氷帝学園にて






校門を抜けたら、ハンサムが取り憑かれた―――



「仁王〜、」
「…何じゃ幸村、別嬪さん連れて」

俺の背後にぴったり寄り添うのは、見知らぬ女子。
セーラー服であることから立海の生徒ではないことが窺える。
が、そんなことは問題じゃない。

「校門入った途端取り憑かれたんだよ。何とかして」

そう、これは明らかに人じゃない。

だがここの学校霊達と違って、彼女は一言も喋らない。
ずっと俯いているせいで長い髪に隠れて顔さえ見えない。
こんなに霊らしい霊を見るのは初めてだ。

「そいつ、生き霊ぜよ。俺には何とも出来ん」
「役立たず。二度死ね!」
「…しょーがないじゃろが…」

生き霊なんかに取り憑かれる覚えはない。
そもそもこんな女の子に見覚えはない。

「誰かを慕ってきたんじゃろうが…霊力の強い幸村に惹かれて憑いてしもたんじゃなか?」
「意味わかんない。お目当ての人探してそっち行けよ」
「気付いて欲しい人に気付いてもらえんかったのかもしれんのぅ」
「意味わかんない。生きてんなら生身で行けよ」

彼女は俺の声が聞こえてないのか微動だにしない。

「生き霊は念だけで動いてるからの。言って聞くもんでもなかよ。本人の意思が動かんと」

めんどくさい。でもずっとくっついていられるのも迷惑だ。
俺には非凡な霊力があるという話なのに、除霊の能力はないのか。

「除霊………、あ!」

除霊といえばうってつけの集団がいるじゃないか。
俺の前で気を失って以来関東で更に修行を積んでいるというあの南の国から来た刺客!

「…駄目じゃろ、アイツらは」
「なんで?」
「アイツらの主義は強制成仏。この子は生き霊」

…そうか。確かに俺の手は汚さないとはいえ、自分に取り憑いた生き霊の本体が死ぬのは寝覚めが悪い。

「…じゃあどうしたらいいわけ?」

ずっと後ろに張り付かれちゃ気が散って仕方ない。



「…キングなら何とかしてくれるかもしれんのぅ」



……………



「…何のキング?」
「宇宙のキングじゃ」

仁王の言ってる言葉が理解出来ない。
暑さでとうとうおかしくなったんだろうか、霊なのに。

「…何じゃその可哀想なものを見る目は」
「霊も熱中症にかかるんだな…って」
「失礼な…本当にいるんじゃ」

仁王は指笛を吹いた。
その数秒後、階段の踊り場の窓が割れた。少し驚いた。

「…カラス?」
「俺の使い魔みたいなモンじゃ」
「…随分カッコイイ登場だね」
「幸村は初お目見えじゃろ。派手にしてみた」
「…割れた窓ガラスについては真田にこってり絞られてね」

仁王の肩に止まったカラスは小さく鳴いた。どうやら本物らしい。

「真田のことはともかく…このカラスをキングのとこに伝言付きで飛ばしとくから。幸村は後で氷帝学園に行きんしゃい」
「こらぁぁぁああ!窓ガラスを割ったのは誰だぁぁぁぁぁ!!!!!」

仁王の姿が消えるのと、教育指導の先生の怒鳴り声が聞こえたのは同時だった。
振り返ると真田だった。

「むっ、幸村…お前か、窓ガラスを割ったのは!」
「いや、このカラス」
「…これは…仁王のカラスではないか。…ということは仁王だな!」
「うん」
「仁王め…!今日こそは逃がさん!」

真田は階段を駆け上がって、廊下の角に消えた。
階段の手摺に止まったカラスは利発そうな瞳で俺を見つめている。

「…よく分かんないけど。伝言頼むよ」

指の背でカラスの頭を撫でると、カラスは理解したとでもいうように一声鳴いて、割れた窓から飛び立った。






それにしても最近、俺は他校に行き過ぎだ。

結局今日一日離れなかった彼女は、多少霊力のある他の生徒の視線を盛大に集めた。
「幸村くん、黒板見えないんだけど」と言われたのも一度や二度じゃない。
まったく、俺が椅子に座ってる時は一緒に空気椅子するくらいの気遣いを見せてくれてもいいのに。
こういう気遣いのない女とは結婚しない。

ともかく困りまくったので、俺は仕方なしに氷帝学園に行くしかない。
何とかしてくれるのがキングしかいない限り。



「ここかぁ、氷帝学園………、え…ここ学校?」

宮殿か何かかと見紛うような豪奢な学校に、俺は引いた。

…氷帝!氷帝!氷帝!

校門の向こうに出来た人だかりから、謎のコールが響いている。

氷帝!氷帝!氷帝!氷帝!氷帝!

うるさい。何だろうこれは。新手の宗教か何かだろうか。
ともかく俺は行くしかない。女の生き霊を連れてこの広大な敷地内からキングを探し出すしかないのだ。

長丁場になることは覚悟した。

出来るだけ人だかりには近付かないように迂回する。巻き込まれたらたまらない。

氷帝!氷帝!氷帝!氷帝!氷帝!

「聞け!お前ら!」

人だかりの中心に人がいるらしい。
だがそんなことは気に留めていられない。俺はキングを探すんだ。

「…俺様がキングだ…!」
「いたーーーーー!!!」

長丁場を覚悟したのに、ビックリするほどあっさり見付かった。

俺の大声に人だかりが道を開ける。
キングまでの道が出来た。
中心部に遠く見える人物は、俺を見て少し不思議そうな顔をしている。

「…お前、誰だ?」

道を進んで近付けば、キングは恐ろしく綺麗な顔をしていた。
死神の白石と、タイプは違えど遜色ない美形だ。

「…立海の幸村っていうんだけど、」
「ああ、言付かってるぜ。コイツからな」

気障な仕草で指を鳴らすと、仁王のカラスが飛んできた。

「あ…仁王の。ありがとう、ちゃんと伝言してくれて」
「よし、もういいぞ。お前は飼い主の元に戻りな」

一声鳴いたカラスは青い空に高く飛んで、見えなくなった。






人だかりをそのままに、キングは俺をある部屋に案内した。
信じられないほど広い、豪華なその部屋の扉には「生徒会室」とプレートがかかっている。
これが生徒会室…信じられない。

「…さて、お前の話はそこの生き霊のことだな?」

社長のような、さぞかし座り心地の良さそうな椅子に座ったキングは、これまた馬鹿デカいデスクに肘をついて指を鳴らす。

「粗茶ですが」

茶髪のキノコみたいな少年が出した紅茶は薔薇の香りがした。

「…何とか出来る?」
「俺様に出来ないことはねぇ」

立ち上がったキングは生き霊に近付いた。
キングに気付きもしないのか、彼女は相変わらず俯いている。

「おい、聞け。メス猫」
「それたぶん人の生き霊だよ」
「…分かってるよ。口を挟むな」

キングは右手の人差し指を彼女の額に当てた。
勿論相手は霊なので、その手は額をすり抜ける。

……………

しばらくそのまま動かなかったキングは、おもむろに指を額から離した。 
その瞬間、何を言っても俺の後をついてくる以外何もしなかった彼女が、弾かれたように顔を上げた。なかなか美少女だった。

「…本体に帰りな」

キングの顔をじっと見つめる美少女の目はどこか虚ろだ。
だがキングの声に確かに頷いた。
生き霊は念だけで動き、こちらの声は聞こえないはずなのに。

「………、え、嘘、」

彼女はあっさり俺から離れて、豪華な木彫りの扉をすっと抜けて消えていく。
あまりの呆気なさに俺は呆然とするしかなかった。



「…キングって、何者?」

この世にはまだまだ俺には理解出来ない能力者がいるらしい。
俺の問いにキングは黙って指を鳴らした。
隣室に続く扉からずらっと現れたのは、キングと並んでも引けを取らないやけに華やかな人々。
その中にはさっきのキノコもいる。

「俺達は地球から43億光年離れた星、アトベキングダム・THE・アースから来た」

この世にはまだまだ俺には理解出来ない能力者がいる。
が、能力者とかいうレベルの話じゃない。理解の許容を超えた。

「地球人のお前からしたら宇宙人ってことになるな」
「わぁ!宇宙人に会っちゃった!男のロマン!」
「…驚かねーのか」
「信じてないんだよ、馬鹿電波」

キングは非常に気を悪くしたようだ。

「信じてもらえないのも無理はありません。でもこれを見ていただければ…」

銀髪のおっとりした少年が、机に置かれたペン立てからカッターナイフを取る。
何をするのかと思えば隣に立った黒髪に帽子を被った少年の腕を思いっきり切りつけた。

………!氷帝学園殺人事件〜ゲーム脳の現代人の心の闇〜!?

「って長太郎!いきなり何すんだ!」
「すみません、宍戸さん」

…しかし切りつけられた「宍戸さん」はケロッとしている。
その傷から流れる血が、

「………青い」

赤くない。氷帝学園のカラーのような、水色だ。

「…人間じゃないことは、分かった」
「良かった、分かってもらえて」

ホッとしたように微笑む「長太郎」は確かに人間だとしたら無情過ぎる。
自分の体で証明しようとしない辺りが酷い。
仮にも仲間を傷付けて笑っていられるとは…

俺の心配をよそに、宍戸さんは自分の傷を撫でた。
みるみる傷は塞がって、痕ひとつ残っていない。

「で…キングはさっきの生き霊に何をしたわけ?」
「なに、コレだ」

気を取り直したキングは人差し指を俺に近付けた。
その指先に小さな金属片が載っている。

「…これ…まさか…」
「チップだ」

これが噂の宇宙人が人間に埋め込むというアレ!?

「霊体に埋め込むことにより俺に絶対服従するよう刷り込んだ」
「…キング達、人間を絶対服従させるために地球に来てるの?」
「まぁ、地球征服しに来てるからな」
「…いつから?」
「もう300年になるか、なぁ樺地」
「ウス」

……………

300年経っても氷帝学園しか征服出来ていないなら、ほっといても無害だろう。

「…まぁ、生き霊に関しては助かったよ」
「礼には及ばねぇよ」

あと、聞きたいことがひとつある。

「ねぇ、キングって呼ばなきゃ駄目?」
「アーン?…地球では故郷の星の名を取って跡部って名乗ってるが」
「分かったよ、跡部。とにかく、ありがとう」

跡部とその仲間達に別れを告げて、俺は氷帝学園を出た。






帰り道、立海の男子生徒を見かけた。 
隣に立つセーラー服の女子に見覚えがある。

「君から告白してくれて、嬉しいよ」
「だって…あなたが好きだから…」

…どうやら彼女は、生き霊になるほど思っていた相手とうまくいったらしい。
珍しくいいエンディングだ、と満足する。



「勿論好きと言っても跡部様には及ばないわ。だって跡部様は貴方とは違う選ばれた存在、宇宙のキングなんだもの!」



……………



いいエンディングにしたかった俺は、聞かなかったことにした。



 


[] | []




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -