裏庭にて






「ああ、あちぃなぁ!」

風通しが良さそうだと見込んで裏庭に弁当持ってきたってのに、ここは日陰にも関わらず暑い。

「そもそも今日は風がないからな」

隣で蓮二が涼しい顔をしているのが憎い。

「いいな、霊体は暑くなくて。俺も夏場だけ死にたいよ」

仁王とブン太に嫌味をぶつければ二人は困った顔をした。
何だよその顔。ちくしょう。
暑さで何もかもが苛立たしい。
それもこれも校内のエアコンがいきなり壊れるからいけないんだ。
ひとつの教室のエアコンが壊れたからって校内の全てのエアコンの整備を平日にやることないのに。土日にやれ。

「あーもう!涼しくなるような話してよ!怖い話とか!」
「……………」

蓮二が呆れた顔で溜め息をつく。

「…涼を求めて霊を30体召喚した奴を相手に怖い話か?」

……………

…蓮二の言うことはもっともだ。

今、この場には俺と蓮二、仁王、ブン太、そして先程召喚した霊が30体、所在なさげに漂っている。
確かにこれ以上に怖いシチュエーションはなかなかないに違いない、一般的には。

「霊が近くにいると体感温度が下がる気がするんだ」
「だからって俺はまさか幸村が躊躇いもなく『魔王サタンよ!』を唱えるとは思わんかったぜよ…」
「こんだけ暑いのに恥とか言ってる場合じゃないだろ」
「…幸村君的に世界を守るより暑さが敵なのは分かった」
「俺が平和なら世界も平和だろ!」

30体の霊のおかげで教室にいるよりはいくらか涼しいが、それでも暑い。
息苦しいような湿気を孕んだ空気が首筋にまとわりついて、濡れた額に髪が張り付くのが鬱陶しい。



「…そういえば肝の冷える話があるといえば、ある」

体育館に続く階段に座った蓮二がもったいつけた物言いをするので、俺は身を乗り出した。

「何!?話して!」

九十九神の蓮二の肝が冷えたくらいだ。よっぽど怖い話に違いない。

「この間青学に行った時に聞いたんだが」
「え…蓮二学校から出ることあるの?」

さぞ目立つことだろう。

「夜中にたまにな。貞治に用があったから行ったんだが、神奈川から都内まで歩くのは大変だ。朝までかかった」

…あっ、そういえば先週の水曜日一日蓮二見かけなかった。
火曜日の夜から朝にかけて移動して、また水曜日の夜から朝にかけて戻ってきてたのか。

「で、その時貞治から得たデータによると、不動峰の橘が恋煩いをしているらしい」
「………ふうん」

それがどうした。
いいじゃない、霊が恋したっていいじゃない。

「マジ?あの堅物が?」
「すげぇ!相手どこの女だよぃ!霊!?人間!?」

俺的に人の好きとか嫌いとかの話題は割とどうでもいいものだったが、仁王とブン太は食い付いた。
霊になってもヒトはヒトの色恋沙汰にテンションが上がるんだな…

「相手を聞いたら驚くぞ」
「俺らも知っとる相手か!」
「うわぁ知りてぇ知りてぇ!」

いきなり普通の男子中学生みたいになった三人を横目に、俺は霊を数える。あと20体くらい出せば涼しくなるかな。

…だが、続いた蓮二の言葉に俺は凍り付いた。



「………幸村だ」



……………



「…ギャアアアアアァァアアアアァァァ!!!!!」






「…いち、に…さん……5体だな」

蓮二の衝撃告白のショックのあまり召喚が解除されてしまい、30体の霊は5体にまで減った。
俺の心が乱れるとこんなことも起こるのか…初めて知った。

「えっらい悲鳴じゃったのぅ…」
「そこの杉の木に留まってた鳥が全部羽ばたいたぞ…漫画みてぇ…」
「どうだ幸村。少しは涼しくなったか」

ああ、悪い意味でな。
人生で一番冷や汗かいた…

「…蓮二、嘘だって言って」
「貞治のデータの正確さは俺のお墨付きだ」

無情な蓮二の言葉に俺は蹲った。

「………あいつホモだったの…?」
「調べによるとそういうわけじゃなさそうだな。どうやらお前を女だと思っているようだぞ」
「ギャアアアアアァァアアアアァァァ!!!!!」
「…池の鯉が跳ねた…漫画みてぇ…」

何がどうなってそうなったんだ。
俺が女に見えるってあいつの目玉はタピオカか!?

「まぁお前さん、顔ええしな」

仁王に言われるのもムカつくけど、確かに俺は顔はいい。
でも今まで女に間違われたことなんてないのに。

「幸村君て華奢だし色白いし、黙ってれば女に見えないことないよな」
「俺黙ってなかったよ!?」
「恐らく幸村に一目惚れした橘はロクにお前の言動を聞いてなかったのかもしれないな」

そんな馬鹿な…!会話成立してたのに…!
俺は何故か裏切られた気分になった。

「…幸村…追い討ちをかけるようで悪いが…」
「待って、待って…耳の準備が、」
「…近々橘、お前に告白する心積もりらしいぞ」



「ッギャアアアアアァァアアアアァァァ!!!!!」



その日、完全に取り乱した俺の能力が暴走して鬼門が軽く開き、何人かの霊が現世に逃げ出したせいで俺は死神に怒られる羽目になるんだけど、それはまた別のお話…






「…いやまだ終わんねーけど」
「取り乱してるな、珍しく」
「このまま終わらせてなかったことにしたいんじゃろうなぁ…」

地面に膝をついた俺の頭上で三人が好き勝手に喋っているが、会話が頭に入ってこない。

だってまさか俺が、この俺が男に(こういった意味で)惚れられるなんて。
俺オカズにされてたらどうしよう…!…あ、霊だしそれはないか…良かった…
いや良くない!オカズ以前の問題だ。

「ど…どうしよう…」
「別に、告白されたら断ればいい話だろう」 
 
何か嫌だ。男に告られるという事実自体が何か嫌だ。
それに相手はあの屈強な男子だ。抵抗しても敵わないかも…

「相手霊だし性的な意味で襲ったりしねーだろぃ」
「大体お前さん、容赦なく力あるじゃろ…」
「最悪鬼門に押し戻せ」

三人のアドバイスも耳に入らない。

っ嗚呼!それもこれも美しすぎる俺のせい…!
美しさが罪ならば、俺は死刑確実だ…

「…っていうか男だって言えばいいんじゃねーの」

……………

ブン太の言葉に俺は顔を上げた。

…そうだよ…その通りじゃん…
何で気付かなかったんだ!
河童の調べによると橘はホモじゃない。
ってことは男だって分からせればそれで終わりじゃん!

「…ブン太…今度お前のために牛の動物霊召喚するよ…!」
「マジ?やったー!」






…というわけで、俺は放課後不動峰へ……………



…行こうと思ったんだけど、怖かったからやめた。

戦うならやはりアウェイな不動峰よりホームの立海がいい。鬼門も近いし。
どうせそのうち来るのだし、もしかしたら橘も今頃違う美少女の霊でも見付けてるかもしれないし。

ともかく俺は決戦を延ばした。

厄介事には極力近付かないのはうまく生きていくコツだ。

「…自分が割と厄介事の中心な自覚ないんじゃな」

仁王は裏庭の杉の木に豚の腸(ブン太が捌いた動物霊の)で吊るしておいた。



今のところ、橘からのアプローチはまだない。



 


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