【真雛、いつものあの子、さっきあっちの校舎に向かっていくのを見たよ】
【あ、私はその校舎の三階の廊下を歩いてるの見た!】
【さっき旧校舎の花壇の前を通ったって聞いたなぁ】
「ふんふん」

 『誰かと話している』ことを装うため携帯を耳に軽くあてながら、渡り廊下で情報を収集する。
 仁王はどうやらある程度校内をぶらついてから、旧館の日本史資料室に向かったようだ。
 その場所も仁王の気に入った隠れ先であるようで、以前真雛もそこで仁王を発見したことがある。
 普段であれば一度見つかってしまった場所はあまり使わない仁王だが、今の時間なら使っても問題ないと考えたのだろう。今の時間、本来ならば仁王を探すのはテニス部の誰かであり、真雛は自クラスの準備に取り掛かっているはずなのだから。
 行き先がわかったところで、携帯をポケットにしまい込んだ。
 跡部の時の反省を活かして、今日は携帯のバックライトもちゃんと点滅させていたので、それも元に戻して。
 実は設定画面でライトを選択しているだけなのだが、このひと手間で何かに感づかれる可能性が下がると思えば手間も惜しんではいられない。

「(さて、行きますか)」

 六限の時間内ではあるものの、文化祭準備期間初日ではそうやることも見つからなかったのだろう、帰宅する生徒の姿が目につく。
 その人の流れに反して、階段を上がっていく。
 旧校舎への連絡通路を通り抜ければ、格段に人が少なくなった。放課後ならばどこからか吹奏楽部の練習が聞こえてくるが、まだ授業時間内であるせいかそれらしき音は聞こえてこない。
 そこからそうかからず、目的の場所へ着いた。
 何の迷いもなく、がらり、と、戸を引けば、そこには柳生が。
 いや、柳生の姿に化けていた仁王が、自前らしいタオルケットの上にごろりと寝そべり携帯をいじっていた。

「……………」
「おや…って、またお前さんか」

 真雛を認識した途端、寝そべったまま大きく顔を歪ませる柳生、もとい、仁王。
 カツラなのだろう茶色の髪は、寝そべっていたせいであちこちの方向へとすき勝手に跳ねているし、近くに伏せられた雑誌はよれて折れて酷い状態だ。真雛が前に真田の月刊プロテニスをぐちゃぐちゃにしてしまった時と、そう大差はないように見える。というか、そこにあるのも月刊プロテニスのようだが。
 とりあえず、酷い。あんまりだ。
 真雛は確かにあらかじめここにいるのが仁王だと聞いていたからそう驚かずに済んだが、何もしらない他の人間がこの場を見たら、一体どう思うだろう。

「…ひとまずさ、やぎゅーの顔で露骨にうげえって顔するのやめてよ。その格好してると、やっぱり似てるし」
「はん」
「ていうかね、いくらやぎゅーのコスプレしててもやぎゅーは床に寝ないからね絶対。そんな顔歪めないからね絶対」

 柳生本人が目の前のこの光景を見れば、確実に激怒する。間違いなく、激怒する。もしくは冷ややかな笑みを浮かべ、静かにだが深く怒るに違いない。
 いっそこの光景を携帯で撮って柳生に送りつけてやろうかとさえ思ったが、きっと今送れば赤也や丸井が笑い転げ、柳生の機嫌がよりいっそう悪くなるだけと思い直し、ポケットの携帯にと伸ばしていた手をこっそりひっこめた。触らぬ神に祟りなしである。
 嫌々といった様子で、むくりと仁王が上体を起こした。
 とりあえず、用件を伝える。

「幸村君から伝言。『レギュラーは部室に残れっていったのに、逃げるなんていい度胸じゃないか仁王』だって」
「…………うげえ」
「そもそも、何でわざわざ変装までして逃げ出したの。文化祭についての話し合いなんて、ただ座って聞き流せばいいのに」
「…………」

 仁王はいかにも面倒そうに話を聞き流すと、ぷい、と、横を向き棚に背中を預けて携帯をいじり出した。もうこの反応にも慣れたものだ。
 が、普段は会話をするのが目的でそれといった用件はないものの、今日は違う。
 幸村に仁王を探し、連れてきてくれと頼まれているのだ。時間がかかれば迷惑もかかるし、柳生にも要らぬ心配をかけてしまう。ここで不毛な会話にもならない時間を浪費するわけにはいかない。

「におーうくーん」
「…………」
「普段なら別にこうやって友情を深める語らいの時間がどれだけかかってもいいんだけどね、今日はそういうわけにもいかないんだよ」
「…………」
「ツッコミもないのか」
「…………」
「……無視するなら、この場で連絡入れるけど。やぎゅー今部室にいるし、幸村君にも、」
「めんどい」
「え」

 幸村、という言葉を出したと同時に返事が飛んできた。こんなにすぐ折れるとは考えてなかったのだが。
 名前を出すだけでこうとは、幸村おそるべし。
 携帯に視線を落としたまま、うんざりといった空気を体全体に滲ませながら、仁王が続ける。

「…毎年『テニス以外のフィールドにおいても俺達は負けるわけにはいかないよね』なんて凄まじく労働させられるんじゃから、やってられん。やる気せん」
「……………あー…」

 負けてはならんのだ!と、眉間いっぱいに皺を寄せ、声を張り上げる親友に、腕を組みながら静かに微笑む彼らの部長の姿が、頭に過ぎる。
 そういえば、中学の時から部活動別部門では常に際優勝を取っている、と、真田が自慢げに語っていたのも、同時に思い出した。
 なるほど、それは確かに多忙極まりなくなるのが目に見えているし、ボイコットしたくなる気持ちもわからなくはないような気もする。

「(……………でも、)」

 今日の幸村の言葉を思うと、きっと理由はそれだけではないのだろう。
 覚悟を決めた幸村に、敵はないように思える。増してや仁王は敵ではない、彼にとっては信頼すべき仲間なのだ。悩んでいた期間の考えも含め、きっと有効な手は山ほど持っているはずだ。
 眉間に少し皺を寄せ、なんとも不機嫌そうに、そしてけだるそうにしている仁王に向け、内心手を合わせた。
 きっと、大きく変化が起きるのは、そう遠くはあるまい。
 が、今は真雛の目下の目標である、仁王の部室への連行が先決だ。
 さて、どうやって腰を上げさせるか。

「えー…あ、そうだ。部室に戻ってくれたら今度、お菓子も紅茶も美味しいカフェ、案内するよ。疲れた時には美味しいものっていうじゃん、ほら」
「なんで校内ですら付き纏われとうんざりしとるっちゅーんに、校外でまでおまえさんの顔見なきゃならんのじゃ」

 ぎらり、と、切れ長の色素の薄い瞳が、真雛を射抜く。
 だが、仁王からすれば最もだろう。ならば、と、

「う…あ、じゃあ、極秘情報教えてあげるから、さ。文化祭が楽しみになるとっておきの腹筋崩壊ネタ」
「はぁ?」
「文化祭、2-Aの秘密兵器。だから他言はしないでね」
「何のはな…………は、」

 その内容を耳打ちしたその瞬間、仁王の顔が、大きく引き攣った。
 とりあえず、インパクトは大。
 さすが2-Aの秘密兵器、真田の仮装内容だ。一応他クラスへの情報漏洩禁止ということになっているが、正直知っていたとしてもあれを目の当たりにしたら愕然とすると思う。
それにしても、仁王の呆気に取られた顔なんて、見るのはあの時以来だ。
 仁王に、親友になろうと持ち掛けた、あの時以来。
 が、その表情もすぐにいつもの煙たげなものに戻る。そして、何故か仁王が急に腰を上げた。
 突然立ち上がった仁王に逆に真雛が目を白黒させていたら、床に敷いていたブランケットを畳みながら、仕方ない、といった様子で仁王が口を開く。

「……どっちにしても、幸村がわざわざ呼び戻しとるんに、戻らなきゃ殺られるナリ」
「…ど、どっちにしても、戻ってくれるなら助かる…なり」
「馬鹿にしとるんか」
「え、いや、ちょ、ちょっとノリで」

 はん、と、笑ってみせると、仁王はそのままするりと柳生の髪によく似た茶髪のカツラを外し、眼鏡をカーディガンのポケットに戻し、資料室内から廊下へと出て行ってしまった。
 カツラに潰されていた銀髪を彼がくしゃくしゃと持ち上げれば、そこにはもういつも通りの仁王の後ろ姿があった。
 丸まった背中が、大股ですたすたと進んでいく。
 その背中を追いかけながら、思えば最近いつもこの銀色のしっぽを追いかけてるなぁ、なんて思いながら、ふと考えた。
 仁王のこと。幸村のこと。

「(幸村君は、もう逃げないって、いってた)」

 幸村のあの決意は、きっとこれからの盤面を大きく変えることになる。
 例えるなら、チェス盤。
 一年半前からずっと動かされなかった駒が、幸村というキングを中心に動き出す。
 が、チェス盤に例えるのは違うか、と、すぐに思い直す。
 仁王は彼らにとって敵なんかではない。仲間のひとりなのだから。

「(急には動かないだろうなぁ。じわじわきそう)」

 幸村は、賢い。真雛よりもずっとずっと。
 仁王が本当に前にも後ろにも進めなくなるような追い詰め方は、何があろうとしないはずだ。
 何はともあれ、好転には違いない。
 よかったよかった、なんて思いながら、歩いていく仁王の後ろ姿をぼんやりと眺めていたが、
 ひとつ、気づいてしまった。

「(あれ)」

 幸村が、仁王とのこの停滞した現状の打破に乗り出した。
 状況は、きっと大きく変わる。幸村という絶対的な存在を中心に、波打つように、現状はゆるりゆるりと動き、形を変えていくだろう。元あった形に戻るために。
 つまり、

「(もしかして私のやってること、意味なくなっちゃうのかなぁ)」

 真雛が仁王を追いかけ回している理由はただひとつ。『仁王とテニス部のわだかまりをなくすため』だ。
 それは顔見知りとなったテニス部の面々ため、親友である真田や柳生のため、ひいては自分のためではあるのだが、もし事態が元の鞘へと納まるならば、真雛が今仁王を追いかけ回して親しくなろうとしている行為は、無駄でしかない。
 真雛が仁王と親しくなろうとしているのは、真雛と仁王が親しくなれば、そこから真田達との関係の修復に繋げることもできるだろうと考えたからなのだから。
 それが、真雛を介さずテニス部が再びまとまることができたならば、やはり真雛の行為は無駄でしかない。
 むしろ、真雛を恨んでいる仁王にとっては迷惑でしかないだろう。

「(………今は、まだいいだろうけど)」

 いずれは状況の動き方に合わせて、うまい身の引き方も考えなければいけないだろう。
 と、そこまで考えたところで、何だか妙な違和感を覚えた。

「(……………んん?)」

 胸に残る奇妙なわだかまりに、ひとり首をかしげた。
 喜ぶべき展開だ。テニス部の面々にとっても、仁王にとっても、そしてもちろん真雛にとっても。
 こうなるために、自分は仁王にどれだけ暴言を吐かれようが無視されても付き纏っていたわけであって。
 そして、今日までの真雛のその労力は、おそらく無駄ではなかった。ほんの僅かかもしれないが、幸村の背中を押す手伝いになったのではないかと、自惚れている。
 ならば、この事態を素直に喜ぶべきであり、むしろなぜこんなわだかまりが自分の中に残っているのか。

「(……………名残惜しい、とか…?)」

 少し先に揺れる銀髪を見てそう思ったが、即座に自分の中の自分がそれを否定した。あれだけ暴言を吐かれ無視をされ続け名残惜しいだなんて、そんな変態じみた性質は持っていないはずだ。多分。
 ただ、少しだけ。
 もしも、違う形で出会っていたら。恨まれていなかったら。仁王が、中学の時の仁王のままだったならば。どんな関係性でいれたのか、少しだけ、そんなことを考えた。
 でも、それはもしもの話でしかない。
 これから先、仁王とは一方的に嫌われたままの関係が続き、彼とテニス部との仲が修復されれば、きっともう正面むかって顔を合わせることもめったになくなる、他人になるのだろう。
 少し先を歩く背中。この背中も、見ることはそうなくなるに違いない。
 なんともいえない、自分でもよくわからない気持ちが、頭の中でぐるぐると渦を巻いている。
 その複雑な思いを抱えたまま仁王の後を追いかけ続け、一階まで階段を降り、屋外の渡り廊下に差し掛かったところで、突如追いかけていたその背中が、くるりと反転した。

「…なんでおまえさん、ついてくるんじゃ。このストーカー」

 じとり、と、軽蔑の眼差しを向けてくる仁王のその表情に、よくわからないもやもやは消し飛んだ。
 前言撤回。幸村の決意は確実に真雛にとっての事態の好転であり、喜ぶべき事態だ。
 が、確かに、何もいわずずっと後をついてこられたら、いい気分はしないかもしれない。
 とりあえず、弁明した。

「いや、あの…幸村君に鞄、人質に取られちゃってて…仁王君無事送り届けて鞄返してもらわないと、帰れないので」
「……………」

 軽蔑の眼差しに、一瞬なんともいえない哀れみの念がちらついた。ように、見えた。仁王はすぐにまた背中をこちらに向け、何も言わずに歩き出す。
 ただその進行方向は確実に部室であり、どうやら素直に部室に戻ってくれるつもりらしい。後の幸村が怖い、という理由だとしても、真雛にとってはありがたい。
 そのまま仁王を追い掛けようとした、その時、

「あれ」

 進行方向のまだもう少し先にあるふたつの人影に、思わず足が止まった。
 すると珍しく仁王も立ち止まってみせたから、重ねて驚いた。仁王が自ら真雛の話に耳を傾ける姿勢を見せたり、距離を取れるタイミングに距離を取らなかったことは、過去ほとんどといっていいほどにない。
 てっきり突然立ち止まったことに悪態をつかれるのかと思ったが、すぐ先に立つ仁王はどうやら真雛が足を止めたから止まったわけでもなかったようだ。

「…………なんで、乾がおるん」
「いぬい?」

 尋ねたが、当然仁王からの返事はない。
 が、今の独り言のおかげで、仁王は柳の隣に立つ人物を知っているらしい、ということはわかった。
 なら、きっとまたテニス部関係なんだろうなぁ、と、思いつつ、

「向こうにいるの、柳君…と、誰だろう。背、高いなぁ」

 返事がないことを非難する気満々で、そうわざとらしく棒読みでいってみた。
 当然また無視されるものと思っていたのだが、

「………あれは、青学の乾っちゅー柳の幼馴染みナリ」
「!?」

 仁王から、返事がきた。もはや真雛はきっと驚きをまったく隠せていない。
 ちなみに、仁王が自発的に真雛に対して言葉をかけたことなど、過去ほぼ皆無である。
 何故。どうして。機嫌がいい、わけではないはずだ。なら何故。
 疑問は拭えないが、このチャンスを逃すわけにいかない。せっかく返事が返ってくるのだから、聞きたいことは全部聞いてしまおうと、真雛は重ねて尋ねた。

「青学って…さっき青学のリョーマっていう男の子と可愛い女の子が届け物しにきたけど、その子達と同じとこ?えっと、確か手塚君も青学出身だよね」
「…おまえさん、手塚も越前も知っとるんか」

 うげえ、とでもいいたげな程に顔を歪めてこちらを見てくる仁王に、これだけは物申したい。
 リョーマと桜乃はともかく手塚に関しては、知り合いたくて知り合ったわけでもなければ、人に知り合いであると公言するのも気が引ける程だということに。
 過去の手塚の言動がみるみる脳内に甦り、比例して気が滅入ってきていたら、向こうに立つ柳が真雛と仁王に気づいたらしく、ちょいちょい、と、手招きしてきた。
 ひとつため息をついた仁王が柳の方へと歩き出したので、真雛もその後についていく。
 その途中、遠くてはっきりは見えなかったが、新聞記事らしきものがはみ出した、随分と古く分厚いノートを柳ともうひとりの眼鏡の男子が鞄へとさりげなくしまい込んだのが、少しだけ気にかかった。
 柳とそう何度も顔を合わせたわけではないが、柳が人を前にノートを広げるではなくしまい込むのは、はじめて目にした気がした。

「成田と仁王か」
「柳君、さっきぶりー」
「大方精市に仁王を連れてくるよう頼まれたのだろう?」
「さすが」
「蓮二、彼女が例の?」
「例の?」
「ああ、失礼した。成田、彼は俺の幼馴染みで青学生の乾貞治という。貞治、こちらは以前話した弦一郎と柳生の友人である成田だ」

 以前話した、という言葉に一瞬何でわざわざ、と、つっこみを入れたくなったが、空気を壊しそうだったので声にはしなかった。
 とりあえず、この目の前に立つ人物は乾といい、柳とは旧知の仲の青学生らしい。
 この人がここにいるなら、何でリョーマと桜乃はわざわざ立海まで来たのだろう、と、僅かな疑問が脳裏を過ぎったが、ここは何より挨拶が先だ。

「どうもはじめまして、乾君。成田真雛です」
「はじめまして、君の話は蓮二や手塚から聞いているよ。青学の乾貞治だ」

 すっと右手を差し出されたので、素直に応じた。
 しかし、柳と乾が揃うと見上げてばかりで首が痛くなりそうだ。
 見上げた先の眼鏡のレンズ奥の瞳は何故か反射して見えなかったが、応対の丁寧さや纏う雰囲気からきっと優しい人なのだろう、と、思った。低く温厚な声がそれを増長させているのかもしれない、とも思う。
 第一印象は、正直いい。手塚という名前が聞こえたことさえなかったことにすれば。

「で、なんで乾がおるん」
「蓮二にいくつか用があってね。例のクリスマスパーティの高等部の書類も、不備があったので修正したものを作り、急ぎで届けに来たんだ」
「クリスマスパーティ?…テニス部って、他の学校の人とクリスマスにパーティするほど仲がいいの?…って、あ、ごめん」

 思わず口を挟んでしまい、話の腰を折ってしまったかと、すぐに謝罪した。
 が、乾は気を悪くする様子もなく、むしろ笑顔で丁寧に真雛の疑問に答えてくれた。

「クリスマスの二日前、つまりイブの前日である二十三日に、跡部主催のクリスマスパーティ…と、いう名の合同練習が開かれるんだ。中高問わず、団体戦で過去一年以内に全国大会に進んだ実績を持つ者は、みな招待されている」
「つまり、見慣れた顔ぶれで自由にテニスをしよう、ということだ」
「へえー…仲、いいんだねぇ」
「仲が良い、というよりは、よきライバル、というのが相応しいかもしれないな」
「紙一重かな」
「紙一重かもな」
「柳君でもワンピ、読むんだね」
「一応な」

 笑う柳を見て、乾も笑う。
 和やかな空気に思わず真雛も表情が和らぐも、視界の端に映るこの場にいるもうひとりは、すこぶるどうでもよさそうな顔で欠伸を噛み殺している。
 仁王は出席するのだろうか。なんとなく、参加する気がした。
 なんだかんだで、この男はテニスとテニス部がだいすきだから。

「手塚もスケジュールの調整が叶えば来るらしい。今日うちの越前が青学中等部からの参加者のリストと各対戦希望者リスト、それに参加表明書を持ってここに来ているはず」
「そうか、それは弦一郎も赤也も喜ぶな」
「んじゃ、俺はそろそろ幸村が怖いし部室に戻るとするかの。参謀も、あんまり遅れんようにの」
「ああ」
「またな乾」
「次は年末に、跡部の用意した会場で」

 あ、やっぱり仁王も参加するのか、と、思いつつ、この場から離脱して既に歩き出している仁王を慌てて追いかけた。
 乾は柳に用事があって神奈川まで来ているわけであり、ここに真雛達が長居すればその分邪魔をしてしまうわけで。
 それに何より真雛の今すべきことは、仁王を無事部室まで送り届け、幸村に鞄を返してもらうことにある。

「じゃあ私も行くね、ばいばい柳君、乾君」
「そうだ、成田」
「ん?何?柳君」

 呼び止められ、足を止めた。
 その間にも仁王は先へと歩いていく。
 逸る気持ちから急いた投げやりな返事となってしまったのだが、
 その焦りも何もかもが、次の柳の言葉に押し消された。






「俺と友人になってはくれないか?」






 微笑む柳。向こうで顔を歪める仁王。その言葉は確実に、言葉通りの意味以上のものを内在している。
 柳の目的が、わからない。が、間違いなくこの言葉には裏がある。真雛には、それは推測もできない。
 真雛にわかるのは、おそらく今、本日二度目の爆弾が投下された、ということだけだ。それも、きっと低迷していた状況を大きく動かすだろう、大きな爆弾が。

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