春企画

モンマルトルの鼠達


桜の樹の下には死体が埋まっている。
というのは日本の有名な作品の冒頭文である。
学生時代に誰かから聞いて以来今の今まで思い出しもしなかった言葉の羅列が、なぜ今ふと頭によぎったのかというと、まさに今俺たちがその冒頭文の現場を作り上げようとしているからである。

死体を隠そうと言ったのは俺で、じゃあ土に埋めようと言ったのはバーティで、燃やしてから埋めた方がいいんじゃない、と言ったのはナマエだった。
土葬文化の残るこの地でそんなことしたら足がつくだろうと異議を唱えると、火葬文化の人間がやったという目眩しになるわ、と言われ、渋々納得しこの状況である。
魔法を使うとバレるだろうからと人力で穴を掘り進め、そのくせ死体に呪文でツタを巻き付け、なんともちぐはぐな証拠隠滅だった。

「死後の裁判が本当にあるなら、俺たち全員務所行きだな」
「務所っていうか…地獄だろ。ナマエはまだ情状酌量の余地があるだろうけど」
「そう? でも一人で天国に行ってもつまらないし、仕方ないから一緒に行ってあげるわよ」
「いいねその台詞。俺が言いたかった」

バーティが最後の死体を穴に放り投げながら言った。
地獄も天国も信じていないけれど、もし死後の裁判がありこの出来事を咎められたら弁明くらいはさせて欲しい。彼らの死は因果応報である、と。

用意していた新聞を死体を隠すようにばら撒いた。風が吹き、桜の花びらが最後の別れを惜しむかの如く穴に吸い込まれるように落ちていく。何度も言うが単なる死体処理だ。言葉を選んだところで絵面は最悪なのだが、桜と死体の組み合わせというのは確かに趣深いものがあった。

「火はどうする。杖使うとあとあと面倒だぞ」
「マッチ持ってきたわ。あと一応ブランデーも」
「料理の下準備じゃないんだから」

やんわりとナマエに苦言を呈したが、彼女はお構いなしにブランデーの蓋を開けてドボドボと新聞紙に染み込ませていった。
中身が空になるとそのボトルも穴に投げ、ポケットからマッチを取り出して火をつけてそれも投げた。

穴の中で一瞬、ぼうっと炎が灯った。しかしまだ全体に行き渡るほどの火力ではなく、待つことが嫌いなナマエはまたマッチを擦って投げた。間髪入れずにもう一本。また一本。擦っては投げ擦っては投げ、俺とバーティは大人しくその様子を見ていた。

全てのマッチがマッチとしての役割を終えた頃には穴の中は地獄の業火と化していた。
人間とツタと紙と酒でこれほどまで燃えるかね、とバーティが皮肉っぽく呟くと、こうはなりたくないわね、とナマエが言った。こいつ恐らく死体になにか細工したな、と思ったが、真相を聞くのが怖かったので言うのはやめておいた。

「…煙が厄介ね。臭いも」
「消す道具なんて持ってきてないぞ」
「魔法でなんとか誤魔化すしかないわね。動物たちが寄って来ないように、周りに動物除けをかけてくる」
「馬鹿、危ないだろ」

この場を離れようとするナマエの手をバーティが掴んだ。
平気よと言いたげな彼女を遮り、俺が行くからお前らはここにいろ、とナマエに待機を、俺に見張りを任せ、闇の中に消えていった。
不服そうなナマエを見て思わず笑ったら、なによ楽しそうにしちゃって、と怪しまれた。

「いや、かっこいいなって思って」
「そう? いつも通りよ」
「あ、じゃあもうああいうので惚れ直したりしないんだ。昔はそれで一喜一憂してたのに」
「そうね。惚れ直す必要がないくらい惚れたのよ、きっと」

ナマエはそう言って少し嬉しそうに笑った。
月の明かりに照らされたその横顔が、俺にはあまりに目に毒だった。
わたしたちがこうなったのは、俺のせいだと、言われているようで。

また風が吹いた。
煙と桜が同時に俺たちを襲い、慌てて穴から背を向けた。
ああ、そういえば煙と臭いをどうにかしなきゃなんだと思い出して杖を手に取った。どうしようか、とナマエに聞こうと彼女の方を見ると、後頭部にちらほらと桜の花弁がついていた。

ナマエはそれに気づいていないようで、そのままにしておくのも面白いと思ったのだが、見て見ぬ振りもできず、手を伸ばして一枚ずつ取った。

「花?」
「ああ」

取った花弁を手のひらに数枚乗せてナマエに見せた。
綺麗ね、でも、ありがとう、でもなく、ナマエはふぅ、と息を吹いて花弁を飛ばした。
花弁はゆっくりと踊るように地面に落ちていった。

「懐かしい。覚えてる? 花を解剖して品種改良しようとした時のこと」
「勿論覚えてるよ。薔薇の花びらを何枚剥がしたと思ってるんだ」
「結局薔薇キメラみたいな…よくわからないものが完成したのよね。あの時の何でもやってやる、みたいな探究心って一体なんだったのかしら」
「思い出作りだよ、きっと。こうして大人になった時にあの頃は良かったと懐かしむための」
「なるほど。一理あるわ」
「あの頃に戻れたらって、思う?」
「いいえ。全く。だって今が一番楽しいもの」

ナマエはそう言って、ニヤッと笑った。
数々の修羅場を経験していないとできない顔に、俺は少しだけ拍子抜けした。
ナマエはそんな俺を見て満足したように笑い、自分の杖を取り出した。

「さ。やるわよレギュラスくん。わたしは臭いを何とかするから、煙をお願い」

ナマエはそう言って振り返り、桜の花弁を踏みしだきながら穴の方へと歩いて行った。
俺は黙々と立ち込める煙を見ながら、どうしたものかと頭を悩ませながらナマエの後を追った。
しかし自然と口元には笑みが浮かぶ。
こんな状況を楽しんでいる不謹慎な大人になるなんて、誰が想像しただろうか。

帰ってきたバーティにナマエと同じ質問をしたら、彼は少しだけ考えた後、「お前と親父を一発ずつ殴れるなら戻る」と答えた。
俺はそれを聞いて、「それにしても今日の月は見事だね」とはぐらかした。




相手・お題「ハリポタキャラ(おまかせ)・背燭共憐深夜月 踏花同惜少年春(和漢朗詠集・春夜より)」
title:ミポリを見て死ね


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