それが愛だとまだ知らない人

 床に、春千夜の拳銃が落ちていた。春千夜が自分の服を脱ぎ捨てたとき、床に放ったものだ。私はベッドに気だるい四肢を投げ出しながら、整わない呼吸のまま、ぼうっとその黒い物体を見つめていた。

「春千夜、」
「んだよ、今日は」
「拳銃、落ちてる」
「あ?あぁ」

 私が指さすと、春千夜は拳銃を拾い上げた。そんな風に扱っていいの、と聞きたくなるくらい無造作にベッドサイドのテーブルに置く。私はこわごわと、改めて拳銃を見つめた。
 こんなに間近で銃を見るのは初めてだった。

「春千夜」
「なんだ」
「拳銃って、どうやって撃つの」
「……撃ってみるか」
「え、」

 春千夜が拳銃を手にして起き上がる。私も起き上がると、春千夜の胸に背中を預けるようにしてベッドに腰掛ける。背後から、拳銃を持った春千夜の手が回ってきた。
「持てよ」
 おずおずと手を差し出して握ると、その上から春千夜が手を添えた。春千夜の素肌と素肌が密着する。私の小さな手に収まったそれは、冷たく、重たく、けれど手のひらに吸い付くように、どこか湿っているようなしっとりとした感触をしていた。

「ちゃんと持て」

 春千夜が私の右耳に頬を寄せて囁く。私はぎゅっと力を入れて、拳銃を持った。銃口は、虚空を向いていた。

「……狙いを定めろ」
「は、春千夜、ほんとに撃つの?」

 春千夜がにたり、と笑った。私の心臓は、焦りに早鐘を打っていた。私はようやくここで、今凶器を握りしめているのだと思い知った。指先が、微かに震えていた。

「引き金に指をかけて、撃て」

 私は両目を強く閉じて、言われるがまま引き金を引いた。その途端、カチンという音が部屋に小さく響いた。何が起こったのか分からず呆然としている私に、春千夜が、くっくっく……と低く笑い始めた。

「セーフティ外してねえよ。ほんとに撃たせるか、バァカ」
「は、春千夜……!」

 緊張していた体からへなへなと力が抜ける。振り返って、もう、と睨みつける。

「オマエに撃つ度胸なんてねえよ」
「……春千夜はこれで、人を殺したことあるの」

 言葉にして、はっとする。春千夜は笑みをひっこめると、何かを思い出すような表情をしながら答えた。

「……これでは、まだ、ない」
「……そっか」
「滅多なことじゃ殺さねえよ。始末すんのもめんどくせえし。命令があったときだけだ」
「命令?ボスから?」
「ああ」
「……ねえ、春千夜」

 本当にちょっとした、春千夜に対する反抗心からだった。私は春千夜の手に拳銃を握らせると、銃口を、私の胸へと突きつけさせた。

「私のこと、命令なら殺せる?」
「――は、」
「私のこと――命令なら殺せる?」

 殺す、と返ってくるだろうと思っていた。もしくは、笑いながら「殺さねえよバァカ」と小突かれるか。
 けれど、春千夜の反応は違っていた。

「――殺せねえ、わ」
「春千夜、」
「オマエだけは、マイキーの言うことでも――殺せねえわ」

 春千夜は銃を放り出すと、私のことを、勢いよく抱き寄せた。

「春千夜、マイキーって、だれ、」
「――マイキーの言うこと聞けねえって思ったのは、初めてだわ」
「春千夜」
 春千夜の体が震えていた。私は春千夜を、抱きしめ返した。
 春千夜が、分からない、という風に呟いた。

「なんでオマエだけは……殺せないんだろうな」

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