「(……跡部君、かぁ)」
再び跡部が集合をかけ、誰もいなくなった部室の中でひとり、真雛は受け取って貰えなかった跡部のジャージを見つめながら考えていた。
真雛の交遊関係は、そう広い訳ではない。
取り分け社交的でも内向的だという訳でもない。校内でも真田と柳生だけが友人ということもなく、程々親しくしている友人や挨拶程度はする知り合い以上友人未満も含めれば、人並みと言えるだろう程には交遊もある。
だから正確に言うならば、いつも一緒にいるような、そういう友人は昔からそう多くはなかったのだ。
女子のグループなんてもっての他だ。ずっと一緒にいる事で自分の秘密が知れてしまうのではないかと思うと、怖くて一緒になんないれなかった。知られる事が怖いというより、知られたその後の相手の反応が怖かった。結局のところネックになっているのは、自分が持っているこの特殊な能力なのだ。
だから今、事情を全て知った上で自分を受け入れてくれる真田と柳生と過ごせていて、本当に幸せだと思っている。
とはいえ過去に一度、柳生と親しくなったばかりの頃、柳生に拒絶された事もあった。まだ自分の秘密が知られていない、出会ったばかりの頃の事だった。
突然で驚きはしたものの、その言葉は「自分には関わらない方が真雛の為だ。」と、いった自分を拒絶をする物ではなかったし、その時の柳生の歪んだ表情を見た瞬間、それが彼の本心ではないという確信も持った。だから、特には気にかけなかった。
自分が個性的な性格である事は理解しているし、こんな奇怪な能力を持っている事で人が寄りも離れもしていく事も、理解している。
だから、本当に仲良くなれた相手は本当に大切にしようと思っているし、大切にしてきた。
だからこそ、
一度親しくなったという確信があった相手に、理由が分からず突然拒絶されたのは、初めてだった。
「(……何か私、跡部君のカンに障るような事言ったかなぁ…)」
暇な時間ずっと考えていたが、どの発言が跡部のカンに障ったのかどうしても分からない。
真雛のテンションや言動が気に食わない、という事は恐らくなかったと思う。前回跡部と出会った時と今日を比べても、自分に大した違いがあったとは思えない。
持参した白い恋人を頬張りながら机にもたげ首を捻っていると、ロックが解除される電子音が部室内に響き、真雛は机に伏せていた顔を上げた。
扉が開くと同時に猛スピードで飛び込んで来たのは、ここにいる人物の中で最も見慣れているだろう人物だった。
「お疲れさま、亮ちゃん」
「おう、サンキュ」
汗だくの体に首にタオルを引っかけ戻ってきた宍戸に、スポーツ飲料を投げ渡す。片手でされをキャッチした宍戸は、わしゃわしゃとタオルで頭から首にかけての汗を吹き、ペットボトルに口をつけた。
そして、宍戸に遅れて他の正レギュラー陣も続々と部室に戻ってきた。
長太郎に先程初めて対面した日吉、忍足、向日と、見知った顔が続く。ジローは相変わらずどこかで寝ているのだろう、姿は見当たらず、跡部と背の高い少年は未だコートに留まり何やら首にスカーフを巻いた男性と話をしている。明らかにテニスコートには似合わない値が張りそうな革靴に明るい色のスーツ、そしてそれに合わせたネクタイ。濃い。あまりにも濃い。
もしや、あれが先程忍足達から聞いた例の顧問なのだろうか。確かに色々と濃さそうな人なので、出来ればお近づきにはなりたくない。
「それにしても、やっぱここに真雛がいんのって奇妙な光景だな」
「誰が忍足君達に私をここに軟禁するよう頼んだのかな?ねえ亮ちゃん」
「……………わりぃ」
おお、亮の奴言い負かされてやんの!と、向こうのロッカールームにいる向日がケタケタ笑った。
若干やりにくそうに頭を掻く宍戸の姿を見ると、真雛も自然とくすくす笑いがこみ上がってきてしまう。よくよく考えれば、幼馴染みとしての宍戸はよく知っているが、学校での宍戸というものはあまり見たことがないのだ。貴重である。
真っ直ぐ着替えに行かず、こちらの部屋で部誌のチェックをしていた忍足も笑いを噛み堪えていて、長太郎は真雛と宍戸のふたりを暖かい目で見守っている。
「あ、それで私、いつその女の子に会えばいいの?部活もう終わったんだよね?」
ミラーコートが施された窓の向こう、帰宅し始めたり、榊と話す跡部を見つめながら出待ちをしている沢山の女子を眺めながら、真雛はようやく本題を切り出す事ができた。
今日部室の前までやって来た時、向こう側のフェンス奥に立っていたあの女子の顔が、ちらりと過ぎる。
なかなか鋭そうだから、ボロを出さないように頑張るか、なんて考えていたが、ふと、宍戸から何の反応が返ってこない事に気づき、窓の外を眺めるのをやめ振り向いた。
「………え、何その顔」
そこには、口元を引き攣らせ、目を泳がせながらロッカールームに消えて行こうとする宍戸の姿があった。
真雛の視線が自分に戻されたのに気がついた宍戸は、ぎぎぎぎ、と、錆び付いた機械のような動きの悪さで振り向いた。
そんな宍戸の様子を見て、長い付き合いである真雛が、何も気づかないわけがない。むしろ、過程こそ想像がつかなくとも、結果はもう予想がつく。
きっと、予想ができる中でも最も最悪な事態になってしまったのだろう、という事くらい。
「……………その…」
「吃る暇があるなら早い内に吐いちゃった方が楽だと思うけど」
思わず口調がきつくなる。
顔を青くし、しどろもどろになりながら身を縮こませる宍戸に詰め寄ると、向こうから向日と忍足がやんややんやと囃し立てるのが聞こえた。長太郎は相変わらずオロオロしている。
「で、その子、今どこにいるの」
「……………った…」
「え?」
「亮、声ちっさくて聞こえねーぜー」
「もっと音量上げて喋らんと」
先輩達、本当に質の悪い野次馬ですね、と、日吉がひやりとした声と視線を向日と忍足に向けたが、ふたりは慣れているようでまるで気にしている様子はなく無視する。
「で」
「…………帰っ、た」
「「「は?」」」
「…本当に彼女か見極めてやるって睨まれて、走り去られちまった…」
「え、それってまさか」
「………………その、」
「しばらく氷帝に足運んでとか、そういう彼女の振りし続けてって…言わないよね?」
「……………………す」
「す?」
「……すま、ねぇ……」
真雛は黙って静かに拳を握り、宍戸の鳩尾にパンチを繰り出した。
いい入りでしたね、と、真雛を褒めつつむせ返る宍戸にしっかり皮肉をぶつけてきたのは、勿論日吉である。
□□□□
「本当にさぁ、いくら女の子慣れしてないからって言ったってさ…もう少し強気に押し切れないものなのかね、頼りになるシシドセンパイ」
片手にクレープ、片手にアイスを持ち、なお不服そうに愚痴り続ける真雛の後ろを宍戸はうなだれながら歩いている。
氷帝学園前駅へ続く商店街をこうやってふたりで歩いているのも、一応『宍戸(仮)彼女作戦』の一環ではある。とはいっても、普段通りに会話をしながら歩いているだけだが。
男女問わず氷帝の制服を着た生徒達の視線をちらほら感じるので、作戦は一応成功といえるだろう。
「で、私明日も来なきゃいけないの?」
「いや、流石に毎日となると申し訳ないから、週に二回か三回って俺は考えてたけど」
「さっさと終わらせたいから出来る限り来るよ。まあその度前に言ってたのにプラス今日みたいに何か奢ってもらうけど」
「…………」
「え、何か忘れたって?しょうがないなぁ復唱してあげるよ、ジャヴァネのミルクレープと、マルグリットとメルベイユに特製苺ジャム一瓶と亮ちゃんママの抹茶マカ…」
「わかってるから頼むから繰り返すな、現実直視させんな…!」
胃のあたりを押さえ青ざめながら背を丸める姿をみて、真雛も流石にやりすぎたか、と、クレープを頬張りながら反省した。
確かに今回の偽彼女騒動も、それが長期戦となってしまったことも、宍戸の落ち度が招いた事態ではある。
が、自分の落ち度を認めている宍戸をこれ以上責め立てるのは、ただの弱い者虐めだ。
何か適当に話を逸らすか、と、話題を探そうと辺りを見渡していたら、ふと宍戸のテニスバッグの外ポケットに突っ込んである黒いDSが目に入った。
「あれ、それ快兄のじゃないの?」
「ん?ああ、そう」
快兄とは、宍戸のみっつ年の離れた兄のことだ。
程々良い国立の四年制大学の理系の大学二年生で、宍戸より少し細身で長身で、何より底抜けに明るい。
そして宍戸家でDSを持っていたのは彼だけのはずだ。
「最近俺ポケモンやっててさ、兄貴からしばらく借りてんだよ」
「え、亮ちゃんポケモンやるんだ」
小学生の時のポケモン絶世期、まだ白黒画面のゲームボーイの頃は、真雛も宍戸や宍戸の兄と通信対戦や交換をしたりしていた。
が、金銀クリスタルまではわかるものの、それ以降出た新シリーズに関してはほとんど何も知らない。知らない間にどんどん新ポケモンが増えていて、この前真田が今は492匹いるといった時は心底驚いた。ちなみに映画公開に伴い1匹チート並に強いポケモンが増え、現在正確には493匹だとか。正直そんな情報はどうでもいいと思ったが、若干声を弾ませ語る真田を見ていたらそんな事は到底言い出せなかった。
「今回のが昔やってたやつのリメイクだったからな、今流行ってるしよ」
「ああ、金銀?あの…なんだっけ、大きい鳥二匹と、ライオンみたいなの三匹か伝説のポケモンのやつだっけ」
「おいおい、鳥はまだしもライオンってお前そりゃねーだろ」
「スイクンしか名前覚えてない」
「今度の劇場版でまた出てきてるんだと、あの三匹」
「え、亮ちゃん観に行くの…!?」
以前真田がこどもに混じり映画を観ている図を想像したことがあったが、宍戸だと幾分マシに思えるも、ひとりきりで観に行くのだとしたらやはり痛い。
「いや、流石に行かねぇから」
「よ、よかった…」
「まあ俺もリメイクやるまで最近のポケモン全然知らなかったんだけどよ」
「リメイクねぇ…私も気が向いたらやってみようかな」
「ポケモンっていや、そいやイーブイの進化系が知らない間に増えててよ、ダイヤモンドパール持ってねぇと進化させられねーっつうから、わざわざ真田に頼んで進化させてもらったんだ」
「え、亮ちゃんいつ真田と一緒にゲームする程仲良くなったの!?」
「ポケモン仲間なんだよ。お前が俺に教えてくれたんだろ、真田がポケモン好きだって」
今度発売するやつも、あいつがまずブラックからプレイするって言ってたから、俺はホワイト買うつもりなんだ、と笑う宍戸を見ながら真雛は唖然とした。
ポケモンの話題があがった時に、真田の事は確かに頭を過ぎった。でもまさかそれを接点に仲良くしていたとは夢にも思わなかった。
自分も真田や柳生に話さず赤也やジャッカルと親しくなったが、その時のふたりもこんな複雑な心境に陥ったのだろうか、と、そう思ったらなんだか何とも言えない気分になった。
考えていたら少し宍戸に遅れていた。
手にアイスも垂れてきて、それを嘗めとりながら慌てて小走りに宍戸の横につく。
複雑な心境といえば、今この状況も少なからず複雑といえば複雑だ。
真雛としてはいつも通り宍戸と雑談しながら歩いているだけなのだが、周囲からちらほら感じる興味津々といった視線は、ふたりを『彼氏と彼女』と、捉えたものなのだろう。それを装っているとはいえ、本当のところは家族のような関係であってそれを超える事は何ひとつないので、やはり複雑である。
近所や遠出する時は兄妹と勘違いされる事の方が多いのだが、あの氷帝の制服を纏った生徒達には、そんな兄妹じみたやり取りが恋人同士の色めいたやり取りのように見える色眼鏡でも掛かっているのだろうか、なんて馬鹿げた事まで思ってしまった。
「そういえば」
宍戸の声色が少し変わったことに気づき、顔を上げた。
案の定宍戸の表情は、今までポケモンの話をしていた笑顔とは全く違う、引き締まったものになっていて、真雛も思わず口を一文字に閉じた。
それを真雛の聞く姿勢と無事解釈したらしい宍戸は、少し躊躇うように口をもごつかせ、そして、切り出した。
「若が」
「わかし?」
「ああ、日吉だよ。お前、今日少し話したんだろ?」
ああ、と、空返事をしながら、何故ここで急に日吉の名前が挙がるのか、と真雛は首を傾げる。
「その若にさ、成田さんと跡部部長が何かあったみたいですが、アンタ跡部部長に関してちゃんと前もって言っとかなかったんですかって、叱られちまって」
「……え」
跡部、という単語が出た事に、思わず表情も険しくなった。
真雛のその表情を見て、宍戸はやっぱりな、と、大きく溜め息をつきながら頭を掻いた。
「お前に跡部の事、話し忘れてたな…わりぃ、今日なんか嫌な思いしたりしたか?」
「いや、むしろ私が跡部君を不快にさせちゃったっぽくて、それだけ気掛かりだったんだけど…」
「あー…お前が何かしたわけじゃねぇから、気にすんなよ」
日吉のいった、貴方が気に病む必要は、おそらく何もない、といったあの台詞と、宍戸の言葉が、重なる。
そして前もって、という言葉と、話し忘れていた、という言葉に、違和感を覚えた。
でも、跡部について前もって話しておかなければいけない事があるということで、もしかしたら跡部のあの態度は、自分の落ち度だけが全ての原因ではなかったのかもしれない、と、今日はじめて思った。
「………跡部君に、何か、あるの?」
宍戸がその話をする為にこの話から切り出したのは、雰囲気で分かった。
そして、本当はその件についてあまり口にしたくないと思っていることも。
だから、敢えて自分から尋ねた。
するとやはり宍戸は一旦眉根を寄せ、少し考え込んでから、口をもごつかせ、いつものように頭を掻いてから、静かに口を開いた。
「あいつな、昔から人に触るのも、触られるのも苦手なんだよ」
「え……?」
「いわゆる、潔癖症」
手で直接触れられるのが駄目なだけであって、手さえ体に触れられなければ特に支障はないから、世間でいう潔癖症ほど酷かねぇがな。
宍戸がそう付け足し、真雛はそれより宍戸の話す『跡部』と、自分が先日出会った『跡部』との矛盾に、思わず眉を顰めた。
初めてあのストリートテニス場で出会った時、跡部は真雛に手を差し延べて立ち上がらせてくれた。その時、跡部に手を触れることへの嫌悪感はなかったと思う。
そもそも、もし潔癖症ならば、手を差し延べたりなどしないだろう。
それだけじゃない。
その後だって跡部は怪我の手当てをしてくれた。軽口を叩いていた時はおでこだって叩かれた。そして何より、真雛は跡部と握手したのだ。白い目こそ向けられたものの、嫌な表情なんて少したりとも見せなかったし、そういう雰囲気も感じなかった。
初対面だから、無理して気を使われていた?
ならば、何故今日は嫌悪感を全面に出してきた?あの時と今回の違いは何だ?
「だから、万が一にもあいつに触らないようにな。お互い嫌な思いするだけだから」
「う、ん……」
「あと、更に言えば女嫌い」
「え」
「潔癖症だっつってんのにベタベタ触ってくる女子がいてよ、それ以来結構な女嫌いだから、あいつ」
潔癖症で、女嫌い。
これは、真雛の発言が跡部のカンに障ったなんて問題ではない。あの時日吉の言った「あの人はいつもそう」という言葉の意味か、今ようやく理解が出来た。
今日のあの跡部が、真雛が別人だと感じた跡部こそが『普段の跡部』であり、あれこそが日吉や宍戸にとっての跡部の『いつも』なのだ。
真雛があの雨の日に出会った跡部こそが『跡部らしくない』状態であり、だからこそ以前ジローに跡部と出会った時の事を話した時、ジローはあんなにも驚いたのだろう。
考え込み眉を寄せた真雛をみて、真雛が跡部に悪印象を抱いたと思ったのだろう。宍戸は慌てて、でもな、と切り出してきた。
「跡部もさ、俺は詳しく知らねぇけど…あんな凄い家の一人息子だからな。辛酸舐めてきたことだって、俺には到底理解できねぇような苦労だって、山のようにあったんだと思う」
「……うん」
「傍若無人っぽくみえて、本当はいつも周囲にすげぇ気ぃ配っててさ、そんなアイツが触られたりとか女子が苦手って自分のマイナスにしかならないような事を公言するからには、きっと本当に嫌な思いしてきたんだと思ってんだ。だからさ、今日は嫌な思いしたかもしれねぇけど、できればアイツの事悪く思わねぇでやって欲しい」
頼む、と、真っ直ぐ真剣な眼差しで、切実に頼み込む宍戸の様子に、頷いた。
それを見た宍戸は色々面倒かけて悪ぃな、と、少し眉を下げながら笑い、真雛もそれを『今の話はこれで終わり』という合図として捉え、笑い返す。
じゃあジャヴァネ行くか、と、駅に向かいながらも、本当のところ、今聞いた話がすぐに頭から離れはしなかった。
とりあえず、ひとつはっきりしたことがある。
「(……私がこの前会った跡部君と、みんなの言ういつも通りの跡部君の間には、大きなズレがある)」
原因はわからない。
漫画的な発想をするならば、真雛がこの前会った跡部は今日の跡部とは別人で、跡部は双子。
あれだけ大きな財閥の息子ならば、双子の片方が世間に公開されていない、という普通は有り得ない事も有り得るかもしれない。
だが、跡部が部室に入ってきた時のあの驚いた反応を見る限り、おそらく今日会った跡部と真雛が会った跡部は同一人物だろう。あれは、真雛の顔を知っていた反応だ。
「(……………謎だ)」
そして、これはきっと宍戸に相談したところで、どうもならない。ただ宍戸を困惑させるだけだ。
宍戸は、なんだかんだ言いながらも跡部を本当に尊敬してる。それは中学生の頃から今までずっと続いている。そして、宍戸の中には長年付き合ってきた跡部像がある。
真雛がこの話を宍戸に持ち掛ければ、きっと宍戸は自分の持つ跡部像と真雛の話に出た跡部像のギャップに頭を悩ませ、自分の持つ跡部像をぐらつかせてしまうだろう。
そもそも、相談したところで何もしようがない。
きっと次に会った時も跡部は今日のような跡部だろうし、真雛が自分の疑問を封じただ黙ってさえいれば何ら問題のないことだ。
気にならないといえば、嘘になる。
ただ、わざわさ自分から面倒事を掘り起こし、それが宍戸の頭を悩ませるような事ならば、なおさら掘り起こす必要はない。
「(………なんか、疲れた)」
最近なんだか隠し事が増えたな、と、ふと思った。
宍戸にも真田にも柳生にも、日に日に隠し事が増えていく。しかもそれは本来自分ではなく彼らに関する人の事なのに。
「(……………後ろめたいって、たぶんこういうのをいうんだろうなぁ)」
色々全ての事が早く解決して、全て打ち明けられればいい、と思う。
跡部に関してはこの先何かしら話が発展することはないだろうが、せめて仁王の事だけでも。
結局返せず終いのジャージが入った紙袋の持ち手を強く握り締め、宍戸と並び駅構内へと入る。
跡部の事は黙ってさえば、何ら問題のない事だ。そう自分に言い聞かせながら。
□□□□
「一日で学校行って氷帝行って帰宅は、さすがにしんどい…」
帰ってすぐ食事を取り風呂を済ませ、自室に帰ってきた。
そのまま真っ直ぐベッドに倒れ込み、風呂場から持ってきた脱いだ制服を椅子へ放り投げ、完全なくつろぎの体勢に入る。
風呂は済ませたものの、足の付け根からふくらはぎ、肩から首、強いては腰の辺りまで、老廃物が溜まっているようなけだるさが抜けない。このまま放っておくとむくみそうだ。
「(…………それにしても)」
結局話をつけられなかった、今回の宍戸の彼女騒動。
そして、跡部の一件。
跡部の件に関しては、真雛が気にせず、今後も跡部との関わりを持たなければ、きっとそれで済む事ではある。今までなら、そうしてきた。
でも、
「(……………やっぱり、気になるっちゃ気になる…)」
一度仲良くして貰ったからこそ、そして宍戸やジローが跡部を慕っているからこそ。
「あ」
今日会わなかった友人、ジローを思い出した事で、この前彼が去り際に残した謎の発言が、脳裏に蘇った。
「でさ、真雛がこの前ストテニで会った跡部もさ、明日会うだろう跡部も、跡部なんだよ」
「ジローちゃん…何か知ってる…ん、だよねぇ…」
ジローはよく抽象的ないい方をする事があるが、意味のない事は決して言わない。
つまり、ジローは何か知っているのだ。跡部の二面性について、何か。
そして、真雛がそれに頭を悩ませるのを分かった上でああいう言葉を残し、それを踏まえた上で、真雛に跡部と何があっても嫌いにならないであげて、といったのだろう。
「………『私がこの前ストテニで会った跡部君も、今日会った跡部君も、跡部君』」
ジローの言葉を、自分流に直し、口に出し復唱する。
「………『何があっても、嫌いにならないであげて』」
口にしても跡部の二面性は理解できないし、ジローが真雛にそういった意図も理解出来ない。
宍戸には話せなくても、何か知っているジローに尋ねるならば、なんら問題はない。
ジローに聞けば、何か分かるかもしれない。
最近の比較的活動的だった真雛ならば、ここですぐにジローに電話をかける事もあったかもしれない。
が、人の性質なんて、そう簡単に変わりきるわけでもない。それに毎日に渡る仁王との鬼ごっこは勿論、今日は自宅から立海に行き氷帝へ行き自宅に帰るという真雛にしては異様にハードな一日をこなしたのだ。
まあ要するに、疲れている時には人の本性が表に出やすいというわけで。
「(まあ気になるけど、わざわざ電話するのもめんどくさいし、いっか…次会った時にでも聞けばいいよね)」
ものぐさは直ぐには治らない。
携帯を充電器に繋ぎ、真雛はそのまま枕に顔を埋め、寝の姿勢に入った。
その携帯が数分後にうるさく鳴り響き続けることになるとは、真雛が知るよしもない。