グラウンドにて






幸村精市、中学三年生。

(若干人より裕福な)ごくごく普通の両親から生まれ(若干人より裕福な)ごくごく普通の環境で育った。
これまでに、おかしな経験をしたことはない。
例えば、人には見えないものが見えるとか、人とは違う能力があるとか…そういったものの一切ない、現実を歩いてきた少年。

…だったはずなのだ。俺は。



今日の帰りはグラウンドを突っ切って帰ろう、と思ったら、グラウンドの隅にジャッカルがいた。
褐色の肌は日陰の中でいつもより色濃く見える。
人体模型にしては大きな体を小さく丸めてしゃがみこんでいる背中に、俺は声をかけた。

「ジャッカル、何してんの?」
「おう、幸村」

背中から覗き込んでみると、地面に敷かれた古新聞の上に、大腸やら小腸やらが所狭しと並んでいる。

「たまには虫干ししてやんねーとな」

便利でいいな。人間もこうして自分の内臓を洗ったり干したり出来れば健康になれる気がする。
普通の学校なら先生がこういうことをするんだろうか。見たことないけど。
人体模型本人がやってくれるのならば先生も仕事が減ってさぞ有難いだろう。

「幸村は帰りか?」
「うん、今日は蓮二が赤也に勉強教えてるから」
「…悪魔が勉強?」
「一般常識という名の」

ああ、とジャッカルは納得したように頷いた。
赤也は人と接したことがなかったせいか、極端に常識がない。
この世界では力が落ちるとはいえそれでも人間とは比べ物にならない力があるので、生徒達に怪我でもさせたら大変だ、と時々蓮二がこの世界の常識を教え込んでいるのだ。



晴れた昼下がり、悪魔だ何だと俺は何を言ってるんだ、と思う。しかも相手は人体模型。
こうも天気がいいと、自分の現状があまりに現実離れしていることに気付く。

「…今日は暑いなぁ」
「そうだな。水分はしっかり摂れよ」

こんな普通な会話。
すっかり馴染んでしまっている自分に驚く。

だって俺は立海に転校するまで霊の存在なんか信じてなかった。というより、考えたこともなかった。
そのくらい縁遠い世界の話だったのだ。
なのに今俺は、当然のように、むしろ生活の一部として、受け入れている。



「…霊って皆に見えてるの?」 
 
今まであまり考えたことのなかった問いだった。
ジャッカルはきょとんとして俺を見上げる。

「…ああー、そうだな、実体のある俺や柳や真田、あと赤也なんかは皆見えてる」
「仁王とか柳生とかブン太は?」
「見えない奴もいる」

そうなのか。あまりにもくっきり見えてるから皆見えてるのかと思った。
そういえば仁王と柳生は元々滅多に人前に姿を見せないんだっけ。

「ブン太は姿を隠したりはうまくないんだ」
「ふーん…」
「それでもこの学校じゃなかったらブン太の姿は見えないと思うぜ」
「どういうこと?」

ジャッカルが言うにはこの学校は特別な場所に立っているんだそうだ。
霊の集まりやすい磁場のようなものらしい。そしてその影響か一般の生徒達の霊力も若干上がっている。

「霊力が上がってるから本来なら見えないはずのものでも見えやすいんだ」
「じゃあ学校の外だったら俺も仁王達のこと見えないのか」
「…幸村は、見えるんじゃないか」

そんなはずはない。
だって俺は立海に転校してくるまで霊なんて一度も見たことはない。

「…見えすぎてるのかもしれないぜ」
「え?」
「仁王達見りゃ分かると思うけどさ、霊って別に普通の人間と大差ねーんだよ、見た目は」

ああ、確かにそうだ。
霊っていうとおどろおどろしい、血塗れで恨み言言ってるようなそんなイメージだけど、彼らは至って普通に過ごして、喋って、笑ったりもする。

「ちょっと霊力があるくらいの奴だと、半透明とかに見えたりするんだって」
「そうなんだ」
「この学校の奴らも大半はブン太を見ても少し透けてるとかぼんやりして見えたりしてるらしい」

え、嘘。ブン太めっちゃくっきりじゃん。普通の人より線太いくらいじゃん。

「だからさ、お前は今まで霊だって気付かずに霊と接してたのかもしれないな」

……………

「…俺霊力強いの?」
「かなり」

……………マジで?



黙り込んだ俺の顔をジャッカルが心配げに覗き込んだ。

「ゆ、幸村?大丈夫か?熱射病か?」
「…うん、大丈夫」

自分でさえ知らなかった自分の事実に愕然とする。
霊力が高かったことは特に問題じゃない。
今まで一切の違和感に気付かなかった自分にビックリし過ぎて頭が働かない。

そういえば小さい頃からやけに空を飛べる友達が多かった。
家に帰ってる様子もなく、別れてすぐ振り返ったらもういない、なんてこともよくあった。
そんな違和感の塊を普通に受け入れていた俺って…!



俺はジャッカルに挨拶して校門を出た。

街に出て人々の間を縫って歩く。
誰かと擦れ違う度にあれはどっちだろう、なんて考えてしまう。
肩に軽くぶつかって無言で去っていた男、あれは人間だろう。
ベンチで友達同士で喋る女子高生、あれはどうだ?

区別がつかないというのはさすがに少し、困る。






翌朝下駄箱の近くで、男子生徒のネクタイの締め方がなってないとか何とか生活指導の先生らしき説教が聞こえてきた。

真田だった。

「む、幸村。おはよう」

俺に気付いた真田が声をかけてくる。その隙に説教されていた男子は逃げた。

「…真田…」
「どうした、元気がないな。朝食を抜いたのか」
「真田、俺…」

きっと真田は俺の霊力が高いことに気付いていない。

「俺…霊力が物凄く強いみたいなんだ…」

俺がそう言うと、真田は眉を寄せた。驚いているんだろうか。

「…知ってるが」



……………マジで?

「え…?幸村は気付いて無かったのか…?」
「え…?いつから知ってたの…?」

真田は驚くべきことを平然と言った。

「お前よく仁王の肩を叩いたり柳生の眼鏡を取ったり丸井の腹を摘まんだりしてるだろう。…あれ、普通出来ないぞ」



……………マジで?

普通触れないの?

そういえば仁王と一緒に歩いていると他の生徒はするりと仁王を通り抜けていた気がする。
ピアノの椅子に座る柳生の上に思いっきり他の生徒が座っていたこともある。
料理をするブン太が机も生徒もお構い無しに縦横無尽に歩いてる所を見たこともあった。

俺はまた違和感の塊を見逃していたのか。

………俺はチャイムが鳴るまで愕然とその場に立ち尽くしていた。



 


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