あいたい

 窓の外では、重く冷たい十一月の雨が、朝からずっと降り続いていた。マンションの高層階は地上よりも夜空が近いからか、雨雲も暗闇も、ずっと重たく迫ってくる。ネグリジェ一枚で窓辺にいると、つま先が冷えてきた。
 雨が降ると、春千夜のことを思い出す。
 あんなに雨が似合う男もいない。どうしてだろうと、つくづく思う。
 雨の匂いは、春千夜の匂いと少し似ているのだ。特に夜の雨の匂いは。ああ、嫌になる、と私はもう一杯、シャンパンを飲み干した。
 春千夜が最後に帰宅してから、もう二週間が経つ。それまで三日と空けずに帰って来ない日はなかった。連絡はなく、私はこうして塔のてっぺんで、春千夜を待ち続けている。
 窓の表面についた水滴が、流れていくのをしばらく見つめていた。胃に落ちたシャンパンがほんのりと手足の先を温かくさせたころ、私は諦めて、ひとりベッドに入った。
 目をつむりながら、ひとはあまりに誰かを好きになるとなんにも望めなくなるなんて、嘘だ、と思った。

 怖い夢を見て、目を覚ました。
 目を開けても、閉じているときと変わらない暗闇が続いていた。私は手探りで、ベッドサイドの明かりをつけた。心臓が、軋むような音を立てている。嫌な汗が、幾筋も幾筋も首元を伝っていた。
 春千夜に会いたかった。
 そう自分の気持ちを認めてしまうと、とめどなく溢れてきて止まらなくなった。私はベッドの上で膝を抱え、自分を落ち着かせるように何度か深呼吸をし、そしてスマフォを手に取った。着信は、一件も入っていない。そもそも春千夜は用があるとき意外滅多なことで連絡してこなかった。それに大体私たちは、一緒に暮らしているくせに「会いたい」なんて言えるような間柄ではなかった。
 冷たいスマフォを握りしめながら、私は、迷いに迷って春千夜の電話番号を押した。

「……もしもし」

 春千夜の声を聞いた途端、私は声が詰まって何も言えなくなってしまった。あとからあとから雨のように涙が溢れて、止まらなかった。

「どうした」
「……はるち、よ」
 あいたいの。
「オマエ、泣いてんのか」
 あいたいの。
「はるちよ、」
あいたいの。
「なんで泣いてんだよ」
「……会いたい、の」

 数秒の無言の間が二人の間を漂った。静寂を破ったのは春千夜だった。

「今すぐ帰るから待ってろ」

 春千夜が息を切らせながら帰ってきたのは、それから一時間してからだった。春千夜は髪もスーツも雨に濡れていて、抱きしめられると、夜の匂いと春千夜の匂いが混ざり合っていた。その匂いを深く吸い込みながら、ああ、どうしてこの人はこんなに雨が似合うのだろう、としみじみ思った。春千夜の両腕にきつく抱きしめられながら、本当にしみじみとそう思った。

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