教室にて






その男達が現れたのは、5時間目。
俺はたらふく弁当を食べて、退屈な教師の念仏のような授業をBGMに睡魔に襲われている最中だった。



「失礼」

ガラリと教室の前の扉が開く音がして、俺は現実に引き戻された。
恐らくみんな半分眠りの世界だったのだろう。
一瞬の間の後に、教室内に黄色い歓声が響いた。

「キャーッ!くーちゃん!」
「久しぶり〜!どうしたの!?」
「光君こっち向いてぇぇぇ!」
「ケンヤー!会いたかったあ!」
「えーっ、金ちゃんはぁ!?」
「いやーっ!千歳くんがいる!珍しいっ!」

一気に騒がしくなった教室内に、目を丸くする。
どうやらみんな顔見知りらしいが、俺は見た覚えがない。

真っ黒なシャツに、真っ黒なスーツ、ネクタイまで真っ黒だ。
その黒を全身に纏った7人の男達は、騒がれるのも納得の美形揃いだった。
特に中心にいるミルクティ色の髪の男は、同じ男として嫉妬の対象にならないほどに格段に綺麗だ。

「金ちゃん来おへんかった?」

ミルクティ色が喋った。関西弁だ。
あんな人形みたいな顔をした男が関西弁を喋る姿は何だか不思議だ。

「金ちゃん?来てないけど…」
「あの子またいなくなったのぉ?」

女子がきゃいきゃいと華やいだ声を上げながら質問に答える。
優等生しかいない真面目な学校にいたって女子は女子だ。テンションが上がると止まらない。

「やっぱおらんか…参ったわぁ…」
「やっぱコシマエんとこじゃなかと?」
「ったく、目ぇ離されへんわ…」

ミルクティ色が、一際背の高い男と金髪の男に向かって呆れたように目配せする。

「…あ、あの…浮遊魂特別認定課の皆さん、何か…」

完全に空気と化していた教師が恐る恐る美形集団に声をかけた。

ふゆうこんとくべつにんていか?

余りにも聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「ああ、仕事で来たんやけどうちの遠山がまたどっか消えてん。探しとるんですわ。見掛けたら捕獲頼んます」
「わ、わかりました」
「まぁこないヒョロい先公ごときに遠山が捕まるわけあらへんッスわぁ」
「財前、言葉遣いには気ぃ付けなさい言うとるやろ。めっ!」

ミルクティ色が小柄な黒髪の鼻の頭を軽く突くと、教室内で悲鳴が上がった。

「…誰あれ」

余りの人気に若干引きつつ隣の男子に尋ねる。
彼はつまらなそうに美形集団を横目で見て、吐き捨てるように言った。

「…死神だよ」



……………



「………どういった意味の?」
「死神にそんなに種類あるのか?一番ポピュラーな意味の死神だよ」
「…あの、人の魂を狩ってあの世に連れていく骸骨の?」

本や映画でしか見たことのないイメージだけで聞くと、彼は軽く頷いた。

「まぁ、アレは骸骨じゃねーけど」

確かに骸骨じゃない。人だ。
皮を剥けばそりゃ骸骨だろうが、今の段階では人だ。それもとびきり上等の。



「………ん?」

ミルクティ色がふとこちらを見た。
そして、目が合った。確実に。ばっちりと。

「ぎんー、あの子、そうちゃう?」

ミルクティ色が呼んだ男は、死神というよりは僧侶のような佇まいの、スキンヘッドの大男。

「…ああ、そのようやな。鉄に聞いた姿と一致しとる」
「やっぱり。なぁなぁ、君ー」

声をかけられている気がする。だがきっと気のせいだろう。
俺は極めて自然に視線を逸らした。

「君やって。そこの美少年〜」
「何やっけ、名前」
「ユキ…ユキ何とかやったやんなぁ?小春」
「いやぁね、ユウくん。幸村君よぉ」

…幸村?

幸村俺だ!

畜生どうして俺ばかりこんな変な奴らと関わる羽目になるんだ。
並外れて高い(らしい)霊力と(特に要らない)特殊能力が恨めしい。

「ちょおこっちおいでー、幸村君」

ミルクティ色にニコニコと手招きされて、俺は渋々席を立った。

「先生、幸村君借りてもええですか?仕事の話あんねん」
「え、あ、ああ…はい」

気弱な教師も恨めしい。
教室を出る前に、俺は軽く教師を睨んだ。






「さて、とりあえず手短に自己紹介いこかー」

廊下を歩きながらミルクティ色はそう言った。
近くで見ても綺麗だ。とても死神とは思えない。
服装こそ黒づくめだが鎌も持ってないし。

「俺は白石や。浮遊魂特別認定課の課長。バリバリ中間管理職やで」
「浮遊魂特別認定課って何?」
「要するに浮遊霊がこの世に留まる為の手続きをする課や」

…浮遊霊って手続き踏んでこの世に留まってるわけ?

「書類書かせたり留まる理由の裏取ったり、結構忙しいんやで」
「あの世ってそんな役所システムなんだ」
「せやで。花形部署は残留魂回収課やけどうちらの課も必要な課や」

どうでもいいけど理解した。

「俺は謙也や。あんじょうよろしゅう」
「はぁ…あんじょうよろしゅう」
「俺は千歳ばい。幸村君に会ってみたかったけん、嬉しかぁ」
「はぁ…嬉しかですね…」
「財前ッスわ。思ったより優男ッスねぇ」
「こら財前、」
「はいはい、すいません」

金髪と、デカい男、小柄な黒髪。
覚えられない。

「アタシは小春!こっちはユウくん。幸村君ええ男やわぁ〜、ロック☆オン♪」
「小春!浮気か!死なすど!」

カマとガチホモ。

「ワシは銀や。先日は鉄が世話になった」

…鉄?誰?

「ま、あと一人ゴンタクレがおるんやけどそれはまぁ置いといて…この面子でやっとります。覚えとってな」

覚えられない。



「で、今日来た理由はやなぁ、鉄達のことやねん」
「鉄って誰?」
「誰って…こないだ鬼門閉じたんやろ、幸村君」 
 
閉じたけど…誰?

首を傾げていると、千歳とかいう男がニコニコ笑って言った。

「そん時逃がした男ら、おったとやろ」

脳裏にフラッシュバックする、ライオン。

「………ああ、橘君」
「そう、それや」

白石が俺に指を突き付けた。
指先まで綺麗だ。艶々した爪をじっと見る。

「君が橘君らを逃がしたおかげで俺らの仕事が増えてん」
「橘らは今不正にこの世に留まっとることになるっちゅー話や」
「で、提出してもらうための書類を持ってきたわけや。分かったかアホ」

ユウくんとやらが苛々した様子で書類の束をバサバサ振る。
あんなに書く書類があるんじゃ霊達も大変だろう。

「死神の仕事場の入口は大阪やさかい、関東まで来るんはしんどいわぁ」

小春が肩を回す。すかさずユウくんが小春の肩を揉み出した。
死神なんだからひとっ飛びだろうと思ったが、違うんだろうか。

「関東部署とかないの?」
「死神は日本全国が仕事範囲なんスわ」

光はめんどくさそうに腕時計を見た。

「白石課長、はよせんと17時までに終わらへんで」
「せやな。今鉄達はどこにおるん?」
「…その書類を提出すれば橘君達は現世に留まれるわけ?」
「留まりたい理由にもよるけど、出さんことには霊律違反や」

霊界にも法律があるらしい。
だがともかく強引に霊界に連れ戻されるわけではなさそうだ。

「…都内の不動峰中を拠点にしてるって聞いたけど」
「おおきに」

白石は綺麗な顔で笑った。

「銀も千歳も楽しみやろ。橘君と鉄に会うん久しぶりやもんなぁ」
「せやなぁ。鉄が死神界の霊律に違反して霊界に堕とされて以来やからなぁ」
「俺は桔平が死んだ時霊界に引っ張っていった時以来ばい」
「千歳もあん時橘君とトラブル起こさなければ花形部署のままでおれたんになぁ」

7人は俺を置いてきぼりにして楽しそうに会話を続ける。
不動峰中のことを知りたかったようだし、俺はもう用済みだろう。
そう思って彼らに背を向けた。

「…あ!待ちいな、幸村君」

謙也に呼び止められて、俺は振り返った。

「これ、仁王に渡しといて」

手渡されたのは小さめの黒い封筒。

「何で?自分達で渡せばいいじゃん」
「仁王は俺らの前には姿現さんねん、絶対」 
「…何で?」
「アイツも違反者やからなあ」

困ったように笑う謙也に首を傾げて、俺は封筒を裏返した。
表面には赤い文字で「警告」と書かれている。

「……………」
「幸村君からもちゃんと書類提出するように言うといてや」

仁王…

確かに仁王はこういう手続きをきちんとするタイプには見えない。
でもこういった重要な手紙は他人に任せるべきじゃないだろう。

「自分達でどうにかしてよ。めんどくさい」

俺だって仁王にはあまり会わないのに。
渡したところで俺が相手じゃ見もしないのがオチだろう。

「不動峰行った後にまた来てくれれば俺が仁王押さえとくし」

俺からしたらかなりの譲歩だった。
相当協力的な発言だったはずだ。

なのに、白石はとびきりの笑顔ではっきり言った。



「俺ら、17時以降は仕事せえへんねん」



俺の手に黒い封筒を残したまま、役人達は消えた。



今日分かったこと。
お役人は現世も霊界も変わらない。



 


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