「何で先輩達ばっかモテんだよぉぉおお!ちっくしょー!」
「赤也、アウトね」
すぱこーん!と八つ当たりで勢いよく叩き付けられたボールは、当然ながらアウトゾーンに突っ込んだ。観客ゾーンに座ってる桃と杏に目を向ければ、二人共声を出して笑わないようにと必至で口を押さえてる。分かるよ分かる、二人の気持ち。と頼は審判席の上で一人溜め息をついた。
通りの向こう側にあるコンビニには『Happy Valentine』のピンク色の旗が風に吹かれパタパタ揺れている。でも今日コンビニでチョコを買う女性がいるとすれば、それは明らかに義理チョコの為であろう。いや、今ここにいる男達は義理であっても喜ぶかもしれないが。
多分そろそろ日吉キレるだろうなぁ、と思えば案の定向かいのコートから不機嫌オーラが痛いほど漂ってきた。タイム、とこちらに声をかけると日吉はバレンタインのチョコ獲得数を書いたホワイトボード(ちなみにこれはこのストテニの管理者の永田さんに借りた物だ)の前を横切って、赤也の胸元をがしりと掴んだ。日吉の目は血走っている。昔の赤也ほどじゃないが。
日吉、君の気持ちも十分分かる。さっきから八つ当たりのようなテニスの相手をさせられて、4ゲーム目になるまで文句も言わなかった君は偉い。
「お前、テニスやる時まで私情を持ち込むんじゃねぇ!」
「じゃあオメーに分かるかこの惨めさが!幸村部長やにお先輩やまる先輩にチョコが殺到する中、ぜんっぜん歯がたたねぇ量しか貰えなかった俺の気持ちが!」
「こっちだってあのバカナルシー部長に変態眼鏡がいんだよ!チョコの為だけにリムジン用意されてんだぞ!?こっち見て鼻で笑うあのナルシー想像してみろ、俺は殺意が沸いた」
「俺だって幸村部長が『え、赤也はそれしか貰えなかったのかい?レギュラー失格だなぁ、ふふふ』って言ってきた時は殺してやりたいと思ったっつの!俺より副部長やジャッカル先輩のがぜってー貰えてねーだろうが!」
「はいはい、二人共そこまで〜。酷い先輩持ったのはお互い様なんだから」
頼が仕方なしに審判席から降りて仲介に入れば、口を尖らせながらも二人ともそれはそうだと言わんばかりの顔で引いてくれた。
頼は幸村に会った事はないが、毎回赤也の話を聞く度に頼の中の幸村先輩像は化け物に近付いていく。そんなにモテるからには見た目はいいんだろうが、赤也の話を聞く限り彼は羊の皮をかぶった魔王だ。出来ればこれから先も人生で関わりたくない。
跡部は頼が通う氷帝の先輩だし、彼女も実際今日チョコ専用のリムジンを目の当たりにした。中学の時から毎年見てきたので最早何のコメントは無いけれど、あの過剰演出とナルシスト発言の数々には幾度となく鳥肌がたったものだ。日吉の言う変態眼鏡こと忍足も、頼からすれば、またなんというか愛想笑いが薄気味悪い。…幸村だけでなく、こちらも出来ればこれから先人生で関わりたくないと切に思う。
ゲームが一旦中止となったところで、桃と杏もコートへと降りてきた。コート横に置いてあるホワイトボードの前に皆集合する。今のところ鳳と不二(裕)と樺地と海堂の横は空白になっていて、その他は[桃城:22][日吉:19][切原:16]と上から数字が並んでいる。
「あ〜ちくしょー!負けた!」
「まずバレンタインなんて本命の奴ほど相手に渡せないもんだろ」
「だよな!?ぶっちゃけウチの部長とか跡部さんとか、皆アイドルにあげる感覚だよな〜」
日吉と赤也の台詞は明らかにバレンタインという日に負け犬の遠吠えだ。ただ、二人共二桁のチョコを獲得している時点で、一般男子からすれば十分尊敬に値するものであろうに。文句を口にしようものなら、一般男子から殺意の籠った視線が飛ばされる。だが、日吉と赤也はそんな視線を気にする二人でもない。
頼達はそんな二人を相手することなく、ホワイトボードを眺めながら各々語り出す。ホワイトボードの一番上には乱雑な字で[バレンタイン☆誰が一番モッテモテ!?ランキング]と書かれている。誰が考えたんだろうか、ネーミングセンスが悪過ぎる。
「今んとこいっちゃん多いのは桃ちゃんか〜さすが桃ちゃん!杏ちゃんは確か桃ちゃんにじゃがりこ賭けてたよね」
「うん、でもまだ鳳君と不二君と海堂君と樺地君来てないから分からないよ?」
「あ、今日樺地来れないって。跡部先輩のチョコの始末があるからって」
「樺地ってホント仏だよな」
桃城の言葉に皆静かに頷く。見た目こそ怖いが、あれだけおおらかな心を持った樺地が『あの跡部』に付き従う気持ちが分からない。むしろあれ位心が広くないと奴の世話なんて焼けないだろうが。
「つかさ、跡部さんってよぉ、あの人樺地無しで駅の改札とか通れるのか?カード突っ込んで『おい、何で通れねぇんだ!』とか怒ってそうだよな」
「ちょ、桃城君それはさすがにないんじゃない?」
「いや杏ちゃん、あの人ならやりかねないって。私前に自販機の前でカード入れようとしてイライラしてるの見た事あるし。すぐその場から逃げたなぁ」
「うわ、ひっでぇ!」
「あの人そんな程度じゃ済まねぇぞ。前パソコンで100均調べてたからな」
「「「うわぁ…」」」
跡部は日吉に100均を知らなかった事を暴露されてるとは露にも思わないだろう。今頃山のようなチョコを使用人に配って回ってるのではないか。
「あと跡部さんっつったらこれじゃね?『俺様の美技に酔いな』!」
「「「ぶふ…っ!」」」
お決まりの指パッチンと共に、赤也が跡部のように顎を上げ流し目をその場にいる全員に送る。その喋り方、首の傾け方からポケットに片手を突っ込んでいるところまで某ナルシーにそっくりだ。髪はそこまでクネクネしていないが。
「赤也って相変わらず跡部先輩の物真似うまいね」
「しかもあの人美技の『び』がちょっと『ぶぃ』みたいな言い方すんだよな〜」
「わかるわかる、うざってぇよなあれ」
上級生がいないからこそ言いたい放題のカオス。うざってぇと言い切る日吉の顔は、部活動では決して見る事が出来ないほど清々しくウキウキしている。
そんな中階段の向こうからおーい、という言葉と共に鳳と裕太と海堂が姿を現した。これで今日集まる予定の全員がここに集合したことになる。
だが、全員が全員鳳の現状を目にした途端言葉を失った。
「「「…………」」」
「あれ、皆どうかした?」
「………え、いや、あの、ちょた?その…サンタの袋みたいな大きな袋は何?」
「やだなぁ、バレンタインのチョコに決まってるじゃんか。頼はそんな事も察せないほど馬鹿だっけ?ねえ裕太」
「頼むからこのタイミングで俺に話を振らないでくれ…っ!」
ドスッと肩から地面に下ろされた袋の重量感は凄まじかった。鳳が意気揚々と中身をひっくり返せば、地面に広がる可愛くラッピングされたチョコの数々。もはやこの場において誰一人として、わざわざ数を数えて自分と数を比べようとする猛者はいなかった。
口が開いたまま何も言えないメンバーを見渡して、鳳は満足そうにうんうんと頷いている。横に立っている裕太と海堂がどこまでも気まずそうだ。
じゃあ種明かし、と鳳がチョコのひとつを拾い上げた。頭上にハテナマークを浮かべる五人の前に、鳳はチョコについていたカードを見せる。
「さっきのは冗談で、実はこれ、俺にじゃなくて全部部長のなんだよね。帰り校門でリムジン入りきらなかった分、いらないからってやるって貰ったんだ」
「あ、マジで[To.跡部君]って書いてあら…つーかリムジンに入りきらなかったのかよ!?」
「うん。俺自身がもらった数は本当は20個だよ。それにしても、さっきの皆の顔ほんっと面白かったな〜」
「………すまねぇ、皆」
海堂の謝罪に誰も非難の声はあげなかった。たとえ事前に鳳の企みを知ったところで、自分達であってもそれを邪魔しようとは思わないだろう。
そしてホワイトボードに数字が書き足されていく。裕太が意外な検討を見せ24個、海堂が妥当に18個といったところで順位が出揃った。
「ああぁあ!俺最下位かよ〜っ!」
「残念だったな切原、不二にサラダ煎餅奢りだな」
「杏ちゃんも私にポテチ奢りだね!やった〜!」
「じゃあ、跡部部長のチョコもあるわけだし、コンビニ寄っていつもみたく日吉んち行こっか!」
日吉の承諾もなく、鳳がじゃあ行こ〜!と、いつの間に摺ったのか日吉宅の鍵を持ち出口へと歩いていく。自分が持ってきておきながら、チョコを拾い集める役は裕太に押しつけたらしい。裕太がまたいつものように胃の辺りを押さえて溜め息をついている。
頼と杏も急いでホワイトボードを片付け、日吉と赤也もラケットとボールをしまう。桃と海堂もコートを軽く掃除して、全員揃ってストテニを後にした。
ぎゃいぎゃい騒ぎながら店に入れば、馴染みのコンビニ店員が「またうるさいのがきた」と苦笑いしながら手を振ってきた。お菓子コーナーを完全独占しているこの高校生集団は、もう四年も前からこの近所では馴染みの顔である。
ストテニに集まり、コンビニに寄って、日吉の家か頼の家で宴会のように騒ぐ。これが彼等の週末の日常だ。試合となればライバルでしかないが、試合外はむしろ理解が深い最高の友。こんな日常が嫌いじゃないな、と全員が全員思っていたりするのはまた別なお話し。