エゴの手触りを知らない眼差し

昼食のあと、午後の除せんをサボった。監視役のママは買い出しでいなかったし、兄さんたちは、男の子にしかわからない、というほかにないノリで、ふざけだしたからだ。
逃走先には、書斎を選んだ。ここは最初に除せんが済んだ部屋であるし、暇潰しになる本が、見込みは薄いが、見つかるかもしれない。
建て付けの悪い扉を無理やり、肩で押し開く。しかし、扉が軋む前に、部屋の中から、「しいっ」と鋭い音が飛んできた。扉にもたれた格好のまま、動きを止める。少しして、隙間からハーマイオニーの顔の半分が現れた。
「ジニー? どうしたの?」どういうわけか、やっと聞き取れるような小声だ。
「ハーマイオニーこそ、昼食の後片付けは終わったの?」つられて、同じくらい声を抑える。
「とっくに終わらせたわ」
「何してるの?」
「何も?」明らかに嘘だ。
「とにかく、私も入れて。ママが帰ってくるまで、除せんをサボりたいの」
ハーマイオニーは、しばらく躊躇していたが渋々、了承してくれた。「いいけど、絶対に音を立てないでね。扉は私が開けるわ」
ハーマイオニーが、慎重に扉を動かす。身体を傾けてようやく通れるような僅かな隙間に潜り込んで書斎に入ると、なるほど、ハーマイオニーが物音を嫌った理由はすぐにわかった。「絶対に、起こしちゃだめよ」

埃っぽいソファーに横たわって、彼女が眠っている。読みかけの本が、胸の上に乗ったままだ。
「お昼寝中?」私は注意深く声の調子を落とした。
「いつもじゃないわ」彼女のために用意してきたのか、ハーマイオニーは薄手の毛布を手に持っている。
「昼食のあと、彼女はよくここにくるの。ただ書物の整理をしてる場合もあるけど、こうして、寝てることのほうが多いかもね」ハーマイオニーがそこで、くすっと笑った。
「最初は苦労したのよ。この部屋の扉って、特に軋むでしょう? その音で起きちゃうのよ、この人。だから、音を立てないようにコツを掴んでね。せっかく寝ているのに、私のせいで起こしたら悪いから、毛布もかけられない」
「起きるまで、放っておいたらいいんじゃない?」
「それもそうね」
お節介を指摘されて、ハーマイオニーは気を悪くするでもなく、むしろ自嘲気味の笑みを浮かべ、眠る彼女を指でさした。「でも、放っておける?」
ハーマイオニーがソファーから一定の距離を保ったままなので、なんとなくそれ以上、近づいてはいけないのだと思ったが、眠っている彼女を今一度、よく見てみると、冷や汗をかいているようだった。寝苦しそうに眉間にしわを寄せ、指先も時々、強張り、あれはうなされているのでは、と気づく。
「本当は、寝てたら起こしてって言われているの」
「起こさないの?」驚いて訊ねる。
「前は起こしてたのよ」彼女を見つめるハーマイオニーの横顔は、不思議なくらい穏やかだ。

『起きた? すごい汗よ』

目を覚ましたばかりの彼女は、顎の下を伝う汗を自分の服の袖で拭いながら、困惑したような揺れる瞳で、ハーマイオニーの顔をじっと見ている。
『どんな夢をみてたの?』
『夢? 覚えてないよ』
彼女は必ずそう言う。そして決して、悪夢の内容を話さない。ハーマイオニーも追求しない。けれども、寂しさに似た不安は、胸の痛みは少しずつひどくなっていく。
『ハーマイオニーの顔を見たら、忘れちゃった』
私を拒むための嘘など聞きたくない。微笑みなど、見たくない。だから、いまはもう彼女を起こさないの。

「本当は、夢の内容も知ってるの」

ハーマイオニーは相変わらず蚊が鳴くような声量で話していたが、そのときだけは少し得意げに囁いた。守れなかった“だれか”の夢よ、きっと。

「寝ている彼女のほうが、素直で可愛いと思わない?」ハーマイオニーが口元に手を当てて言う。
「うなされているのに?」私はまた驚く。
「起きてる間は私に、こんな表情、見せてくれないもの」

寂しそうだが、同時に、隠し切れないほど頬が緩んでいるハーマイオニーを、呆然と見つめることしかできなかった。
自分で気づいているのかしら。要は、多分だけれど、「守れなかった“だれか”」にハーマイオニーは嫉妬しているのだ。しかし、彼女が聞いたら、どんな顔をすることか。
ソファーの上で、その人が寝返りをうつ。ふいに鼻がむず痒くなり、ハーマイオニーの制止も虚しく、申し訳ないと思いつつも、くしゃみは飛び出た。


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