「砂木沼さん、新しい必殺技が使えるようになりました!!」
「あ、砂木沼さん。後で練習に付き合ってもらえませんか?」
「砂木沼さん、これ…」
「瀬方ってさぁ…」
「あ?」
居間で漫画を読んでいた瀬方は、ジュースを持ってきて自分の向かい側に座った緑川に名前を呼ばれて顔を上げる。
「砂木沼さんの事、大好きだよね」
「はっ!?おまっ…何言っ…いや、もちろん嫌いじゃないけど…」
『今日の天気は晴れだね』とでも言うような口調で爆弾発言をする緑川に、瀬方は何と返せば分からずしどろもどろになる。
砂木沼の事はもちろん嫌いではないし、どちらかと言えば好きなのは当たり前だが…大好きだね、等と言われるとどう反応して良いのか分からない。
「だって、いつも砂木沼さんの事ばっか話すし、砂木沼さんにべったりだし」
「べったりって、お前な…」
何の疑問も持っていない様子の緑川を見て、軽く頭痛を覚えた瀬方は読んでいた漫画を閉じて目頭を押さえた。
「そりゃ、砂木沼さんはイプシロンでもネオジャパンでも俺のキャプテンだし…」
「じゃあ、キャプテンがヒロトだったら?」
「ヒロト…?」
緑川に言われて想像してみる。
ヒロトに笑顔で必殺技の話をする自分。
ヒロトと練習をする自分。
ふとした日常の事をヒロトに話す自分。
「……何かムカついてきた」
思わずテーブルの上で拳を握り締め、更に引き攣った笑みまで浮かんでくる。
「でしょ?やっぱり好きなんだ」
ニヤニヤと笑いながら言う緑川をジロリと睨みつける。
「好きって言ってもな、別に変な意味なんかじゃないからな?」
「ふぅ〜ん…」
「…何だよ、その疑いの目は」
「べっつに〜?」
緑川は持ってきたジュースを飲み干すと、立ち上がって独り言にしては大きな声を出す。
「さぁてと、砂木沼さんに勉強教えてもらってこー」
「……」
瀬方の睨みにもたじろぐ様子も見せずに緑川は居間から出ていった。
一人になった瀬方は重い溜め息をついて緑川の言葉を思い返す。
『砂木沼さんの事、大好きだよね』
「まぁ…好きっちゃあ、好きだけど…」
と、声に出して言ってみると想像以上に恥ずかしさが込み上げてきて、額をゴンッとテーブルに叩き付けた。
テーブルに顔を伏せたまま、ズキズキと痛む額に意識を向ける事にしたが…、
「………心臓も痛い」
病気かも知れない。
数日後。
瀬方が居間に行くと、砂木沼と緑川が勉強をしていた。
緑川は瀬方に気付いた途端にノートを閉じて砂木沼の服を軽く引く。
「ねぇねぇ、砂木沼さん。遊びに行こうよ」
「…今、勉強しているだろう」
「集中力切れちゃったよ…ね?」
基本的に年下からのお願い事には弱い砂木沼だ。
結局は折れて勉強道具の片付けを始める。
そこで砂木沼は入り口の方で突っ立っている瀬方に気付いた。
「あぁ、瀬方か。丁度今から緑川と出掛けるがお前も…」
「砂木沼さんっ、瀬方は今日は用事あるから」
「へ?」
緑川の言葉に驚いたのは瀬方本人。別に用事なんてないのだが…
緑川は「?」という表情の砂木沼の手を引いてさっさと出ていってしまった。
「………?」
残された瀬方はとりあえず自分がハブられたという事は分かった。
しかし、何故?
それからというもの、緑川は事あるごとに瀬方の目の前で砂木沼といちゃついて見せた。
その度に何故か言いようのない怒りが込み上げてくる。
「おい、緑川!!」
「何?」
縁側で足をぶらぶらさせながらアイスを食べていた緑川は、瀬方に名前を呼ばれて振り返る。
「“何?”じゃねぇよ!!テメェ最近、わざわざ俺の目の前で砂木沼さんと…っ、その……」
何と形容すれば良いのか分からない状況に瀬方は一瞬言葉に詰まった。
「だーっ、もうっ!!とりあえず、アレわざとか!?」
「わざとだよ」
「なっ…」
あっさりと認めた緑川に毒気を抜かれた瀬方は、対処に困る。
「ムカつくでしょ?」
「当たり前だろうが!!」
「何で?」
「は?」
「何で俺と砂木沼さんが仲良くしたらムカつくの?」
「……………」
理由なんて…、
瀬方が何も言えずにいると緑川はテストの答え合わせをするかのように、告げた。
「そう言うのをね“嫉妬”っていうんだよ」
「嫉妬…?」
緑川はもう瀬方と話す気はないようで、背を向けるとアイスを食べる作業に戻った。
しかし、後ろから瀬方を呼ぶ砂木沼の声が聞こえてきたので再び振り返る。
砂木沼が呆然と立ち尽くす瀬方を心配そうな表情で窺っていた。
「瀬方?どうかしたのか?」
「さ…砂木沼、さん……俺」
「ん?」
「そっ…そんなんじゃないんですーっ!!!」
「瀬方っ!?」
叫び声を上げながら飛び出した瀬方の名前を呼ぶが、瀬方には届かない。
「………」
「………」
砂木沼は緑川を見る。
「何かあったのか?」
「病気なんじゃない?」
恋の、とは言わなかったが、
砂木沼は表情を曇らせる。
「病気…?」
「でも、心配ないよ」
緑川がのほほんとした感じで言うから重大な事態ではないのだろうが、今度ちゃんと話を聞いてみよう。
そう考えて「うむ…」と頷く。
「あ、ハズレ」
悔しそうにアイスの棒を噛む緑川は、飛び出していった瀬方の今後の面白さは当たりかな、等と考えていた…。
「違うんだ!!そんなんじゃない!!別にやましい気持ちなんかないんだー!!!」
「来るなり、うるさいですよ!!」
「マキュア昼寝したいの!!瀬方黙れ!!」