春企画

春駆け抜ける青


100字以内に収めるようにと渡されたB5の原稿用紙に、ありきたりな紹介文を書いていた。
初心者歓迎、一緒に頑張りましょう、試合に勝った時の高揚感云々。ちょうど8割書き切り読み返したが、自分の本当に言いたいことでは無い気がして消しゴムで全部消した。

「書き直すのか」
「うん。もっとちゃんと書く」

消しカスを集め、ゴミ箱に捨てに行こうとするミョウジより先に海堂が立ち上がり、片手に消しカスを集めた。
驚くミョウジを他所に、いいからお前はそれを書けと無言で伝え、ゴミ箱へ向かう。そんな海堂の背中を見て、ミョウジの口元が少しだけ緩んだ。

視線に気づいた海堂が手をはらいながら、何見てんだよと言った。
ミョウジはそれを聞いてふふっと笑い、いや別に、とシャーペンを握る。優しいね、なんて言ったら、帰ってしまう気がした。

「待っててね。すぐに終わらせる」
「…別に先に帰ったりしねぇよ」
「してもいいのに」
「…帰って欲しいのか?」
「ううん。待ってて欲しい。一緒に帰りたい」

素直にそう答えると、海堂はしばらく黙り込んだ後、そうかよ、とだけ言った。
その反応がいじらしくて、またふふっと笑みが溢れ、海堂はそれを見て照れ臭そうに目を逸らした。がそれ以上の期待した反応は無く、ミョウジはやれやれと息を吐きながら電子辞書で言葉を探した。

海堂とミョウジが部の部長になってからもうすぐ半年が経つ。
兼ねてよりお互いを気にかけていた二人は、部長という接点が増えたことで急速に距離が縮まった。最初こそ些細な連絡事項を通達し合う仲だったが、気にかけていただけあってすぐに打ち解けた。
たまたま廊下で会って一緒に部活に行ったり、たまたま部活が終わる時間が一緒で途中まで一緒に帰ったり。
しばらくするとその「偶然」を、意識的に作り上げようとしている自分に気づき、恋を自覚した。それが今もずっと続いている。今日もそうだった。

優しく振る舞い、無邪気に振る舞い、お互いがお互いの出方を伺う。
不器用に、たたただ一緒にいる時間を楽しんでいた。

「…季語でも入れようかな」
「…入学がもう季語だろ」

ミョウジの手元にある原稿用紙を見て、海堂が言った。
そこには一文目に「ご入学おめでとうございます」の文字が書かれていた。

「あっ、確かに…」
「…フッ」
「いま笑ったでしょ。馬鹿にしたな」
「笑ってねぇし、馬鹿にもしてねぇ」

そう言った海堂の口元は笑っていた。
自分を見る目も、いつもの鋭い目では無かった。嬉しいやら恥ずかしいやらで、ミョウジは電子辞書を海堂の手元に移動させた。

「なんだよ」
「季語調べて欲しいなって」
「もうあるだろ」
「もー、いいから辞書見てて」

ミョウジがくすぐったそうに笑った。
こんなやり取りでさえも楽しいと思う自分は末期なのだろう、と、楽しさ半分、むず痒さ半分の気持ちを押さえ込む。海堂は言われた通り、電子辞書で季語一覧を開いた。

「どう? あった?」
「そんな早く見つかるわけねぇだろ」
「はは。そりゃそうだ」

ミョウジは原稿用紙から視線を逸らし、窓の外を見た。
3年1組の教室からは、駐輪場の桜の木がよく見えた。風が吹くと花びらは校舎にまで飛んでくるようで、ガラス窓には桜の花びらが点々としていた。

「木の芽時」
「え?」
「横顔かくも、照るものか」

海堂の方へ顔を向けると、彼は電子辞書から視線を上げてこちらを見ていた。
急にどうしたんだろう、と思っていると、海堂は慌てて辞書の画面をミョウジに見せた。

「探してたら出てきたんだよ。その俳句が」
「あ…なるほど。急に一句詠むから何かと思った」
「似てた、から」
「え?」
「さっきの、外見てるお前の顔と、その俳句が」
「え」

顔を赤くした海堂は勢いよく立ち上がった。

えっ帰るの、とミョウジが驚いていると、彼は飲み物買ってくる、と早口で言い早足で教室を出て行った。
一人取り残されたミョウジは、しばらく目をぱちくりしていたが、次第に状況を飲み込んで頬を赤く染めた。

戻ってきたら、彼がなんでわたしを見てそう思ったのかしっかりと問い詰めよう。
問い詰めて問い詰めて、そして、手でも繋いで帰ってしまおう。

風が吹く。花が揺れる。頬が染まり、口元が緩む。前髪を整え、リボンのシワを伸ばす。
彼が戻ってくるまで、あと30秒。
芽吹いて、春。



相手・お題「海堂薫・木の芽時」
引用:山崎為人「木の芽どき横顔かくも照るものか」


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