南棟・トイレにて






赤也が南棟のトイレに住むようになって、一週間が過ぎた。
念願の花子さんになれてさぞ喜んでいるだろう。
何せ今までロクに人と会うことが無かったんだ、きっと昼間生徒達と接してスクールライフを満喫しているに違いない…



…と、思っていた。






「赤也、お茶を飲むか?」
「ッス」
「ありがとうございます、と言わんか!」

…何故俺はこんなところにいるんだろう。

「幸村君、クッキー食う?2000円也」

ブン太が差し出すクッキーをやんわり断る。金を取られるからじゃない。いや、もちろんそれもあるが。



「…さすがにトイレで何か食べる気にはなれないからね」



俺は赤也の住む南棟トイレに来ていた。
目の前にはこの学校の七不思議が揃い踏み。
男子トイレの床のタイルにレジャーシートを敷いて、持ってきていたお茶を紙コップに注ぐ蓮二が首を傾げた。

「人間というのはそういうものか?」
「ま、気分のええモンではないのぅ」

天井付近をふわふわ漂っていた仁王が俺の代わりに答える。柳生も何度か頷いた。
さすがこの二人は元人間だ。
ブン太はきっと今は人の形を取ってはいるが生前は家畜か何かだったんだろう。

「ていうか悪魔ってお茶飲むんだ…」
「実体ありますからね、一応」

赤也は蓮二のお茶を一口飲むなり「にがっ!」と叫んで吐いて真田に殴られている。
いくらこのトイレが綺麗で、マメに掃除もされているとはいえ、仮にも大勢の人間が排泄する場所で飲食出来るとは…やはり人とは感覚が違うんだな。こんなことで実感するのも微妙だけど。



「…で、今日は何なのさ、赤也」

そう、今日七不思議+俺をこの場所に呼び出したのは他でもない赤也だ。
何やら頻繁に赤也の面倒を見にこのトイレに通ってる蓮二づてに集められた。
蓮二が言うには「何か相談があるらしい」とのことだったが。

「そうそう!それッスよ!」

あんなに固そうな手甲を付けた真田の手に裏拳を喰らっておいてこの回復の早さ、さすがだ。

「俺っ、このトイレに住むようになって思ったんスけどっ!」

ジャッカルが自分の内臓(あれは膵臓…いや、脾臓…?)を体から取り出して磨いている。俺はそれを横目で眺めた。



「この学校の奴らっておかしくないッスか!?」



……………

「……………おかしさの代表みたいなお前が何を言ってるのさ」

ああ、赤也の言う通りこの学校はおかしい。間違いなくおかしい。
だがこの学校をおかしいと言わしめているのは俺の目の前にいるこの異形の者達のせいだ。
赤也以外の皆は大体俺と同じ意見なのか、その表情は複雑だ。

「…赤也、お前は何故そう思うんだ?」

さすが蓮二、赤也の教育係。きちんと話を聞いてやろうという姿勢が優しい。
俺はまた目線をジャッカルの手元に戻した(あれは…肝臓?)

「だって…この学校の奴ら、俺がこのトイレに引っ越してきた初日に何て言ったと思います!?」
「何て言われたんだ?」
「『あ、新顔?何?霊?妖怪?何でもいーや、よろしくー』って言ったんスよ…!」
「……………」

そりゃあそうだろう。珍しくないんだから。

「俺あの日最初が肝心だと思ってめっちゃ気合い入れて本来の姿で出たんスよ!?」
「なに、本来の姿って」
「あ、幸村君はご覧になったことがないんでしたね」
「赤也は魔界では今のこの姿とはちげーんだよぃ」

ブン太によると、本来魔界にいる時の赤也は、白い髪に赤い肌、鋭い角を生やし、赤い目をしていて、それはそれは見る者の肝胆を寒からしめる姿らしい。
この世界では力が落ちるらしくその姿を保てないが、感情の変化で元の姿に戻れることもあるんだとか。

赤い肌…角…

「…赤鬼?」

話を聞くだけじゃ昔話に出てくるような赤鬼しか想像出来ない。
俺がそう言うと赤也はがっくりと崩れ落ちた。トイレの床に。

「…ソイツにも言われたッス…『もしかして鬼?鬼っているんだー』って…」
「鬼っているの?」
「いるけど、悪魔とは比べモンにならねーくらい地位は低いんだぜ」

ジャッカルが小声で教えてくれた(さすがに心臓は念入りに磨いている)

「っ…この!魔界でも恐怖の象徴だった、この俺が!出てもビビられない上に…っ、鬼ごときと一緒にされるなんて!!!」

赤也はバタバタと手足を暴れさせながら転げ回る。トイレの床で。
余程悔しかったのか涙目で、今のこの姿には恐怖どころか憐れみしかない。
蓮二は暴れる赤也の前からそっと紙コップを安全な位置に移動させた。

「っおかしいですよね!?」

一頻り暴れた赤也は、顔をガバッと上げて俺達を見る。

「…赤也、ここの生徒達は異形の者に慣れているのだから仕方ない」
「そうだぞ!こんなに俺達にとって過ごしやすい環境はない。感謝すべきだ!」

蓮二と真田にあっさりそう言われて、赤也は泣きそうに顔を歪めた。

「それに悪戯に人を驚かすものではありませんよ。お世話になっているのですから感謝の心を持たなければ」
「人の相談に乗って感謝されるのも悪くないモンだぜ?」

柳生とジャッカルが優しく諭すと、赤也は唇をわなわなと震わせる。

「アンタらもおかしいッスよ!俺達普通はヒトを怖がらせる存在っしょ!?」
「俺はよう生徒達を泣かしとるぜよ。霊らしかろ?」
「アンタのは怖がらせてるんじゃなくて悪質な嫌がらせだ!」

赤也の言葉はもっともだ。俺は力強く頷いた。

「そうイライラすんなよ。クッキー食え」

ブン太がクッキーを差し出すと赤也はあっさり受け取った。
赤也が金を持ってるとは思えないんだがどうするんだろう。

もぐもぐとクッキーを頬張る赤也の頭を蓮二が撫でる。ペットと飼い主みたいだ。かわいい。

「赤也は一体どうしたいんだ」

蓮二が尋ねると、赤也はクッキーの欠片で口元を汚しながら言った。



「怖がられたいんスよ!当たり前でしょ!?」



異形の者に取っては当たり前なのかと思って六人を見ると、皆一様に首を傾げていた。






「赤也の言うことも分からんでもないがのぅ」
「そうですか?私は理解出来ません」
「せっかく異形の者として存在しているのだから、という言い分は一理あるな」
「だからって何もしてない生徒達を脅かすのもなぁ…」

南棟のトイレから出て各々の場所へ帰る道すがら、彼らは赤也の話をそれぞれ考えているようだった。
ぎゃあぎゃあ喚く赤也は蓮二が手際よく宥めた。

その彼らの後ろを歩きながら、納得出来ないのが一人。

俺だ。

……………

「幸村?どうしたのだ」

終始無言な俺に気付いた真田が足を止めると、全員が止まって俺を見る。

「…何で俺呼ばれたの?」

人なのに。

今日の赤也の話の内容からしても、ただの人である俺に聞かせる内容じゃなかったように思う。
人を怖がらせたいのなら異形の者達だけで話すべきなんじゃないのか?
いくら考えてみても俺が呼ばれた理由が分からない。俺は特別霊達のことに詳しいわけでも何でもないのに。



「………幸村君は、普通じゃねーから」

ブン太が小さく言って、また歩き出す。
それを合図に皆また歩き出した。
今度は全員無言だ。静かな廊下に七人の足音だけが響く。



普通じゃない?俺が?何で?



「いずれ分かるさ」

別れ際蓮二がそう言ったから、いずれ分かることなのだろう。

この時俺は、これからこの学校で起こる恐るべき闘いに自分が巻き込まれることを心のどこかで予感していた―――



なんてモノローグを期待したが、そのようなことはまったくない。

それどころか赤也はあれだけ駄々を捏ねていたにも関わらず、すっかり生徒達に馴染んでスクールライフを満喫している。



今日も平和だ。



 


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