答えは、会いたかったから

 ろくな死に方はしないだろうな、とは思っていた。だから、彼の上司と名乗る男が雨の夜に家のインターホンを鳴らしたとき――驚きよりも、やはりな、という思いの方が強かった。

「浜田の女?」
「……はい、そうです」

 そう答えると、目の前の派手な身なりの男は、僅かに顔を顰めた。ああ、という思いが募っていく。

「浜田、死んだから」
「……やっぱり、そうですか」
「驚かねーの」
「ろくな死に方はしないと思ってましたので。あの人、結構やばいことに手を出していたんですよね」
「……まあ、な」

 浜田、というのは私の男だ。付き合って二年、同棲していた。私は付き合って早々に彼の仕事について知ることになった。梵天という組織の名は、一般人の私でも知っているほど有名な反社会的組織だ。
目の前の男はそう言うと煙草を取り出し、火を点けた。日ごろから傍若無人のふるまいをしていることが、手に取るように分かる仕草だった。

「通夜は明日、アイツの田舎で。……アイツの田舎、どこか知ってる?」
「知ってます。親とは縁を切ったと聞いていましたが」
「アイツの兄貴もこの筋の仕事してて、まァ、なんとかやったらしいよ」

 お兄さんがいたことは知らなかった。けれど私は、その件には触れなかった。覚悟はしていたものの、まだ彼が死んだという現実をうまく呑み込めず、どこか夢の中にいるような気分だった。私は涙も零せないまま、呆然と立って目の前の男を見つめていた。

「じゃあ、そういうことで」

 男が玄関に煙草を落とし、足で踏みつけて火を消したときだった。「ん?」という顔で、男が私を見つめた。

「……もしかして、ミョウジ?」
「……え?」

 どうしてこの男が私の名字を知っているのだろう。私はきょとんと、再び目の前の男を見つめた。おぼろげな記憶が、徐々に輪郭をかたどっていく。
 同級生で、こんな仕事をしている人間など、数えるほどもいなかった。

「えーっと……もしかして、灰谷くん?」
「そ、久しぶりじゃん。中学で同じクラス、だったよな?」
「うん。えーっと……」
「オレ、蘭。兄貴の方」
「ああ、うん。覚えてるよ、久しぶり」

 正直に言うと「兄貴の方」でようやくはっきりと思い出した。ヤクザまがいの仕事、灰谷、お兄さんの方と言えば、灰谷蘭――忘れられないほどの『有名人』を、どうして私は今まで忘れていたのだろう。
 灰谷蘭とは中学生のとき、一度だけ同じクラスになったことがある。そのときたまたま席が隣同士になり、スクールカーストの底辺にいるような地味な中学生だった私は、いつもビクビクしていた。けれどなにかのきっかけで会話を交わしたとき、噂に聞いていたよりはまともな人なんだなと知って、少し安心したことを覚えている。

「まさかオレの部下の女が同級生とは思ってなかったわ」
「私も、こんなところで会うなんて、思ってもみなかった」
「席、隣同士だったよな。オマエがいっつもプリント整理してくれてた」
「よく覚えててくれたね」
「――まあ、なんつーの、覚えてたわ」

 灰谷蘭が二本目の煙草を取り出して火を点けた。ふわ、と紫煙が広がる。

「明日、車でアイツの田舎まで行くけど。オマエも乗る?」
「え、いいの?そんな」
「一人増えようが変わんねえよ。じゃあ明日朝、ここまで迎えに来るから」

 じゃあな、というと灰谷蘭は雨の中傘をさして言ってしまった。断る暇もなく、すこし強引なところが灰谷君らしいな、と中学時代をほのかに思い出しながら思った。


 二度あることは三度ある――ではないが、灰谷蘭が再び私の家を訪れてきたのは、浜田の四十九日が終わり、一か月たったころだった。そのころ私は、ようやく浜田の荷物を片付け終わり、一人暮らし向けのアパートに引っ越すことを考えていたときだった。喪失感はいまだ拭えず、死んでしまったという事実に、なかなか向き合うことができなかった。
 今度こそ私は灰谷君の来訪に衝撃を受けた。次に死んだのは――しかも彼に続いて立て続けに――同じく中学の同級生であり友人の、優子だったからだ。
 その夜も、雨が降っていた。私は鳴らされたチャイムに嫌な胸騒ぎを覚えながら、玄関のドアを開けた。

「灰谷君?どうしたの」

 灰谷君はその日も派手なスーツを着込んでいた。雨で少し、髪が湿っているようだった。灰谷君は少し焦ったように、口を開いた。

「さっき連絡が来たんだけど、オマエ、草原優子と友達だったよな?」
「え、そうだけど、」
「交通事故で死んだってよ」
「――嘘、優子が」

 手足からさっと血の気が引くのが分かった。優子とは先週の土曜日、ランチにいったばかりだ。なぜ――どうして優子がそんな目に――という思いがぐるぐると巡る。私は急に立ちくらみを覚え、ふらつく私を灰谷君が支えてくれた。

「大丈夫かよ」
「ごめん、平気」
「家ン中入るぞ」

 灰谷君と一緒に家の中に入る。こんなときでも、片づけをしていてよかったと一瞬思う。

「とりあえず、座れよ」
「――ありがとう」

 灰谷君は私をソファに座らせると「勝手に漁るぞ」と言って、キッチンに入っていった。コーヒーを入れてくれたのだろう、いい香りが次第に漂ってくる。私は灰谷君からマグカップを受け取った。灰谷君も、私の隣に腰掛けた。
 灰谷君は私が落ち着くまでそばにいてくれた。深夜、帰るころになってもまだ雨が降っていて「こんな遅くまでごめんなさい」と私が言うと「気にすんな」と灰谷君は笑った。

「明日、通夜の時間にまた迎えに来るから」
「……うん、ありがとう」
「じゃあ」

 灰谷君を見送りながら――私は、灰谷君と出会うときは、いつも誰かが死んだときだな、と思っていた。


 優子の火葬の日は、嘘のように晴れていた。私は優子が燃やされていく煙を、ただぼんやりと見つめていた。葬儀のときには灰谷君も来ていた。今度は運転手付きのセダンだった。
 葬儀のあとの精進落としのとき。私は灰谷君の姿が見えなくて、そっと席を立った。

「やっぱり、ここにいた」

 灰谷君は、葬儀場のガラス張りになった喫煙所の中にいた。私が姿を見つけると、灰谷君は気だるそうに「おーよ」と手を上げた。私は喫煙所の中に入ると、灰谷君の隣に腰掛けた。
私も一本、なんだか吸いたい気分だった。

「一本、貰っていい?」
「ミョウジも吸うんだっけ」
「ううん、そういう気分なだけ」

 灰谷君から一本貰う。ラークだった。見かけによらずおじさんみたいな煙草を吸っている。
 灰谷君に火を点けてもらい、深く吸い込んだ。久しぶりのニコチンに、頭がクラクラとする。だからだろうか――灰谷君が言ったことを、最初、うまく聞き取れなかった。

「どうして立て続けに人が死ぬのか、教えてやろうか」
「――え?」

 私は煙を吐き出しながら聞き返した。どうしてって、そんな、理由なんてあるのだろうか。きょとんとしている私を見て、灰谷君が煙草を咥えながら愉快そうに笑った。そして灰谷君が続けた言葉を聞いて、私は煙草の灰を落とし損ねてスカートを汚した。

「――会いたかったから、じゃねえかな」

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