何かお困りですか?」

背後から明るい声がかけられ、俺は柄にもなく飛び上がった。
慌てて振り返ると、緑とオレンジのジャージを羽織った小さな少年が俺を見上げている。

「え、と…」
「転居届でしたら5番カウンターですよ!」
「いや、あの…俺、何でここにいるのか分からなくて…っていうかここ…どこかな…」

少年は目を丸くした。
そりゃそうだ、俺の言動はおかしい。でもこの貼り紙の方がもっとおかしい。

だが予想外に、少年はにっこり笑った。



「ダダダダーン!死亡届の提出ですね!死因解明と今後のお住まいの手続きも出来ますので大丈夫ですよ!1番カウンターへどうぞ!」



しぼうとどけ…



…死亡届…!?



…俺…死んだの…!?



愕然とする。足が震えた。
何故、どうして。そればかりが頭の中でぐるぐる回る。
言葉が出ない。
こんな場所で一人で自分が死んだことに気付いて、俺はこれからどうしたら。
死んだ後も人生じゃない何かが続くなんて。
どうしよう、今後のお住まいが地獄だったら。

混乱して何を考えるべきなのかさえ分からなかった。



「壇くーん。どうしたの?」
「あっ、千石先輩!この方が死亡届提出だそうです!」
「はいはい、ウチのお客さんね。こちらへどうぞー………?」

今後のお住まいって希望出せるのかなあ…!?
でも俺生前鬼門開いたり霊逃がしたり悪魔とつるんだりしてたし心証悪いかも…
あークソっ、赤也なんかとつるむんじゃなかった。
ていうか立海に転校するんじゃなかった!
天使とかと仲良くしとくべきだった…悪魔がいるんだから天使もいるよな、いるのかな。

「…ダダダダーン…この方、聞いてないです…」
「ありゃ?何で?」
「ご自分が亡くなったことに気付いてなかったみたいですよ。お気の毒です…」
「あれー?回収課の死神行かなかったのかな?」

あーでも近くに天使のいる学校ってなかったな…泥臭い妖怪とか胡散臭い宇宙人とかばっかりで…なんてことだ、俺は悲劇の美少年…!
……………ん?

ふと正面を見ると、さっきの少年の横に見慣れないオレンジ頭の男が立っている。
いつの間にいたんだろう。

「…あ、我に返った?落ち着いてくださいね〜」
「これが落ち着いていられるか!」
「ですよね〜、でも大丈夫!長い人生誰だって一回くらい死んじゃうこともありますよ」
「そりゃそうだよ!みんないつかは死ぬよ!」

オレンジ頭は俺の腕を引いて1番カウンターの椅子に座らせた。

「ちゃんと死因も調べるし、今は記憶が混乱してるだけでじき戻りますよ!」
「戻っても生き返れるわけじゃないだろ」
「んー…まぁそりゃあねぇ…でもたぶん事故だと思うんだけど」

そのくらいのことは俺にだって分かる。
健康そのものだったんだから。

「何故か事故死って死んだ自覚ない人が多いんだよね」

オレンジ頭は名刺を差し出した。
死亡届受理係 千石清純
…こいつも死神の一種なんだろうか。

「何にせよ回収課の死神が行ってないのはおかしいな…お名前いいですか?死亡者リスト調べるんで」
「…幸村精市」
「ユキムラ…セイイチ…っと」

千石はPCに向かって俺の名前を入力した。
キーを打つその手つきがあまりにも覚束ないので不安が増す。



「………あれ…?」

眉をしかめた千石がマウスを動かす。

「…あの、お住まい神奈川ですよね?」
「そうだけど…な、何…?」
「おっかしいな…あ、ちょっと待ってください。南ー!」

千石に呼ばれて現れたのは、何というかこれといってまったく特徴のない、地味な男だった。
少なくとも千石よりは誠実そうだ。

「どうした、千石」
「ねぇ、ちょっと上に問い合わせてくれない?死亡者リストの件で…」
「はぁ?名前が載ってない?」

…はぁ!?

どういうことだ。俺は死んだんじゃないのか?

「…分かった、すぐに上に問い合わせる」

この場合の「上」というのは誰を指すのか少し気になった。
神かな、魔王かな。魔王なら赤也に良くしてやったんだからその辺を考慮して住まいを決めて欲しい。



「…お、お待たせしました…」

しばらくして戻ってきた南の顔は青ざめていた。
え、なに。何事?もしかして更に最悪な事態?

「…千石、」
「ん、………うそ!?」

南に耳打ちされた千石の顔まで青ざめる。

「ちょ…っ、何なの一体」
「も…申し訳ございません!」

南が頭を下げた。次いで千石も立ち上がって頭を下げる。



「幸村さんの寿命を問い合わせたところ、まだ70年残っておりました!」 
 
 
 
………はぁ?



「…え…じゃあ何で俺ここにいるわけ…?」
「恐らく何かの事故で魂が抜けかけ、それをうっかりどこかの死神が狩ってしまったのではないかと…」
「…はぁぁああ!?うっかりで死なされちゃ堪んないんだけど!」

俺の70年残ってた余生はどうしてくれるんだ。

「調べましたところご遺体はまだ火葬されておりませんでしたので、すぐに魂を現世へ送らせていただきます!」

南と千石は頭を下げたままそう言った。
ということは、つまり…

「………俺生き返れるの!?」
「はい。一度死んだ魂を生き返らせると仕事のミスと見なされてペナルティでボーナス無しになるんですけど」

千石はちょっと不満げに何かを言っていたが知ったこっちゃない。

それより問題がある。

「俺の魂を狩った馬鹿は誰だか分かんないの?」

そう、俺をこんな目に遭わせたやつ。
誰だか知らんがこのまま放ってはおけない。
なにがなんでもこの手で何らかの制裁を与えてから生き返りたい。

「それは…現時点では分からないんですが…」

南の申し訳なさそうな声も関係ない。絶対見つけ出す。絶対だ!



「魔王サタンよ、余の願い聞き入れ給え!」
「…え、」
「…嘘、この呪文…」

南と千石が目を丸くしている。
この呪文が霊界でも使えるか分かんないけど…

「そなたの偉大なる力をもって、この俺に屈辱的な死をもたらした死神を今ここに召喚せよ!」

強い風が吹いた。

…良かった、どうやら使えるっぽい。

そして目の前には小さな渦。
それは段々大きくなって、ついには中から人が現れて、床に落ちた。

「俺を殺したのはお前かぁぁぁ!」

床に落ちたまま蹲った男の髪を引っ張りあげる。



「…すまんばい!」

あまり申し訳なさそうには見えない、気の抜けた笑顔で謝った顔には覚えがあった。






「…いや、鎌の手入れしとったとよ、錆びとったけん。そしたらすぽーんて手から抜けよって、」
「…千歳。俺にそんな言い訳通用すると思ってんの?」

俺の魂を狩った死神は、回収課でも何でもない千歳だった。
書類持って全国行脚してるだけの死神が何で鎌なんか持ってるんだ。

千歳は今、仁王立ちの俺の前でデカい図体を丸めて土下座している。

「俺元は回収課やけん…鎌は異動ん時返すん忘れとって…返さんといけんち思て研いどったばい」
「何で人がいるとこで研ぐんだよ。馬鹿か」
「あん鎌は霊体しか切れんばってん。幸村の魂が出とるなんて夢にも思わん」

千歳にそう言われて、ふと気付いた。

「…そういえば俺何で魂出てたの?」
「野球部の手伝いしちょった真田の豪速球が後頭部に直撃」



……………



帰ろう。一刻も早く。
そして真田に制裁を。

千歳は後でいい。どうせ生きてればまた会える。



「千歳。俺を音速で現世に連れ帰れ」
「わ、分かったばい」



帰ろう。一刻も早く。
真田に制裁を。

…そしてみんなにただいまを言いたいから。

帰れる。ちくしょう、ちょっと泣きそうだ。
俺はまだまだ現世に未練があるらしい。

会いたい。

早く、みんなに。



俺の臨死体験は、こうして終わった。



 


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