春企画

夏の悪夢は消えた


全ては自業自得だった。
何もせずに終わったあの試合。なにもせずに終われたならまだ良かったのかもしれない。でも、あの人に向けた暴言とも取れる俺の言葉を思い出すと、俺はしばしばベッドの縁に頭を叩きつけてそのまま死んでしまいたいくらいには、後悔していた。
後悔というか、要するに、臆病な自尊心と尊大な羞恥心に悩んでいた。

満を持して、それをナマエに相談したら、奴は今世紀最大のしょうもない奴を見る目で俺を見た。

「最低やな」
「正論言うな。泣くぞ」
「勝手に泣いとけや。ホンマなんでもかんでも口に出す性格直したほうがええんとちゃう」
「今は説教よりどうしたらいいか教えてや。マジで悩んでんねん。最近毎晩寝る直前になると思い出す」
「トラウマになってるやん。…まぁそうか。アンタの場合はそれ言ってからの自分の試合やもんな。へこみ具合が違うわな」
「思い出させんな」
「自分から言うたくせに」

ナマエはため息交じりにチューニングの作業に戻った。
俺はそれをぼーっと見ながら、これからどうすべきか考えた。

全国大会の青学戦で、俺は青学の河村さんに向けて「青学のお荷物」と言った。
誰がどう見ても師範の方がリードしていた。パワーだけの河村さんと、パワーと同等のテクニックを持つ師範。比べちゃ悪いが、圧倒的なのはこっちだった。
絶対に師範が勝つと思った。でも、結果は青学の勝ち。火事場の馬鹿力というものを見せつけられた気がした。

そして俺の試合。
語るに値しない、凄い試合だった。

あれから半年が過ぎ、三年生は昨日卒業式を迎えた。今日はもう校舎に三年生の姿は無い。
卒業という言葉が、俺の中のあの人への罪悪感を鮮明にした。

「他校の三年生にお荷物ですねはあかんやろ」
「わかってんねん。いちいちほじくり返すな」
「なら謝れや。白石さんなら向こうの学校の人とも連絡取ってるやろ」
「連絡先は知っとんねん」
「かけろや」
「ちゃうねん、家の電話やねん。いや、店か」
「は?」
「その人、寿司屋やってんねんて。で、昨日東京の食べログ探しまくって見つけた。多分これやと思う」

昨日取ったスクショをナマエに見せると、へぇ、と言って自分のスマホをポケットから取り出した。

「かわむら、すし…あーあったこれか。高そうやな」

と言うと、そのままスマホを耳にあてた。

は、と俺の口から言葉が漏れると同時に電話が繋がったのか、もしもし、とナマエの口が動いた。

まさかコイツ、かけたんか。
次の瞬間、疑心は核心へと変わった。

「あ、どうも。わたくし、河村隆さんと同じクラスの者でして…あ、そうでございますか。ありがとうございます、すみません」

ナマエがグッと親指を立てた。
俺はその親指を力いっぱい逸らした。

「何してくれとんねんお前は!?」
「やめろやバンドマンの指をなんやと思てんねん。今お父さんが出て、ちょうど息子いるから代わる言うてくれてんねん。まぁ待っとけや」
「頼んでへんやろ!」
「でも頼むつもりやったんちゃうん? …あ、河村さん? 河村隆さんご本人?」
「!」

電話がつながったのか、ナマエの口調はさっきの意味の分からない敬語から普段の口調に変わった。

「わたし、四天宝寺中のミョウジナマエ言いますけども…ええ、嘘ついてすみません。わたしの友人がですね、あなたと話がしたいと言ってまして。今お時間、よろしいですかね。…あ、どうもどうも。ほな代わります」

勝手に承諾を得て、ナマエはスマホをスカートで軽く拭いてから俺に渡してきた。
払い除けることもできず、俺はしぶしぶそれを受け取った。

ナマエはそのままその場を離れようとしたが、俺はすかさず奴の手首を掴んで静止させた。行くな、と目で訴えると、子供の我儘に手を焼く母親のようなため息をついてギターの弦に手を置いた。

スマートフォンを、恐る恐る耳に当てた。
電話口で、向こうはどんな顔をしているんだろうと思った。ごくりと唾を飲み込んでから、あの、と第一声を発した。

「四天宝寺中二年、財前光です。河村、隆さん、ですか」
『! ああ、誰かと思ったら財前くんか』
「その…お久しぶりです」
『びっくりした〜。どうしたんだい? なにかあった?』

明るい声が余計に罪悪感を掻きたてた。
心臓が蝕まれる感触を全身で受け止めながら、俺は言葉を見つけた。

「どうしても、謝っておきたくて」
『…』
「全国大会の時、失礼な事言うて、すみませんでした」
『…あー…あの時かぁ』
「…ッス」
『いやー実はさ…あんまりよく覚えてないんだよね』
「え」

腑抜けた俺の声を聞いて、電話の向こうの河村さんはあははと大きな声で笑った。

『がむしゃらで意識朦朧としてたし、ほら、四天宝寺の人たちのコールって結構強くて怖かったのが多くて、誰が何を言ったのか、俺が言われているのかなんなのかよくわかんなくって。お荷物って言われた時も、ああ誰か言ってるな〜程度に思ってたよ。でもその結果力を振り絞れて勝てたって言うのもあるし、まぁ物は使いようだよね』
「あ…そう、だったんすか」
『そうそう! でも謝ってくれてありがとう』
「…いえ、そんな…すみません」

俺が目指したくても目指せない程のおおらかな心の持ち主であることがうかがえた。
スマホを持つ手の震えは自然と止まり、俺はそのまま食い気味で話をつづけた。

「卒業式、終わったんですか」
『うん、一昨日に終わって今は休みなんだ。朝から晩まで寿司の修行してる』
「高校行っても、テニスやるんですか?」
『いや、テニスは中学までって決めてたんだ。実家が寿司屋だからその手伝いしたくて』
「そう、なんですか」
『財前くんは、今年部長?』
「はい」
『そっか。頑張ってね』
「…ありがとうございます」
『今度東京に来ることになったら、うちにも来てね。美味しい寿司握るよ』
「…行きます、絶対。…あの、河村さんも頑張ってください。…じゃあ、はい。…失礼します」

向こうが切るのを確認してから、電話を切った。

シャツで画面を軽く拭いてから、ナマエにスマホを返した。
体に溜まっていた羞恥心、罪悪感、焦燥感、倦怠感、その他もろもろが消えていくのが分かった。視界も幾分透き通っている。

「どやった?」
「…胸のつかえは取れたわ」
「そ。なら良かった」

他人事のように呟いて、ペグを締めた。

どこまで本気でどこまで本当のことかわからないが、これ以上詮索し続けると流石に精神が音を上げるだろうと思い、河村さんの言葉をそのまま受け取ることにした。
大人な対応やなぁ、としみじみ思う反面、俺はいつまでたってもガキやなと、自分でまいてきた種を掘り返したくなった。

「…そんな光の為に、歌います」
「ええて」
「エレファントカシマシで…『穴があったら入りたい』」
「マジでどんな選曲やねん」

ナマエは俺の言葉なんて無視してそのままおぼつかないギターと共に歌いだした。

ふと外を見ると、鯨の腹のように厚い雲が、太陽に照らされてオレンジ色に光っていた。



相手・お題「財前光(夏とロックとティーンエイジャー)・雪解け」


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