「ふ、風介…」

「…何だ」


読書を邪魔された風介は機嫌悪そうに緑川に目を向けた。
しかし、風介の機嫌が悪そうなのはいつもの事。今日は返事をしてくれるあたり、大して気分を害している訳ではないようだ。


とは言っても、普段は砂木沼やヒロトから甘やかされている緑川は冷たい印象しか与えられない風介が苦手だった。


「あ、あのさ…今日のお昼は俺が作るんだ。何が食べたい?」

「………」

風介は暫し考え、小さく呟くように「ハンバーグ」と答えた。

それを聞いた緑川はパッと表情を明るくして頷いた。


「うん、分かった。出来たら呼ぶね」


そう言ってキッチンへと向かう緑川の背中を見送り、また本のページへと視線を向けたが、ふと考える。


緑川の言動はいまいち理解に苦しむ。
びくびくと怯えるように話し掛けてきたり、かと思えばこちらの返答に明るい表情を見せたり、


「何がしたいんだ、アイツは…」

軽く息をついて意識的に頭から緑川を追い出すと、読書に戻る事にした。







「今日の昼飯何?」


キッチンにて、昼食の準備に取り掛かっていた緑川は晴矢に声をかけられ、にへらっと笑う。


「えへへ、ハンバーグ♪」

「……何だお前、気持ち悪いぞ」


だらしなく緩んだ笑顔の緑川に若干引き気味な晴矢は、冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注ぐ。


「何か良いことあったのか?」

「風介がね、ハンバーグが良いって」

「は?」


果たして、今のは質問に対する答えだろうか…その前の昼食の話題の続きだろうか、

判断に困った晴矢が黙っていると緑川はニコニコとしながら言った。


「風介ってハンバーグ好きなのかな?」

「……さぁ?」

「風介に何食べたいか聞いて、答えてくれたの初めてなんだ」

緑川の言葉に晴矢はやっと理解する。


風介が好きな物を知る事が出来て嬉しいだけか…、



「お前、本当に風介の事好きだな」

「…?晴矢の事も好きだよ?」

「……あぁ、ありがとよ」



無自覚か…タチ悪ぃ。


晴矢は飲み干して空になったコップを片付けて「飯出来たら呼んでくれ」とキッチンを出る。

後ろから緑川の鼻歌が聞こえてきて大きな溜め息をついた。


「どうかしたのか?」

「あ?」

声をかけられて視線を向ければ、読書をやめたらしい風介が立っていた。



「緑川が馬鹿だなって」

「…緑川?」

緑川の名前を出すと、風介の眉根が寄る。


「アイツのせいで私は読書が出来ない」

「は?」

またコイツも何を言ってるんだと、首を傾げる。



「緑川の不可思議な言動が気になって集中出来ない。何故、私に対してあんなに怯えているのか…ヒロトや砂木沼に見せる笑顔は何なんだ」

「…………お前もかよ」

「何がだ」

「無自覚ヤロー共め」


晴矢は「頭痛い」と風介の側を擦り抜けて部屋に向かう。


「あぁ、そうだ」


立ち止まって振り返り、不機嫌を最大限に表した顔で言う。


「緑川に“お前が好きだ”って言ってみ。多分、面白いもんが見れる…あと、お前のその気になってる事も解決する」







数秒後、キッチンから聞こえてきた盛大な物音に「緑川が何か落として壊したんだろうな…」と察する。



「二人揃って瞳子に怒られろ」


忌ま忌ましげに呟き、自室の扉をバタンッと閉めた…。




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