「俺、お前を殺してしまうかも分からん」
「………は?」
昼休み、屋上にて。
購買で買ったパックのコーヒーの味が一瞬、分からなくなった。
辺見はストローから口を離して、物騒な発言をした人物を見る。
そして思う。
コイツなら本当に殺りそうだ。
そう思われた当の本人…咲山は、焼きそばパンをモソモソと食べながらボーッと前を見つめている。
咲山の素顔を見られるのは食事中くらいだから辺見は今、物凄く貴重なものを見ている。
しかし、己の殺害予告をされているのだ。
感動なんてしている暇はない。
自分は知らない内に咲山を怒らせる様な事をしただろうか?
まさか、このコーヒーか?
先程、一緒に購買に行った時に辺見が買ったこのコーヒーは最後の一つだった。もしかしたら、咲山はこのコーヒーが飲みたかったのかも知れない。
一瞬先に手に取ってしまった辺見に殺意を抱く程に…、
「咲山…次は明日入荷するらしいから」
「…?何の話だ?」
脳内で自己完結していた辺見の言葉に咲山は首を傾げる。
もうパンは食べ終わり、マスクで顔の半分は覆われてしまったために表情が分かりにくくなっている。
「え、コーヒーの話だろ?」
「俺がお前を殺す話だろ?」
「そうだが?」
「…ん?」
「え?」
会話は成り立っていないのだが、どちらにせよ淡々と話せる内容ではない。
「お前はいつもそうだよな」
咲山がゴミを袋にガサガサと詰め込んで縛りながら言う。
「何が?」
再びコーヒーを啜りながら辺見が問うと、咲山が溜め息をついた。
「人の話をちゃんと聞かない所だよ」
「聞いてるさ。俺を殺すんだろ?」
「それなのに何でそんなに冷静な訳?」
チラリと辺見を見れば、辺見は少し難しい顔をして唸る。
「んー、咲山は俺を殺せないって分かってるから?」
「何で疑問形だよ」
「咲山は見た目と違って優しいからなー。お前、本当はそんな事思ってないんだよ」
ケラケラ笑う辺見を見て、咲山はふっと笑う。
しかし、マスクのせいで辺見が咲山の笑顔に気付く事はなかった。
思わず笑ってしまったが、咲山は辺見の言動にもどかしさを感じながら立ち上がった。
辺見の言っている事は間違っている。
なぜなら、自分は常に辺見を殺したいと思っているからだ。
よく、アニメや漫画であるだろう。
恋をするという意味で『胸を撃ち抜く』という表現が。
本当に胸を撃ち抜けば、辺見は自分に恋をしてくれるだろうか。
ずっと自分だけを見れば良いのに、自分の事だけを考えていれば良い。
馬鹿らしいとは分かっているが、考えてしまうのだから仕方ない。
「もう行くのか?」
立ち上がった咲山を見上げれば、僅かに頷く。
「…お前を殺す方法を考えてくる」
「そうか、まぁ頑張れよ」
咲山は辺見を残して屋上の出入り口に向かった。
ふと、立ち止まって後ろを振り返ると辺見は「ん?」と咲山を見る。
咲山は右手をあげ、親指と人差し指で銃の形に見立てると辺見に向けて撃つ真似をした。
「 B A N G 」
辺見は一瞬キョトンとしていたが、やがてニヤリと笑った。
「そんなんじゃ、俺は殺せないぜ?」
「……いつか絶対殺す」
銃の形を崩してヒラヒラと振ってから屋上を後にする。
辺見はソレを苦笑で見送ると、コーヒーの残りを飲み干した…。