校門にて






変な集団が校門の前にいる、と、クラスメイトが言った。

「何か怪しげな…派手な紫の袈裟みたいなの着た5人組。錫杖っていうんだっけ?ああいうの持ってた」
「坊さんか何かじゃないの?」
「にしては雰囲気が尖ってたっていうか…ちょっと変なんだよな」

ふぅん。まぁどうでもいいけど。

珍しく慌てた様子の真田が廊下を走って行くのが見えた。
普段は「廊下を走るな!」とか怒鳴りまくってる癖に。






帰り支度をして校門に向かうと、確かにいた。
クラスメイトが言ってた変な集団というのは間違いなく彼らだろう。

確かに怪しい、変な集団だ。
坊さんの割には長髪率高いし、髪色も茶髪から金髪から一部白髪やら、挙句リーゼントときたもんだ。

そういえばさっき真田が走ってたっけ。
彼らはうちの学校の霊達の知り合いなのかもしれない。
うん、きっとそうだ。露骨に怪しいもん。

「…噂に違わぬ場所ですね」
「まぶやーまぶやー、こんな所じゃ集まって当然さぁ」
「ま、わったーの敵にはならんばぁよ」

彼らの横を抜けた時、そんな会話が聞こえた。
強い訛り。どこの人だろう。
敵、だなんて随分物騒なことを言っている。

リーゼントの男が眼鏡の奥の瞳を鋭く俺に向けた、気がした。



今日は帰りに本屋に寄ろう。
そう思って繁華街の方に足を向けていると、後ろから慌ただしい足音が聞こえた。

「…っ、幸村さんっ!」

名前を呼ばれて振り返ると息を切らせた赤也。

「…赤也。お前学校から出れるの?」
「俺や九十九神のみんなは学校に縛られてるわけじゃないッスから…ってそんなことより!」

思わぬところでの遭遇に驚いたが、赤也はそれどころじゃないらしい。
赤也がここまで慌てることなんて真田に怒られた時ぐらいだ。

「真田さんがっ…幸村さんを呼んで来いって…!」

ただ事じゃない、ということは分かった。



「変な奴らが来たんス」

学校に引き返す道すがら、俺を急かしながら赤也はそう言った。
変な奴ら。俺の頭には先程校門で見掛けた紫の袈裟の男達が浮かぶ。

「たいまし、とか名乗ってて、」
「たいまし?たいま…退魔師!?」
「そいつら、立海の霊を無理矢理一掃するとか言ってんスよ!」

何だと?立海の霊を?

赤也の言葉に俺の脳は沸騰したように熱くなった。

仁王や柳生やブン太を?まさか蓮二や真田や赤也やジャッカルも?
何も悪いことなんてしてない。ただそこに存在して、生者と同じように笑って、彼らは生きているのと変わらない。
一掃される理由なんかないはずだ。それも強引になんて。

「っ赤也!もっと急げ!」
「待っ…待って、くださっ…」

霊達は学校から逃げられない。蓮二や真田やジャッカルは実態はあるが、あれらが街中に出てきたらパニックになる。
だから最も人に近い赤也が俺を呼びに来たんだろう。
逃げられないと知って。俺に助けを求めるために。

俺は更にスピードを上げた。
赤也は既に追い付いてきていない。






校門を入った所に、紫の集団はいた。
立海の七不思議達も全員揃っている。

「蓮二!無事か!?」

息を切らして近寄ると、蓮二は俺を見て溜め息を吐いた。

「…幸村、来たか。少し面倒なことになった」

面倒なことになったとはとても思えないいつも通りの冷静さで蓮二は言う。
ふと目をやると退魔師集団の足元にブン太が蹲っている。 
 
「ブン太!?」
「…おや、正義のヒーローの登場ですか」

紫の集団の眼鏡をかけたリーゼントの男が嫌味な笑顔を浮かべた。
どうやらこいつが集団のリーダー格らしい。

「やーがこの学校の霊達の頭かやー?」
「今更来ても遅いどー。この浮遊霊はもうじき成仏するさぁ」

成仏?どういうことだ。

ブン太に目をやると、何かを無心に食べている。

「これは沖縄のアグー豚の霊で作った慧くん特製のラフテー。霊でも食すことが可能です」
「うっめー、マジうめぇ〜!死んでからこんな美味いモン食ったの初めて!」

……………

「…え?この人達わざわざブン太にご馳走しに来たの?」

真田が苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「…丸井の食への執着を侮っていた…」
「…ここシリアスなシーン?豚が豚を食うという共食い的な意味で?」

ここに来る前は8割分かった気がしていた退魔師達の目的が分からない。
ブン太は俺が来たことなど気付いてないかのように食べ続けている。



「…このままでは丸井は成仏する」



蓮二がそう呟いた瞬間、前髪が一部白い長身の男が長い数珠をブン太に巻き付けた。
数珠は生きているかのようにブン太の体にまとわりつく。

「この迷える魂を在るべき場所に還し給え」

数珠がぎゅっとブン太の体を締め上げている。

「ブン太!」

なのにブン太は何も気付いていないかのように食べ続けている。俺の声も聞こえていないかのようだ。

数珠がブン太の体を通り抜ける。
ブン太の体が透き通り、向こう側の景色が見えた。



その瞬間、ブン太がいた場所には何も無くなった。
残された皿だけがカランと虚しく地面に落ちる。

「…ブ、ブン太…?」

沈黙だけがその場を支配する。
蓮二も真田もブン太がいた場所から目を逸らした。
遅れて追い付いた赤也の見開いた目に涙が溜まっている。

「う…嘘でしょ…?」

成仏したっていうのか?今ので?何で?

「嘘じゃないどー。俺の作った料理を食った霊はみんな知念の数珠で成仏する」
「彼が今食べた豚の霊を成仏させることでそれを食べた霊も強制的に成仏するんです」

ブン太…!霊の癖に意地汚いとは思っていたけどまさかこんなことで成仏するなんて…!
あいつは戦時中に餓死した子供の霊か何かだったのか?
あんなに食べ物に執着する霊がいるなんて…
俺の脳裏にこれまでのブン太との思い出が蘇る。料理をするブン太、俺が食べるお菓子を羨ましそうに見るブン太、牛肉を食べてみようとするブン太…

……………

…駄目だ、何かシリアスにならない。



「君にも自己紹介をしておきましょうか」

リーゼントが不敵な笑みを浮かべたまま一歩俺に近付く。

「俺達は沖縄で退魔師の修行を積み、日本全国のあらゆる霊を強制的に除霊する霊能力集団…俺はそのリーダーをやっている、木手永四郎」
「わんは平古場凛。主に札使いさあ」
「…今見てもらった通り、数珠使いの知念寛」
「わんは強制成仏の経文を読む甲斐裕次郎。よろしくな」
「わんは動物霊を料理する田仁志慧」

自己紹介を聞いているうちにじわじわ怒りが込み上げてきた。

「…何で霊を強制的に成仏させるんだ」

悪霊ならば分かる。だがブン太が何をした?
ただ意地汚いだけの、料理をするだけの気のいい霊じゃないか。
誰かに迷惑をかけたことなんて一度もない。

「決まっているでしょう」

木手はふっとどこか自嘲的に笑う。



「…怖いからですよ」



「……………」



……………は?

俺を始め、立海の霊達も固まった。

「俺達はね、怖いんですよ、霊が」
「うん、めっちゃ怖いよなあ、霊」
「俺なんか夜中トイレに行けんばぁよ」

…返す言葉がない。
俺は蓮二達にちらりと視線を向けた。
蓮二達でさえ珍しく当惑した表情だ。

「俺達は生まれつき霊力が高かったんです。君と同じように」
「やーとわったーの違うとこはわったーが怖がりだったってことさー」
「でーじ怖がりなのに霊が見える恐怖、やーに分かるか?」

退魔師集団は口々に霊への恐怖を連ね、俺に言い寄る。
一瞬消えかけた怒りがまた沸々と込み上げた。そんな理由でブン太を成仏させられたなんて。

「だからこんな恐ろしいものをこの世に野放しにしておくわけにはいかない!」
「そう考えて退魔師の修行を積んで血の滲むような努力をしたさー…」
「わったーは霊がこの世に留まることを許さん!どんな霊だろうと!」

力強く語り続ける彼らに、俺はにっこり笑いかけた。

「…そうだね、俺には分からないよ」
「そうでしょうね」
「小心者故に恐怖に打ち勝つ努力が必要だなんてどんなに辛かっただろう。俺は生まれてこの方努力なんてしたことないから分からない」
「……………」

黙り込んだ退魔師集団に俺は更に畳み掛ける。

「大変なんだね、霊が見えるだけの凡人って。修行って辛いんだろ?そんなことしなくても特殊能力を持つ俺には分からないけど…」
「…特殊能力?」
「ああ、見たい?俺の能力」

出来ることならもう言いたくなかったけど、仕方ない。
俺の背後で蓮二達がにやりと笑った。



「………魔王サタンよ、余の願い聞き入れ給え」

退魔師集団の顔色が変わった。

「正規手続きを踏んだにも関わらず強制的に霊界に送り返された憐れな魂達を、今一度現へ!」



俺の周りにはいつの間に現れたのか、大量の霊達。
その中には彼らが強制成仏させた霊もいるだろう。

霊の大群の中にブン太の姿を見付けて、俺は胸を撫で下ろした。

目の前で退魔師集団が崩れ落ちた。
…完全に気を失っている。
これで少なくとも俺の周りの霊達は安全だろう。
敵に自分達の弱点を自ら晒すなんてまだまだ甘い。



散り散りになっていく霊達の中、動かないブン太に俺は言った。

「…今度から俺の分の料理は無料提供にしてよね」

真田に頭を小突かれて、ブン太は照れ臭そうに笑って頷いた。



 


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