「誰がぁぼーくを殺したのー」
無限に続くガラスの空間。
天を仰いでも鏡。
地に俯いても鏡。
ぐるりと見渡しても鏡。
永遠のように思える鏡の通路がつづく迷宮の中、少年はひとり歩いていた。
鏡の中、少年の姿はひとつしかない。
写らない。
そして少年は歌い続ける。
「そしーらぬ顔でぇ淡々とぉー」
銀色のしっぽを揺らし、少年は歩く。
黒い外套を翻して歩く。
その手の中にはひとつの箱があった。
少年は時折それに頬をすりよせ、目を閉じほほえむ。
まるで最愛の恋人にするかのように。
少年が箱を持ち上げるたび、箱の中の何かがからんと転がる。
そして少年はまた歩きだす。
右に進み、左にすすみ、かつかつかつかつとテンポよく靴音は響く。
上下左右、少年の姿は写らない。
少年は、歌う。
「……葵」
ぴたりと少年が立ち止まった。
歌もやんだ。
だらん、と力の抜けた少年の腕の中からするりと箱が落ちる。
鏡に落ちた箱からは、がしゃがしゃと耳障りな音が鳴り響く。
あんなに慈しむように抱えていた箱が床に叩きつけられているのに、少年がそれを気にする様子はない。
「いつ、帰ってくるんじゃ…」
それまで歌っていたとは思えないほど、その声は震えていた。
「おまえさんが笑ってくれるように!おまえさんが帰りたがらんほど、楽しめるように!俺ん側から離れたくないって言うてくれるように!ここを創ったんに…!葵!!」
声を張り上げても、音は鏡にぶつかり反響するだけで何も答えない。
それでも少年は吼える。
ここにいない彼女に向けて。
さびしいと、叫ぶ。
悲しいと、叫ぶ。
帰ってきてと、叫ぶ。
「………葵」
悟るように、あきらめるように、眉根を寄せうつむく少年の声に答える者は、いない。
「………死にとお」
葵、と小さく最愛の人の名を呟くと、少年はまた箱を抱えてそのままごろりと横になった。
そのまま死んだように眠る少年の待つ刻は、まだ先のこと。