公園にて
風が吹いている。
夏に相応しくない、いやに冷たい風だ。
今日は学校が終わってから、少し寄り道をしてみた。
いつも通らない道を抜けて辿り着いた公園。
今までこんなところに公園があったなんて知らなかった。
緑が多くてなかなか気持ちがいい。
木陰のベンチに座って風を受けていると、ふいに風の質が変わった。
真夏に相応しくない、いやに冷たい風。
いつの間にか少年が二人、目の前に立っていた。
「…だから、裕太は動きが遅すぎるんだって」
「兄貴が早すぎるんだろ!?」
「裕太のスピードに合わせてたら人に見られちゃうよ」
俺の存在にも気付かずに話す二人を見て、嫌な予感がした。
…人、じゃ、ない。たぶん。
最近自分の力を自覚したからか、学校霊達に慣らされたのか、俺は人とそうでない者の区別がつくようになっていた。なんとなくだけど。
「大体兄貴の傷が広範囲過ぎるから時間かかるんだろ!もっと小さい傷にしてくれよ!」
「どうせ傷付けるなら大きい傷つけたいじゃない」
何やら物騒な会話をする二人は、どうやら兄弟らしい。
会話の端々からそれを推察していると、弟の方がやっと俺に気付いた。
弟の視線を追って、兄も俺の方を見る。
「…あれ、君いつからいたの」
「君達が姿を現す前から」
兄は細い目を少し見開いた。
「その口振り…もしかして、気付いてる?」
「君達が人でないってことくらいは」
「…参ったな、一目で見破られるなんて」
また冷たい風が吹いた。と同時に、俺の座るベンチの隣に兄がいた。
「その制服、立海だね。見慣れてるから見破った…ってわけでもなさそうだ。霊力、相当高いね」
「うん、まぁ」
弟がオロオロしていて可哀想だ。
「君達、なに?」
兄はにっこり笑った。笑顔が爽やかなのに、どこか胡散臭い。
「僕達は鎌鼬。不二周助って名前で青学に通ってる。あっちは弟の裕太」
…かまいたち?
かまいたちというと、あの、風と共に皮膚を傷付けて、なのに血は一滴も出ないっていう自然現象?
「自然現象じゃないよ。かまいたちの正体は、俺達妖怪」
「ふーん………ようか、妖怪ぃ?」
学校霊、九十九神、死神、退魔師ときてとうとう妖怪。
なんというカオス。この世に不思議はない。
「あれ?立海の生徒なのに妖怪は否定派?」
「いや…初めて見たから」
「あ、そうなんだ。珍しくもないんだけどね。この辺一帯で鎌鼬は俺達兄弟だけだけど」
不二・兄によると、鎌鼬というのは本来家族の妖怪らしい。
父が風を起こして人を転ばし、母が斬りつけ、子供が血止めの薬を塗る。
幼少時代に親を亡くした不二兄弟は兄弟でこれをやっているそうだ。
「僕が斬り、裕太が薬を塗る役」
「風を起こして人を転ばす役は?」
「由美子姉さん」
「その由美子姉さんは?」
「大人の都合で顔出しNGなんだ」
大人の都合なら仕方ない。
ともかく今日は二人で鎌鼬の練習とのことだった。
「練習って…」
「裕太がね…僕と由美子姉さんのスピードについてこれないから」
その時ずっと黙り込んでいた弟が声を上げた。
「だからっ!兄貴がもう少し傷を小さくすれば済む話なんだよ!」
「だから、その点は譲れないって言ってるだろ?」
兄は斬りつける際余程大きい傷をつけるらしい。…何か納得した。
そんな感じだ、この兄は。うん。
「それに実際人がいないと練習にならねーよ」
「それは確かにそうだよね………、あ、」
兄弟が俺を見る。
答えは勿論noだ。
「…だめ?」
「勿論」
「痛くしないよ?血は出ないよ?」
「だが断る」
大体練習が必要なほど不完全な鎌鼬の「痛くしない」なんて信用に足らない。
しかもこの兄はどうやらデカい傷をつけるらしいし。
「残念だよ…裕太の為になると思ったのに…」
「兄貴…そんなに俺の為を思って…!?」
…この弟は、馬鹿だ。
悪い霊に騙されないことを祈る。
(もう悪い妖怪(兄)に騙されているような気がしないでもない)
さて、練習台を回避出来たところで、気になることがひとつ。
「…妖怪って学校通えるの?」
先程兄は青学に通ってるようなことを言っていた。
「うん、僕だけじゃない。裕太も聖ルドルフに通ってるし」
「…聖ルドルフってカトリック系じゃない。妖怪はアリなの?」
「…基本全員心霊否定派ですから。俺は正体隠してますけど、兄は違います」
馴れ馴れしい兄と違って弟はきちんとしている。好感度アップ。
「青学は立海みたいな感じなんだ?」
「立海は学校霊と九十九神…まぁ七不思議系でしょ?青学は妖怪系だね」
…仏教系とかカトリック系みたいなノリで言われても。
「…ってことは…」
「うん、妖怪は僕だけじゃないよ」
「何がいるの?」
「ぬらりひょん、座敷童子、河童、化け猫…その他」
目眩がした。水木しげるの世界。
「一度遊びにおいで。うちの河童と立海の柳くんは仲がいいんだよ」
まさか蓮二に妖怪の知り合いがいようとは。
明日学校で色々聞いてみよう。
「…兄貴、そろそろ練習終わりにしねぇ?」
「そうだね、由美子姉さんも待ってる。今日は裕太の好きなカボチャ入りカレーだって」
「………、早く帰ろうぜ」
兄はベンチから立ち上がって、俺を振り返った。
「青学で待ってるよ」
風が吹いた。
夏に相応しくない、いやに冷たい風だ。
夕闇にふたりの妖怪は、もういない。
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