保健室にて






今日は天気がいい。暑すぎもせず、勿論寒くもない。
吹く風は心地よく涼しくて、俺は自然と空を仰いだ。



………ら、



「……………」

…何か見付けてしまった。

校舎近くに植えられた高い桜の木の枝に、小さな少年が留まっている。
ひなたぼっこする猫のように、その少年は枝の上で眠っていた。
何てことだろう、危ない。見たところ小学生くらいだろうか。
豹柄のタンクトップと赤味がかった髪の毛が、濃い緑の中でいやに目立っている。

「……………」

……………まぁ、いいか。

俺はそのまま視線を下ろして校舎に向かった。
大方近所の小学生が入り込んだか、霊だろう。
わざわざ起こして木から降ろすのも面倒臭い。

人じゃないなら落ちても怪我なんかしないだろうし、人だったとしたら………うん、俺は何も見ていない。

とにかくそのまま教室に入った俺はその少年のことを綺麗さっぱり忘れた。






移動教室で視聴覚室に向かう途中、ジャッカルの後ろ姿を見かけた。

「ジャッカル!」 
「ん、ああ…幸村」
「何してんの…って、あ?」

ジャッカルは何か小さいものを運んでいた。

豹柄で、赤くて………あ。

「いやぁ、コイツ木の上で昼寝してて落ちたらしくてさ…足痛いって言うから保健室に運んでるとこ」

…間違いない、朝の少年だ。
朝は閉じられていた目がぱっちり開いて、興味深げにこちらを見ている。

「なぁなぁ、ジャッカルー!こん人兄ちゃん?姉ちゃん?」
「あっ、馬鹿ッ!今それは禁句…!」

開口一番今の俺の地雷を踏んだ少年に、俺の額に青筋が浮くのを感じる。
ジャッカルが慌てて口を塞ごうとするが少年を抱えているためそれも出来ない。
未だに橘からのアクションはないが、橘恋煩い事件は俺の心に深い爪痕を残しているのだ。

「…兄ちゃん、だよ。君視力ないのかな」
「んにゃ、目はええ方やでぇ!」

嫌味はどうやら通じない。コイツ馬鹿だ。
俺が馬鹿を嫌いな理由は嫌味が通じないからだ。
皮肉ったこっちがストレス溜まる。

「…ジャッカル、どこのガキなのこの子」
「この学校にはしょっちゅう来てるぞ」

教師の子供か何かだろうか。

とりあえず俺は移動教室をフケることに決めて、ジャッカルと共に保健室に向かうことにした。



「先生はいねーのか」
「みたいだね」

こういう時は決まって先生はいないものだ。

ジャッカルは少年をソファに座らせた。
彼の前にしゃがみこんで足首の様子を見てるジャッカルは、こちらから見ると皮膚コーティング面だったのが災いして、全裸の男が少年にひざまずいてるようで笑えたので、写メった。

「うーん…骨に異常はなさそうだな」

さすが人体模型。伊達に内臓を晒してない。
保健医よりも頼りになるんじゃないだろうか。

「まったく…死神が木から落ちて怪我するなんてかっこつかねぇぜ?」

手際よく湿布を用意しながら呆れたように言うジャッカルを手で制した。

「…な、何だよ幸村」
「死神って言った?」
「言ったけど…」
「誰が?この子が?」

この、頭の悪そうな小さな子供が死神?
にわかに信じがたい。
ああ、だがそういえばこの関西弁。白石達も関西弁だった。

「幸村、本当に会ったことなかったのか?」
「俺、死神連中は一回しか会ったことないし」
「まぁコイツは確かにいっつもウロチョロしてっからなぁ」

少年は一瞬きょとんとした顔をして、俺を見つめて笑った。

「兄ちゃん会うの初めてやったんか!ワイ遠山金太郎や!よろしゅうな!」
「あ…うん…よろしく。俺、幸村」

何だか見る人全てを幸せにしてしまいそうな笑顔。ますます死神らしくない。
だがこんな顔をされたら何をされても許してしまいそうだ。まぁ俺は許せないことは許さないけど。

「…死神って実体あるの?」

怪我をしたということはそうなんだろう。

「現世担当のやつはな!実体あった方がベンリやねんけどこーゆー時はフベンやなぁ!」
「まぁあんな高い木の上で昼寝されるなんて死神界も思ってなかったんだろうね」
「せやな!死神にも色んなヤツがおるってもーちょい考えて欲しいわぁ」

やはり皮肉は通じない。ちっ、馬鹿め。

話しているうちに手当ては終わったらしい。
綺麗に巻かれた包帯を見て遠山は目を輝かせる。

「おーっ、かっこええなぁ!包帯巻いたん初めてや!白石みたいやな!」

そういえば白石は左腕に包帯を巻いていた気がする。
怪我じゃなかったのか…一体何故…

遠山は怪我をしてるのが嘘のように包帯を巻いた足を振り回したりジャンプしたりしている。
子供はすぐ怪我をしたことを忘れて飛び回るなぁ…

「ジャッカル、おおきにな!」
「それはいいけど遠山…今日は他の連中はどうしたんだ?」
「さあ?知らんわ。俺コシマエに会いに来ただけやし」
「おいおい…死神は基本団体行動が鉄則だろ?」
「そうなん?難しいことはよう分からんわ」

…この子は何で死神なんだろう…
死神を選出する基準を知りたい。



その時保健室の扉が開いた。
先生が帰って来たんだろうか。

三人同時に扉に顔を向ける。
中に入ってきた人物を見て遠山がピタリと動きを止めた。

「………き〜ん〜ちゃ〜〜〜ん………」
「……………っし、しらいしぃ〜…」

青ざめた遠山の笑顔がひきつっている。
横にいたジャッカルが溜め息をついた。



「何でいっつも勝手なことばっかするん!一人でどっか行ったらアカン言うとるやろ!」
「せやかて…せやかてコシマエに会いたいんやもん…」
「17時過ぎたら行ってええからそれまではちゃんと職場におり!」
「いややそんなん!17時まで長いわ!」
「何もしとらんから長いんや!光見てみぃ!仕事もせんと鏡音リンばっかいじっとるからいつもあっという間や言うとるで!」

いや…それはそれでどうだろう!?
仕事をしないところも現世の役所そっくりだ。

「…言うこと聞けへんのなら…分かっとるな…?」
「ヒッ!!!」

白石が包帯の左手を上げた途端、遠山は目に見えて怯え始めた。

「ど…毒手いやや!」
「今日は毒手だけちゃうで…幸村君がおるんやからな…」

いきなり俺の名前が出て驚いた。
俺?俺は舌以外に毒は持ってないけど?

「幸村君はなぁ…魔王召喚出来るんやで…金ちゃんなんか一口でパクッ!やでぇ〜。ほれ見てみぃ、今に『魔王サタンよ!』って言うでぇ…」

言わねえよ。

「言っちゃおうかな〜、どうしよっかな〜…魔王サタ…っあ〜、やっぱやめよっかなぁ〜」

だが女に間違われた恨みを晴らすべくここぞとばかりに便乗した。
こんなに怯える遠山は面白い。
なるほど、馬鹿にはここまでレベルを下げてやらなきゃいけないのか。勉強になった。

「い…いややぁぁぁ!言うこと聞くから毒手いややぁ!魔王もいややぁ!食べんといて!」 
 
とうとう泣き声になった遠山に、白石は溜め息をついて左腕を下ろした。

「…ほな帰ろか、金ちゃん」
「うっ、うん…」
「幸村君、ジャッカル君、面倒かけてすまんかったなぁ。ほな、エクスタシー」

遠山の首の後ろをひっ掴んで、白石は保健室を出ていく。

「…エ、エクスタシー」

静かになった保健室で、俺とジャッカルは顔を見合わせて笑った。

「…憎めない馬鹿だなぁ」
「ま、手はかかるけど可愛いっちゃ可愛いよな」

ジャッカルは「手はかかるけど可愛い」男が好きなんだな、と、とある太いのを思い出して俺は更に笑った。

…あ、あとでさっきの写メプリントしてみんなに配ろう。



 


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