春企画

狡く、儚く、恋しく


俺がいない間、よろしくね、と。
毒の抜けた笑みで幸村が言った。
入院当初の刺々しい態度は春の訪れと共に徐々に剥がれていき、良くも悪くも今の状況をしっかりと受け止め、友人たちに優しい笑みを向けるようになった。

真田は襟を正し一言、任せておけ、と答えた。
幸村はそれを見て、本当に大丈夫かなぁ、とおどけて笑った。真田は少しムッとしたが、問題ない、と再度念押しした。
幸村はまた朗らかに笑い、詳しいことはミョウジさんが知ってるから、頼んだよ、と言った。



「咲いたな」
「咲いたねぇ」

赤いアネモネの花弁が風で揺れた。
真田とミョウジはしゃがみながら、視界に映る色とりどりの花が揺れる様を眺めていた。
これだけの花をこさえることができて、鉢も自分の役割を全うしたことを誇りに思うのではないだろうか。

「写真、撮らないの?」
「あ、ああ…。そうだったな」

真田は慌ててポケットから携帯電話を取り出し、カメラを起動させた。ミョウジも横から画面を覗きこんだ。
ズームをしたり、自分の手を引いたり近づけたりしながら写真を撮ろうとする真田の姿はなかなか可愛いものがあった。もう少しその様子を眺めていたかったので、ミョウジは助け舟を出さなかった。

真田は何かに気づいたようで、鉢に手を伸ばした。
何をする気だろう、と観察していると、真田はネモフィラに隠れていたネームプレートを引っこ抜き、見えるように刺し替えた。
そこには、綺麗な字で「幸村」と名前が書かれていた。

ようやく納得のいく構図になったのか、パシャリ、とシャッター音が聞こえた。
ミョウジはすかさず、他の鉢にもある幸村のネームプレートを見えるようにした。

「すまん」
「いえいえ」

短く礼を言い、真田はまた写真を撮る作業に戻る。
しばらくして全ての花を写真に収めることができた。
よしこれでいいだろう、と真田が携帯電話を仕舞おうとすると、ミョウジが右手を差し出してきた。

「…? なんだ?」
「撮ってあげるよ。花と一緒に」
「いや、俺は別に…」
「俺が責任持って育てました感が出るじゃん。いいからいいから」

あどけなく笑うミョウジに負けて、真田はしぶしぶ携帯電話を渡した。
ガラケー懐かしいなー、とミョウジは笑いながらそれを受け取り、少し離れたところに移動した。

携帯電話越しに自分を見るミョウジに、一体どんな顔を向けたらいいのかわからない。
いつもより固い顔の真田にミョウジは笑いながら、ピースしようピース、と助言した。真田はまたぎこちなく腕を上げて、ピースサインを作る。表情と挙動のアンバランスさがまた可愛らしく、ミョウジはあははと声をあげた。

「はい、チーズ」

カシャリ、とシャッター音が響く。
写真の中の真田は、笑っていなかった。

「もっと笑ったらいいのに」
「俺がさも自分の手柄のように得意げに笑ったら、幸村に悪いだろう」
「そうかな? あ、ケータイ返すね」
「…自分はいいのか?」
「え?」
「写真を撮らなくて」
「え…うーん。いいんじゃない? 幸村くんもわたしと花の写真なんていらないでしょ」

ミョウジは自虐めいたことを笑いながら言った。真田もそれ以上は何も言えずに、そうか、とだけ呟いた。

俺なんかの写真より、お前の方がよっぽど喜ぶ。
心ではそう思っていたものの、幸村が今のミョウジの姿を見れないことに少しの安堵を覚えた。

真田が屋上に足を運んで一ヶ月余りが経とうとしていた。
幸村が入院中の間、彼の花の世話を任されたのが真田である。その際に、園芸部のミョウジのことを知り、こうして彼女と交友関係を築き上げるきっかけとなった。

しばらくして、自分が彼女に特別な思いを抱いていることに気付いた。
そして同時に、今の自分の立ち位置は本来幸村がいるべき場所であり、そんな自分がこんなことを考えること自体が幸村への裏切りである、と。友への罪悪感に苛まれていた。

しかしそれも今日で終わる。終わってしまう。
真田はどこかホッとしたと同時に、侘しさを感じていた。

無事咲いたぞ、と文字を打ち込み、写真を添付する。
自分が写った写真を送ろうか悩んだが、せっかくミョウジが撮ってくれたものだったので、一番最後に添付し、送信した。

「送った?」
「ああ」
「よし、じゃあ休憩しよっか。あ、そうだいいとこ教えてあげる。と言っても、すぐそこなんだけど」
「?」
「桜が、よく見えるんだよ」

ミョウジはそう言って、早足で柵の方へ走った。真田も携帯電話を仕舞い、後を追う。
そこには確かに、自分がいつも歩いている桜並木が見えた。

「綺麗だねー」
「…そうだな」
「桜ってほら、下から見ることはあるけど上から見ることってほとんどないじゃん? 上から見るのも乙だよねー」
「桜も好きなのか」
「うん。まだ今年お花見してないから、早くしたいな。来週には散っちゃいそうだし」
「花見? 家族でか?」
「ううん。園芸部で。毎年この屋上で花見してるの」
「桜との距離がだいぶあるようだが」
「いやほら、チューリップとかたくさんあるし」
「それは花見なのか?」
「花は見てるもん」

口を尖らせながらミョウジは言った。
真田はその表情に一瞬ドキリとしたが、ミョウジはすぐに笑った。

「一緒にやる? お花見」
「!」
「男子テニス部…丸井くんだっけ? お菓子作るの得意なんでしょ? 一緒にご飯とかお菓子とか持ち寄って、パーっと」
「それは…良いかもしれんな」
「でしょ? 楽しいよ、きっと」

楽しいだろうな、きっと。幸村が妬くくらいに。

ポケットにしまった携帯電話が震えた。
ゆっくりと取り出し、何事かと確認すると、幸村からの返信だった。まるで今のやりとりを何処かで見ていて、自分の心情を見透かしていて、釘を刺して来たかのように思えてきて、何故だか笑ってしまった。本文は確認せず、そのまま画面には未読メール一件の文字が残った。

「…撮り忘れの花があった」
「あ、そう? 手伝う?」
「いや、大丈夫だ」

真田はそう言ってその場を離れ、幸村が育てた花の前に立った。
カメラを起動し、花々を見下ろす。ネームプレートはこの位置からは見えなかった。

しばらくして振り向いた。
ミョウジは自分に背を向けて、桜を見ている。

彼女と、遠くにある桜を画面に収め、シャッターを押した。
振り向く前に素早く携帯電話を仕舞う。
自分にこんな芸当が出来ることに、罪悪感は増すばかりであったが、同時に高揚感もあった。

「撮れた?」
「ああ」

ミョウジの問いかけに答え、真田はまた彼女の隣へ移動し、桜を眺めた。



相手・お題「真田弦一郎・桜、団子、お花見」


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